書評『米金融危機が中国を変革する』
「存在感を強めつつある」中国研究の一環として、真家陽一著『米金融危機が中国を変革する』を読みました。対米一辺倒であった日本の準独裁政権も倒れたことですし、今後は中国研究がますます必要ですね。昨日終了したCOP15では、中国のプレゼンスを強烈に印象付けました。まさに「中国抜きではなにも進まない」という感じでした。 ワタシの問題意識は、最近の東京株式市場が上海市場との関連性を高めていること、そして中国が、日本と同様の問題(外需主導の経済故に、危機の津波をまともに受けた)をかかえながら日本よりもいち早く経済危機からの脱出を果たしつつあることの2点です。1.金融危機をチャンスに変える中国の戦略次の3点が重要なポイントです。(1)成長方式の転換外需主導から内需主導へ 2008.11月、114兆元(54兆円)の大型景気回復策を発表、世界を驚かせました。(2)構造調整産業構造の高度化 労働集約産業の淘汰 自主創新(第11次5ヵ年計画のスローガン、要するに技術革新です)を掲げています。特に技術開発に力を注いでおり、「科学技術発展計画」によれば、2020年の目標は「対外技術依存度30%以下」ということです。(3)米中関係対話メカニズムの構築を図っています。中国の経済成長に伴い、関係は成熟化しつつあるとの認識です。背景には、中国の保有する米国債が、2008.9月に5,850億ドルとなり、日本を抜いて世界第1位となったことがあります。いわば、中国が「アメリカの消費」を支える構造です。2.金融危機への対応2007年度には中国の景気は明らかに過熱気味でした。インフレ懸念が台頭し、中国人民銀行の元売ドル買いオペは過剰流動性を増加させ、資産バブルが発生していました。そこへ金融危機、世界的な消費の減退と元高による輸出産業への打撃が襲いかかります。中国輸出の13.6%、1404億ドルを稼いでいた繊維産業が、特に大きな打撃を被りました。中国政府は、深刻なジレンマに悩んでいました。景気過熱の防止のために金利引き上げが必要ですが、金利を引上げれば海外のホットマネーの流入を招き、バブルは一気に膨張する恐れがあったのです。サブプライム・ローン問題を契機に、中国のマクロ経済政策は180度変換します。経済成長の減速傾向が顕著になったことに対応して、「双防(景気過熱とインフレ防止)」から一転して「一保一控(成長保持、物価上昇を抑制)」への転換です。難しい舵取りに立ち向かいます。さらに、リーマン破綻後は「成長保持」を前面に押し出し、「柔軟かつ慎重なマクロ経済政策」へ移行しました。中国人民銀行は利下げを3回、預金準備率引下げを2回実施し、あわせて、政府は大型景気刺激策(2008.11、前述)を採用します。上海総合指数は、2007.10の史上最高値6,092ポイント(これは明らかにバブル)から2008.12の1,820ポイントへ7割以上も下落しました。しかし影響は限定的でした。これは、(1)非居住者による株式投資が禁止されていること(2)信用取引を禁止していることにより、世界の金融市場が受けた投機マネーの影響を最小限に食い止められたことが大きな要因でした。また、法外なレバレッジを効かせた金融商品の影響を受けることもありませんでした。実際、その後上海総合指数は、3200ポイントまで復活しています。かくして、2009年の中国の経済成長は、目標であった8%を確保する見込みです。そして、主要10大産業の「産業調整振興計画」により、国際競争力のある産業構造の形成へ向かいつつあります。3.変貌する中国(1)格差是正をめざす胡錦濤政権<農村振興>2020年までに農民所得を倍増するとしています。消費拡大を「家電下郷」政策などで推進しています。さらに、市場原理の適用を拡大して、大土地使用権の流通を認めるほか、大規模農場の経営の容認へと大胆な改革を進めています。<地域開発>ラストフロンティアと呼ばれる「中西部地域」開発に着手しました。第11次5ヵ年計画の中で「中部振興計画」を定め、国家プロジェクトを推進します。