カテゴリ:SS(BL)
「半透明のものが好き」
水色に染まる夏空を見上げながら玲(れい)が呟いた。 「突然、何を言い出すの」 風がシャツの襟をそよがせる、しかし日差しは暑い。 そんな中で突拍子も無い事を言われて安芸(あき)は戸惑った。 「ほら、安芸の家みたいに障子の向こうにぼんやり人影が映るみたいな」 「ああ、うち、日本家屋だから。和室の事でしょ。 俺にしてみたらマンション暮らしの玲のほうが羨ましいけどね」 「建物の話じゃないよ。透明でなく濁ってもいない。 どちらでもない曖昧な感じの事」 それは何を意味しているのだろう。 いつもふわふわと風に漂うような口調の玲の横顔を見つめても、 安芸には何も読めない。 安芸と玲は幼稚園からの幼馴染で中学までは同じだった。 家族ぐるみな気心の知れた間柄で、 互いの家に泊まったり食事をいただく事も違う高校へ通う今でも珍しくない。 似たような性格と互いの親は口にするが、 安芸は玲に対してだが面倒見が良く、人当たりも悪くなく接客のバイトをする程だ。 しかし玲は好みは曖昧でも自己中心的なところがあり、 安芸を振り回すし、その性格ゆえかはたまた親が甘やかしているのか、 バイトはしていない。 「ネイルカラー、欲しいな」 玲がそんな事を言いながら、暑いのかハーフパンツの裾を捲りあげようと中腰になる。 「そんな趣味があったの?」 安芸はそんな玲の背中を軽く押して窘めた。 「違うよ。女装とかじゃなくて。ただ綺麗だからさ。 透明じゃなくて色が濁って綺麗な部分だけ淘汰されたような感じ、あれがいいと思う。 女の子ってそう感じて付けているのかな」 「自分の爪・と言うか自分を綺麗に飾りたいんでしょ」 「ふうん、そうか。 別に飾らなくても女の子って男を引き寄せる甘い蜜を出しているじゃない。 十分だと思うけどね」 玲も安芸にとっては、一種の蜜だ。 意識し始めたのは中学2年。 進路が異なる事を知り、今までずっと隣にいた玲と離れてしまうと急激な不安、 そして離れたくない欲。 安芸は単なる幼馴染として玲を見てはいなかった。 気持ちに白黒つけたいと思いながら告白を先送りしたまま卒業し、違う高校へ通い始め、 初めての夏だ。 『曖昧な感じって、まさか。この関係か?』 「そろそろバイトの時間じゃない? 頑張ってねー」 そう、時間と言うものは刻々と過ぎていく。 今日も思いの丈を言えぬまま、安芸は玲に手を振った。 「柳田さん? ゴミ出しですか」 床にしゃがみこんでポリ袋にガツンガツンと音を立てて物を放り込む先輩社員の姿を見て、 安芸は思わず声をかけた。 「ゴミ出しなら、バイトの俺が行きますよ? あれ、商品でしたか?」 「試供品よ。もう廃番になった色を処分するの」 柳田が苦笑しながら「手間のかかる仕事よね」とネイルカラーを1瓶振って見せた。 それは白濁した色合いで、安芸は玲の言葉を思い出した。 「あの。1つもらえます?」 「彼女に? うふふ、いいわよ。何色にする? やっぱりコーラルピンクかな。 オレンジとピンクの中間みたいな暖かみのある色。春先に流行ったのよ」 くすんだ色がいいと安芸は思っていた。 しかし残っているのはクリアや人気のあったピンク系。 それならばいっそと片隅に置かれた色を指した。 「あ-。黒をください」 「黒。個性的ね。ああ、でもしている子いるね」 「お礼にコーヒーでも奢ります」 「あほ」 柳田が安芸の耳たぶを軽く引っ張った。 「見返りなんて求めていないわよ。そもそもこれは廃棄するものだし。 私は元々、人に何かをあげてもお返しは期待しない。 