ひとつ、よろしく!→ One, please!
電車の中で、米原万里さんの『不実な美女か貞淑な醜女か』を読んでいたら、スピーチの最後に One, please. といった社長さんが、その意味をたずねられて、「うん、君、あれも分からんのか。ひとつ、よろしく、だよ」と答えたという実話のところに来て、思わず笑ってしまった。あわてて下を向いて笑いをかみ殺したものの、笑い顔がなかなか治らず、しかたがないので、新聞を読んでいた主人に、無理にその箇所を見せて一緒に笑ってもらい、その場を切り抜けたりして。あちこちに面白い話しを挟んで、難しい話しの緊張をときながら、すんなりと読ませてしまう翻訳のエピソード満載。ちなみに「不実な美女」は、source language を一語ずつ忠実に訳すことはしないけれども、target language を聞いたときに、なめらかな普通の言葉として聞こえてくる翻訳 または通訳、「貞淑な醜女」は、source language を一語ずつ忠実に訳すすあまり、target languageだけを聞くと、ぎこちなかったり、本筋でない言葉が入りすぎて、何を言われているのかよくわからない翻訳または通訳のこと。 これは通訳者も翻訳者も必ず行き当たる問題であり、私も、「不実な美女か貞淑な醜女か」の選択は、何度も繰り返して、しかも何度も悩んでいる。また、「翻訳は、ある程度の時間をかけて、文章の推敲をしたり、内容を調べたりすることができるが後に残る、一方、通訳は時間をかけることができないので、とにかく意味を通じさせることに主眼を置いて言葉を発し、一箇所にこだわらず、かたはしから片付けていく。失敗をしたと思っても、それはそれで諦めて次に行く決断の仕事だが、後に残らない。したがって、翻訳者と通訳者では、同じような仕事に分類されるが、実は、まったく違うもので、その仕事に合う人の性格も、まったく違うのが常である。というのも、よくわかる定義だった。私のような性格は、翻訳には向いていても、通訳にはまったく不適格。そして、短歌のように、こだわって何度も推敲するようなものは、楽しみとしても、自分の性格に合っているのではないか・・・と、ちょっと気をよくした。