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2013.11.14
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カテゴリ:ふる里忘れがたく

 

 

                                 私が高1の冬休みに、母は家を出て行った。
                                 いつかはそんな日が来るだろうと思っていた。

                          閉塞感で満ちた家。
                          息苦しく、生き苦しく、閉ざされた監獄の家。

                   私はかろうじて、「死ねないから生きていた」。
                   高校の友と過ごす時間だけが、唯一私に安息をもたらした。

                   それだけが全てだった。
                   霧のようにかき消えそうなか細い命綱だった。

                   それでも家に帰れば、淀んだ空間の住人になる。
                   私は笑っていただろうか。泣いていただろうか。

                   時折襲ってくる抑えようのない衝動に、
                   真夜中にガラと障子を開けて、素足で庭に飛び出した。

                   地面に寝転がり、暗闇の先に何を見ていただろう。
                   なぜ私だけが…。

                   祖母が気づき外へ出てきたのは、いつのことだろう。
                   祖母だけが、私の何かに気づいていた。

                   あの頃、あの家では、なぜ女子どもだけが、
                   あんな思いをしていたのだろう。

                   全ての責任を放棄した、たった一人の気弱な男のせいで。
                   いつまで経っても、大人になれない愚かな男のせいで。

                   酒に酔って、女を殴る術しか知らない馬鹿な男のせいで。
                   親としての自覚も怪しいような、子ども染みた男のせいで。

                   無軌道になっていく自分を止めるのは容易ではなかった。
                   いや、あの頃は止めようとも思わなかった。

                   冷めていた。その現実の中では、夢など何も無かった。
                   あるのはひとつの願望だけだった。

                   早く死にたい。
                   大人になる前に。

                   呪縛の言葉のように、脳裏を侵略していたのは、
                   ただそのことだけだった。

                   私には重たすぎるしらけた現実。
                   眠れない。眠れない。眠れない…。

                   眠れなくなったのは中学の頃だった。
                   布団の中でまんじりともせず、2時間3時間…。

                   睡魔が私の手をとって舞踏会へ誘ってくれるまで、
                   眠れぬ私の脳は、何を反復していただろう。

                   出て行く数日前、母が突然言った。
                   家を出て行くけど、一緒に来るかと。

                   捨てろと?唯一私が笑顔になれる友から離れて?
                   私の命を繋ぎとめている友からいきなり離れろと?

                   その先に何があると言うのだ。
                   貴女がこの場所から解放されても、そこに私の居場所はあるの?

                   それで私の心は、穏やかに解き放つことはできるの?
                   傷ついた貴女には、もっと傷ついた私が見えるの?

                   だから来いと言うの?
                   じゃあ、タカシはどうなるの?

                   タカシは連れて行かないの?
                   なんでタカシも連れて行くと言わないの?

                   私だってここにいたいわけじゃない。
                   いえ、ここは、ここは私が生まれた場所。

                   あの男さえいなければ、私はここが好き。

                   あなた達さえ上手く行ってくれたら、
                   ここは私にとってかけがえのない場所。

                   裏山も庭も、庭から続く畑も、私の宝もの。
                   石垣のスミレ、裏山のほおずき、早春の梅の香。

                   遠い稜線、風渡る青田の波。
                   電車の音に耳を澄ました、庭先のダリア。

                   縁側に腰掛けて、遠く見る馴染んだ景色を、
                   貴女は私に捨てろという。

                   貴女はゆっくり見る余裕もなかったんだ。
                   見させてもらえなかったんだ。

                   貴女には帰れる場所があったから。
                   肉親という逃げ込める場所があったから。

                   ここの宝ものは見る必要がなかったんだ。

                   私は、私はね。
                   貴女の苦しみは知っている。

                   貴女は?貴女は知っているの?私を。
                   私が抱えた血まみれの花束を。

                   今にも粉々に砕けそうな危うい痛みを。
                   あと何度、何度私の心は折れたらいい?

                   心に淀んだものは溜まり続け、
                   行き場のない慟哭を無気力に変えて行った。

                   いつしか私は大人の顔色を探り、
                   言いたいことを飲み込む、歪んだ子どもになった。

                   今はただ貴女に、泣き言だけを言う子どもになろう。
                   あの日あの頃、言えなかったから。

 

                
                                                2007年 秋
 


          

 

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最終更新日  2019.04.18 03:40:24
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