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ヒロガルセカイ。

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柊リンゴ

柊リンゴ

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2008/11/19
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 蝉の鳴く声が聞えてきてぼんやりと目を開けた。
父を失ったあの日を思い出すなんて夢見が悪い。

 寝起きのせいかだるい体を起そうとしたら、なにやら臭う。
枕元に置かれた白湯や食べ散らかした林檎の芯を見てため息をつくと、無精髭を生やした桔梗がびわを食べながら「おはようございます、夏蓮さん」と普通に挨拶をした。

「二日も寝込まれるとはねえ。このまま起きないのかとひやひやしましたよ」
「二日?」
 片膝を立ててぼんやりとする。思考が定まらない。

「……本当に?」
「嘘は言いませんよ。俺は付きっきりでここにいましたからねえ」
 桔梗が体温計を持ち僕の脇に挿そうとした。

「自分でやるから」
「はあ、そうですか」
 体温計を差し込むと朦朧としたままの頭の中を整理した。
僕はこの離れで二日も寝ていた原因は何だろう。

「僕は熱があったの?」
「はあ、なかなか下がらないものですから、てっきりクラミジアなる性病をうつされたかと婆様がてんやわんやでして。あの騒ぎでも起きないから、お医者様の見立てでは、まあ、知恵熱だろうという事ですが」
 桔梗が僕の裾をめくった。

「何をするのだよ!」
「その自身が腫れ上がって痛みを伴えば性病だそうですよ。気をつけてくださいねえ」
 おぞましい事を平気な顔で言う。しかも汗に混じり僕の嫌いな匂いも感じた。

「臭い」
「夏蓮さんと俺の匂いでしょう。その自身を念入りに扱きましたからね。夏蓮さんが夢の中にいながら喘いでくださるから楽しかったですよ。俺は男色の気がないつもりでいましたが、あなたには違うのかなあ」

「いっ。今、何て言った?」
 

 背筋に戦慄が走った。体温計を抜いて枕元に置くと身を硬くして布団を寄せた。

「仕込みです。アザミさんは嫌なのでしょう。じゃあ、俺しかいませんよねえ。だから眠れるお姫様に手ほどきをしましたよ。体温も正常の様子、今宵からは楽に床の仕事ができるはずです、安心してくださいねー」
 
 枕を投げつけて立ち上がった。
「そんなことは頼んでいない!」
「はあ、婆様からの命令なので。天網様を待たせているので、早々にと」
「……僕の体は僕のものだ。あんな好色家のものではないよ」
 

 着替えを持ち風呂場に向った。
まだ湯焚きの準備が整わず、僕はタオルをぶらぶらさせながら廊下で待っていた。
「夏蓮さん、俺も湯に入ります」
 桔梗が追いかけてきてしまった。

「悪いけどしばらく顔を見たくないよ」
「はあ、そういわれましてもねえ。俺がいないと楼の姫たちが押しかけてきますよ? 夏蓮さんが姫開きを終えたと皆が知っていますからね。手練手管をしこみたい輩もいますよ。どうします? あなた一人では立ち向かえないでしょう。ほら、高校生の時は先輩に襲われたではないですか」
 
 嫌な事を思い出させる。しかしこの桔梗はいつから僕のお目付け役だったのか。

「……いつも僕の後をつけていたのか」
「そうですよ。器量の良い夏蓮さんの身を案じた婆様の命令で、中学も高校も四六時中監視していましたよ。だから夏蓮さんが学校で嫌な思いをした事も、クラスメートに冷たくされたことも知っていますよ。ははは」

「おまえも僕を蔑んでいたのか」
「いいえ、そうではなくて。自覚なさるといいと思っていました。自分だけは清らかな存在だと振舞っても無駄ですよ。俺があなたの自身を銜えた時あなたは花屋の息子の名を呼んだ。さぞや抱かれたいと願っているのでしょう? あなたは生まれついての姫ですよ」
 
 桔梗はずけずけと僕の心に土足で入り込み、僕が綺麗に・大事にしていたものを荒らした。
自分で気付かぬよう閉まっていたのに。

 僕は恋を知った。
同性など恋愛の対象ではなかったのに、心惹かれる人に会ったのだ。
(悠弥さん、僕はあなたの心に住みたい。誰よりもあなたの側にいたい)

 しかし僕の雄はそれ以上を求めている、繋がりたいのだ。
花を愛でるように、どうかこの体を隅々まで撫でてほしいと疼くのだ。
こんな自分の思いの行き場の無さに指を噛んだ。


16話に続く





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Last updated  2008/11/19 03:24:30 PM
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