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True Joy ほんとうの歓びを

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March 11, 2017
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幸せだなぁ…って思うことは何?

今は、車が新しくなって幸せだなぁ…って思います。
ナビなど要らないんです。
ただ、やっぱり大きい車の方が好き。
だから、少し大きくなって幸せ。

使ってみないとわからないから…って、いろんなものを知るために購入したものはたくさん。

服も…ですね。
カバンも…ですね。

車はあまりいろいろと…ってできませんね。
家もです…。
ちょっと高いといろいろと…って借りて使うことはできますが、実際はどうなんだろう…?と、経時変化を知るには難しいですね。

実験と言って?経過観察…何十年もやっている研究をしている人ってすごいですよね。

服やカバンがどう変わっていくか?って、これもナカナカ…使ってみないとわからないことがありますが、使い方を身につけるって大事だなぁ…って思います。

いろんな話をするためには、いろんなことを知るって大事で…使ったりしていないものなどの話をするのは難しいって思うのです。

蛇革の財布を使っている方がいらして、白が黄色くなっていくのよねぇ…って話されていたのを聞いて興味を持ちました。その色が変わるのがいいっておっしゃっていたので、白い蛇皮のモノ…と興味を持ったら、バッグが手に入りました。そのバッグが呼んだものは、蛇皮のバッグでした。そして、小銭入れをいただきました。ルンルンと小銭入れを使って白い蛇皮が黄色くなることを体験しながら、なるほど…と。
牛皮、羊皮…蛇、トカゲ、ワニ…どうなるのかなぁ?って経時変化を見比べ使い比べ…って、バッグを販売している人にとっては良くわかっていることかもしれません。だけど、ナカナカ…わかりません。
いろんな種類の皮のモノを使うってことをして、研究?使うほどにいい味を出したバッグを持っていた先人のバッグが好きで私のモノもそうなるといいなぁ…と使い続けています。

器も…気に入ったら購入して…盛り付けの違いを見るために?数枚ずつ…というか、一枚ずつのモノもありますね。生活のために必要なものを購入しているモノでも、考えて多様性を…って思うのですが、使いやすい大きさって人それぞれでしょうね。
ただ、使い続けているからこそ分かることはありますよね。
器だけでなく調理器具をはじめとした道具たちもそうですね。

何何焼き…なんて、知らない世界を知るって学ぶのも使ってみないとわからないことがあるので、購入してみたり…モノを学ぶって本当に使うことが必要だなぁ…と思いますね。何が好きか?その時に関心がある物を…ではなく、生活全般に関係するものに関心があるので、いろいろと…。

実は作ってみるということもして、なるほど…って見比べたり、工夫点を理解したり…しています。

伝統的な日本の文化…と、今にある物を扱うことも、もともと仕事がらみに学ぶため。
いろんなことを知ること…それが伝えること…
知るって文章を読んだだけではわかりませんよね。

どう伝えたらいいか?これもいろんな方法がありまして、試すことを多々やってみた人でないと違いは判りません。試さずに他の人のためしたことを聞きかじったりしてさも自分がやったように…伝えている人たちもいますが、その人たちから伝わったモノは違うものになっていることが多いのです。
それは、やったり試したりした人しかわからない本当のところのコツがわかっていないから。いいモノでも違うように伝わります。そして、類似品がたくさん登場する。だけど、類似品はあくまでも類似品で、実際にやってみるとわかるのですが、その言葉に意味がない人たち…実はやっていても意味が理解できていなくて知識的にも足りないと、やっているようでわかっていないに陥っていることってたくさん。

幸せだなぁ…って思うことは、本当にトコトン突き詰めて知ろうとすることができることかもしれません。

日本の文化を大切に…なんて昨今言われていて、和食や和服を大切に…なんて言っていますが、浅く知っていた時にはこれでいいっていうより、これじゃないとダメ…みたいに思っていたことも、詳しくなってくると、伝統と現在をうまく調和させていく努力などに関心が行きますね。
きっと、いつの時代も、そうやって伝統という型を大切にする思いと、現在とのはざまで葛藤してきた全てが伝統なんだろうと思います。

