テーマ:ショートショート。(1084)
カテゴリ:創作
「彰人。俺たちが今、眠っているとしたらどうする?」
自分の部屋のベッドで寝転んでいた卓雄は、至って神妙な顔つきで真っ直ぐにこちらを見つめている。頭をぽりぽりと掻き、どう答えるか少し考える。 「夢遊病とか?」 「お前、俺の質問の意図わかってねえだろ!」 「そこまで大げさに反応することじゃねえだろ」 大げさに叫び手をツッコミの形にする卓雄に、冷ややかな視線を向ける。こいつの行動にはいつも何かしらの反応をするのだが、流石にこんな話を振られた後にノリの良い反応は難しい。 「私は、なんとなくわかるけど」 「おお!さすが由紀ちゃん!話がわかるねえ」 あぐらをかいていた由紀が、横から楽しそうに口を挟んでくる。反応してくれて嬉しいのか、卓雄も楽しそうに話し返す。 「で、何が言いたいんだよ」 「つまり卓雄君は、今私たちがいる世界が夢だったらどうする?って言いたいんじゃないかな」 「そう!それ!まさにそれ!」 由紀を指差しながら立ち上がる。多分意味はない。幼稚園の時からの付き合いだが、その場のノリで行動する性格は昔から変わっていない。 「俺たちが今、存在する世界が夢だったとする。それはつまり、俺たちがいる世界は刹那的なモノということになるわけだ!目が覚めれば夢は消えちまうからな」 「なんか今日、卓雄ノッてるな」 「いつもこんなもんだと思うけど」 由紀がコロコロと微笑む。こいつもこいつで、卓雄の無茶苦茶な行動に付いていける辺り、変わり者なのだろう。じゃあ、こいつらにいつも付き合っている俺は何だという話だが。 皆で冒険ごっこをしていた時から、同じ大学の登山サークルに入った今に至るまでそうだ。卓雄が発案し、由紀がそれに乗り、俺が不平不満を漏らすという、この関係は変わっていない。 「この世界が刹那的なものだとしたら、俺たちも全員が刹那的な存在となる!この世界という夢を見ている奴が目を覚ましたら、俺たちも一緒に消えるわけだ!しかし……」 「結局、何が言いたいんだよ」 「せっかちな男は嫌われるぞ!そんなんだからお前は彰人と書いてバカと読まれるような存在なんだ!」 「殴るぞ」 「ごめんなさい!」 ジャンプしつつ土下座する卓雄に、冷ややかな視線を送る。このテンションの高さは称賛に値するが、いかんせん疲れる。 「話の続きは?」 由紀が、固まっている卓雄に問う。のそのそと起き上がり、許しを請うような視線を送られた。 「続けろよ」 「つまりだね諸君!」 すかさず立ち上がり、演説の体勢を整えた。 「途中を色々とかっ飛ばすことになったが、この世界が誰かの見ている夢だとしたら、俺たちは誰かの産物と言うことになる。ならば、その誰かとは一体誰なのか。俺が言いたかったのは、そういうことなのだよ!」 「……そんなことを真剣に考えてたの?」 「そんなこととはなんだ!俺はいつも、無駄なことに真剣だぞ!」 「無駄なんじゃない」 漫才をしている二人にあきれながら、卓雄が言ったことを反芻する。 “ならば、その誰かとは一体誰なのか” 妙にこの言葉が引っかかる。もしもこの世界が夢だったとしても、この世界を作っている、誰かなんているのだろうか。いたとすれば俺も、卓雄も、由紀も、誰かの空想の産物ということになる。しかし、俺にはそうは思えないのだ。 それは皆で形作る、一つの世界なのではないだろうか。人は眠ればこの世界に辿り着き、夢と言う名前の人生を送る。一晩の間に、生まれ、育っていく。 そうして目が覚めるとき、夢の中の自分は……。 「彰人!何ボーっとしてんだよ!」 「ああ、悪い悪い」 卓雄が非難の声を上げ、それに答えるように振り向く。 そこには、卓雄の形をした肉塊があった。 壁にもたれかかるそれは、首に大きな口をあけ、まるで赤いよだれ拭きをつけているように見える。苦悶と恨みに満ちたその目は、鬼気迫る迫力で俺を見据えている。何故か下半身は裸だ。 「彰人、どうしたの?」 由紀の声が聞こえ、振り向く。 そこにはやはり、うつ伏せに倒れ伏す肉塊があった。 うなじから臀部まで裂かれたその姿は、ちょうど魚を開いたようだった。背中はめちゃくちゃに突かれている。しかも全裸だ。はしたない。 二人の姿を避けるように、天井を見上げる。赤い液体にまみれた俺の手が握る、登山用のサバイバルナイフが床に当たり、こつんと音を立てた。一つ、大きなため息をつく。少し目がしょぼしょぼする。喉がひどく渇くのだ。 「二人とも、目を覚ましたんだな」 返答は聞こえない。 「俺一人仲間外れにするなよ」 沈黙は続く。 「俺たちはいつも、三人一緒だっただろ」 腕を持ち上げる。 「俺も早く、目が覚めねえかなあ……」 首にひやりとした感触がする。 目を閉じた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Feb 21, 2006 08:01:31 PM
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