(2)周辺で存在感を高める中国中央アジア5カ国(カザフスタン、キルギスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン)との交流が急速に進んでいます。中央アジアとの交易額は、小額ながらも、2003から2007まで、年平均52%の高い伸びを示しました。機械、工業製品を輸出、原油、天然資源を輸入するパターンで、その貿易の7割は新疆ウィグル自治区を拠点としています。注目すべきは大メコン圏(GMS)での存在感の大きさです。鳩山内閣の提唱する「東アジア経済圏」と重複します。雲南省の首都、昆明はASEANへのゲートウェイとなっています。いわゆるGMS経済圏が形成されつつあります。人民元での決済も増えつつあります。(3)海外進出国へ変貌する中国国家戦略として(1)FTA(2)対外直接投資(3)対外援助を推進しています。FTAは31カ国・地域と締結もしくは締結見込みです。周辺アジア地域に軸足を置きながら、中南米、アフリカ、中東、欧州へ徐々に拡大しつつあります。中国といえば、「外資受入れ国」のイメージが強いですが、対外直接投資(「走出去」と言います)は2003(29億ドル)⇒2007(248億ドル)⇒2010見込(600億ドル)へと着実に増加しています。その目的は(イ)資源、エネルギーの確保(ロ)M&A(技術、ブランドの取得)(ハ)貿易摩擦回避 です。対外援助はOECDに加盟せず独自の援助を行っており、その内容は不透明ですが、2002(50億元)⇒2007(112億元)へと急拡大しています。発展途上国への中国の影響は強くなりつつあります。(4)国際競争力の強化へ、国有企業を大再編前述の「10大産業」で、国有企業の再編、民営化を通じて、世界に通用する巨大企業の育成を急いでいます。4.深化する日中経済関係2007年の日中貿易総額は2,367億ドルに達し、日米貿易額2,142億ドルを抜いてトップに躍り出ました。(輸出1241億ドル、輸入1423億ドルで日本側の出超です)内容的には、非製造業分野へシフトが進んでいます。2007年製造業は前年比△13%でしたが、非製造業は+58%の伸びを実現しました。金融、保険、サービス業がその中心です。「世界の工場」のイメージから「世界の市場」へと変貌を遂げつつあります。また、小規模ながら中国の対日投資は増加傾向にあります。資本取引も「双務的」になりつつあります。ただし、中国の対外直接投資は1179億ドルですが、香港、米国、ASEANの順に大きく、日本あはわずか5.5億ドルで0.5%にすぎません。このあたりが、日中経済関係の今後の課題です。ほか、中国の改革開放30年の歴史についても詳細な説明と考察が展開されています。また現代中国にとっての焦眉の課題である「環境問題」「食料問題」「人権問題」についても述べられています。著者は、JETRO(日本貿易振興機構)北京センター次長で、中国の内情に詳しく、鋭い切り口で中国の今後の行方と日中関係のあるべき姿について的確な指摘を行っています。一読をお薦めします。【ワタシの所感】1.中国の経済発展をいかに戦略的に取り込むかが、日本経済復活のポイントです。2.中国の産業構造転換から学ぶものが大きいですね。日本がなかなか輸出依存構造から脱却できず、いまだに円高に一喜一憂する状態ですが、中国は旧体制の「思い切った切捨て」を断行し、着々と産業構造転換を実現しつつあります。これはやはり強力なリーダーシップが存在するかどうかという点が大きいと思いますね。せめて民主党に、中国共産党の1割の指導力があればという思いです。3.外貨準備の運用を日本も考えるべきですね。外貨準備運用機関として「中国投資有限責任公司(政府系投資ファンド)」を2007.9に設立し、試行錯誤を重ねながら、運用に乗り出しつつあります。「世界経済を揺るがす中国のドル離れ」が起こりつつあります。 ご存知のように、中国に次ぐ外貨準備高の大きいのが日本です。「国債発行44兆円枠」「歳入不足」とかの論議の中にこの「外貨準備の活用」を導入されたら如何でしょうか?「同盟国」アメリカが目を回すこと、うけあいです。それでは、また明日。。。