伝統という重みに対して反発が強かった10代のころ、真剣に伝統って何だろう?何が大切なんだ???なんて思ってみていました。今でも思うのですが、自分が知っている世界以外の伝統を見聞きし、それを大切に守っている?そんな人たちの取り組みなどから学んで思うことは一つ。
伝統って幸せなことだなぁ…って思うのです。
伝統って前と同じことを踏襲したらいいってものではないと思います。
ただ、伝統を打破するって、今までを知らないで壊すことだと思っている人がいます。それは…愚かなことではないかと思います。それは伝統を打破するのではなく、新規のモノ。
新しさを感じながらも、脈々と流れる伝え継がれているモノを踏まえていることを感じられる確固とした型の存在を感じるところにすごさがあるのではないかと最近は思います。能狂言、お茶、お花、料理、着物…いろんな世界を学ぶと、日本の文化の伝統と言われるものは型を大切にしていると言われたりするところがあります。でも、型を大切にしている理由があると思うのです。それは、究極にそぎ落としていったら…それが一番シンプルで機能的だという面を持っているのだろうって思います。その上に展開されている種々のバリエーションがあるところ、バリエーションを追いかけていくよりも根幹をしっかりつかむことが大切なんだと思うのです。

正直、それが何事も同じで大切だろうって思います。

表面だけをさらったことたちは、恐らく時代の変化に耐えられないだろうなぁ…と思うのです。
それは、勉強でも同じだろうって思います。
有難いなぁ…って思うことは、原理原則を徹底的に大切にするということを学んでいること。
そのルーツは…?小学生のころかもしれないなぁ…と思います。
ノウハウで勉強して受験はできます。だけど、ノウハウで原理原則を学ぶことも…できるでしょうけど、同じではないと思います。受験勉強のやり方と原理原則を学ぶやり方は別ものだと思います。断言はできますね…これについては。学校が受験のためにあるようになって久しいのですが、そんな学び方をしてきた人は伝えることも同じ…これが悪循環を生み出しているとは思います。

原理原則を学んでいたら、表面が変わっても変わっていない基本を見据えて判断できる…これが実は時代の変化に対応する力を養うことだろうって思います。

数学が一番得意だったのですが、数学はあくまでも使う道具に過ぎないと思っていました。
学校の勉強…って、国語も英語も、理科も社会も…数学も、受験教科といか言われているこれらはあくまでも基礎なんだよね。それらを使って生きていく…。全てのことをうまく使って生きる…それを扱う家庭科だから、受験教科と言われているものができないから…家庭科を選んだなんて人たちの学んでいる量なんて根幹がないのですよね。表面だけだから、深まることができない。

そういう意味では、全ての教科好きだから…って、私は選んだ理由と正反対の人たちがいっぱいです。

物理も化学も…生物も…いろいろと学んでいるから、自然科学的なことを理解できるし、国語や社会や英語など…を通して知り得た断片から社会科学的な側面を理解できると思います。
オールラウンドに全てを網羅しようとしない生き方をするのなら、全てを得意分野にする必要はないし、全てが得意ではなくても、自分が不得意なものを得意な人と組めばいいわけで…という発想が大切なのですよね。

私の幸せなことは、調べることなどが得意なこと。探求することが好きなことかもしれません。別に探究したくてやっているわけではなく、単に知りたいと思うレベルが違うらしいだけ…。知っている知識とどうつながるのか?つながったときは覚えていくことは簡単です。そして、忘れないなぁ…って思います。枝葉末節なんてどうとでもなるけど、つながりが頭に入っていないと使えないなぁ…と思うのです。

大学入試なんて辞めたらいいのに…って思いますね。
本当に学力さえあれば、とりあえず行けて、とりあえずお金払って受講はできるけど単位が出ないとして、働きながらでも単位を取り卒業?学士をとれるようにしておけばいいのに…って思います。勉強中途半端にして学士はあって、就職がない…そりゃそうだろうって思います。また、本人が中途半端にしたつもりはなくても、受験の要領しか習っていない人たちは…完全にかわいそうです。

