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今から450年前の1650年中頃の城郭が三登山山中にある。
上杉謙信と武田信玄の戦いを前後しての郭跡である。 山城といわれ、界隈では1・2を競うほど、原形をとどめて居る数少ない郭という。 この郭から数キロ離れている平地に若槻団地という1200戸ほどの新興住宅地があり、この一角に里城跡がある。 いずれも関連している城跡で、これらのほかに髻城跡もあり、この保存のための会が設立され保存活動が活発に行われている。 この遺跡を後世に継承することはきわめて大切なこと。 予算の関係もあり、保存活動には制約があるが、貴重な文化財を保存継承することの重要性を認識され、高齢にもかかわらず意気に燃えてがんばっている。 総会で挨拶を指名され、一言、先のようなことを申し上げ、保存活動が十分に出来るような予算の獲得のため、議員として力を尽くすことを約束した。 この団体は、長野市が今進めている、都市内分権に関わる「コミニテイ若槻」仮称・住民自治協議会に参加し、史跡保存など文化活動の分野で活動することも決めた。 一層の活躍を期待したい。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年04月27日 17時50分58秒
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