正直、ここから浪人しても大学へ行けないだろう…と学んでいる内容を見たら思うことがあります。それは、時間ではなく学んでいる中身。受験のテクニックはあくまでもテクニックだから…。
それは何事も同じ。
資格でも、その資格を取ることは簡単なこと。そんな資格を取り集めるマニアはそれはそれでいいと思うのです。だけど、その資格のもとになっているところの本質が理解できていないと…応用が利かない。これは恐らく21世紀に通用しないことだろうって思います。

私の幸せは、テクニックは…確かに習いましたね。だけど、本質的なことを理解すること、源流を抑えることなど、学び方を身につけることができていたことに感謝します。
表面的にさらっていて本質がわかっていない人たちは、年をとってきてようやく本質が見えてきて他の人も同じだと思うみたいですが…そんな人たちは本来その道に向いていないハズ。20年やってようやく見えてきた…という中身がスタート地点のハズ…と思うことを言う先人たちを多々見て思ったことは、勉強の仕方を身につける幼少期大事だなぁ…ってこと。

母の教えないすごさに感謝。
教えてはくれるんだけど…、辞書辞典の引き方を教えてくれたんだよね…小学校あがる前の私に…。
物を作る作り方は教えてくれたんです…いろいろと、だけど、一度できたら後は自分でやるように本をいろいろ与えられました。

本当に…有難いことです。

父の教え方は、教えるというより日常でした。
父から学ばせてもらったすごいことは、見て学ぶなどでした。そして、見方を習いました。
こんな細かいところを視点として持つんだなぁ…とか、今はそう思いますが、習っているときはそれが普通ですので、細かいと思わずそれを自然としていたのです。それが一番学び方には大切だと後から思います。

そして、本当にそれに秀でている人たちに学べる機会をたくさんいただけている人生の送り方をさせていただけてきたことに感謝。料理について知りたいなぁ…と思っていたら、目が点になるくらいに強烈に学ばせていただきました。テニスも…行政等の流れも…何もかも、知りたいと思ったときにスペシャリストに習うことができていると思います。ありがたいです。
お茶を一緒に学んでいた先輩がおっしゃっていましたが、何事も一流に学べるのがいいってね。本当にそう思います。ありがたいことです。何が違うか…枝葉末節をそぎ落としたことを学べます。これが有難いです。そして、基礎基本としてとらえられていることが本質的だと後からわかりますが、本当にそれを学べてきたことに感謝します。

カバンや器、服、着物…何事もお詳しい方々のお陰様で、いろんなことを学べてきていることに感謝します。ただ、そういうマニアックかもしれないけれど、奥深い話を学ばせていただける機会を持てることに本当に感謝します。

もちろん、それら知り得たもので詳細が必要なことは文献も読んでいます。そういうことは当たり前って思います。ただ、ブログは…それらのうちさらに詳しく知りたいことやとりあえず記録しておきたいことを書いています。実はそうしておくと、さらに詳しい人などがもっと詳しい情報をネット上にアップされることを多々体験しています。おかげで、ますますいろいろと知る機会をいただくことができます。

知識基盤社会と言われる21世紀だそうですが、私が思うのは、自分の得意な詳しい世界が一つでもある人が大切だと思います。それは、受験テクニックが得意な人をたくさん量産することとは違うと思います。アイドルを追いかけている人たちも、実はいろんなことに関心の置き方が違うことを学びました。アイドルそのものに詳しい人もいるでしょう。だけど、追いかけることを通して、飛行機などの取り方が上手な人もいますし、宿泊先をとるのが上手な人もいるでしょう。いろいろと同じことを好きな人でも、得意な分野が違うもんです。全般的にまんべんなくなんとなく勉強して受験はしてきた…って詳しい分野がない人たちを溢れ返す…そんな風に見ることも一つかもしれません。でも、実は単に受験には関係ないかもしれないところで得意なモノ好きなものがあって詳しい…という側面を評価されていなかっただけかもしれないと思うのです。ユーチューバーのすごいところも同じだろうって思います。評価の物差しを学校の成績だけで見ている人たちや、尺度が少ない人たちを親に持っている人と違う生き方をできたことに感謝します。

祖父母が通知表を見て読むところが違っていたことなども感謝します。

本当に、幸せですね。
それらが積み上げられた結果として、学び方を身につけているんですよね…。
有難いし、協力くださっている方がに感謝します。





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Last updated  March 11, 2017 08:14:45 AM
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