過剰な期待を寄せて何もなかったらその人を恨むでしょう。 そんなさもしい生き方をしたくないの」 優しい口調だが言葉は厳しかった。自分にも他人に対しても。 柳田が眩しく見え、安芸は掌のネイルカラーを握りしめた。 そうでもしないと自分が何をしたいのか忘れそうだったのだ。 「おつかれ。おかえり」 安芸の家の土間に玲が立っていた。 しかも満足げな表情である、これはと思い、安芸は玲の襟首を掴んで唇の匂いを嗅いだ。 「なに。勝手に人の家にあがって晩御飯まで食べたわけ?」 「安芸の帰りが遅いからだよ。おばさんも食べてって言ってくれたし。 おばさん、ごちそうさまー」 能天気な玲に安芸は溜息をついて鞄からネイルカラーを取り出した。 「これ」 「わ。ありがとう」 玲は瓶を横に数回振り「向こうが見えない濃さ」と笑った。 その笑顔こそ、安芸が欲したものだ。 柳田と会話をして『自分は玲の笑顔を見返りに期待しているんだ』と気づき、 その焦がれる思いを振り切るようにバスに乗らず速足で歩いて帰宅したのだ。 帰りが遅くなるのは当然。 しかし玲が家にいるとわかっていたらどうしていただろう。 「もう遅いから送っていくよ」 「いいよ別に。500メートルくらい歩くだけだし」 「夜道は危ないよ。ライトをつけない自転車が暴走するし、コンビニの誘惑もある」 「よくわからないけど。お供してもらおうかな」 玲の住むマンションまではコンビニもあるが、 抜け道のような手入れのされていない雑木林もある。 蝉は夜でも活動中だ。 その鳴き声を聞くだけで体感温度が上昇する。 しかし玲は涼し気な表情だ。 安芸は汗をかいた自分が匂わないか今になって慌て始めた。 「なにしているの」 「いや、汗かいたからさ」 「歩いていると僕も汗をかくよ。同じ、同じ」 玲はシャツの裾をまくりあげて風を誘うようにばたばたと仰いでみせた。 無邪気なのか、邪気なのか。 安芸は固まってしまいそうだった。 「おばさんの作る麻婆豆腐は最高。痺れる辛さって言うの? 昔から変わらないなー。子供相手に大人向けの料理を作ってくれるもん。 そういうところ、好きだな」 「ああ、俺も帰ったら食べるよ」 そんな話をするつもりではなかった安芸は焦れてきた。 のんびりと歩く玲は隣にいる。 しかし気持ちの距離が計り知れない。 「玲は幼稚園の頃も家に来て2人でビニールプールに入って遊んだよな」 「ああ、覚えてる。2人だと狭いし水がぬるいし、でも面白かった」 思い出し笑いをする玲を横目で見ながら安芸は足を止めた。 「ねえ、俺達さあ」 「蝉が煩いね」 「真面目に聞いてくれる?」 「どうした、急に」 「付き合わない?」 「……付き合っている気でいた」 「えっ?」 玲が思わぬ事を口にしたので安芸は戸惑ってしまう。 「いつからそう思ってた?」 「幼稚園の頃から」 「それ、幼馴染だろう。俺が言いたいのは、さあ。 玲の望む事を何でも叶えてあげたいって。 いつも一緒にいたい、そういう気持ちでいるの」 「いつも叶えてくれているし。そばにいるじゃん。 僕は高校が違っても安芸が1番だと思う。 理解者だし、一緒にいると楽なんだ。 気負いしないのは大事。 だけど、これでもさ、 安芸に捨てられないように自分を磨いているつもりだよ」 このままでは玲のペースになってしまうと悟った安芸は、玲の腕を取り、 振り向かせると強く抱きしめた。 「ずっと好きだった」 「蝉が煩いね」 反らされてしまうのかと安芸が不安に苛まれ、 逃がすまいと抱きしめる力を強く込めた時だ。 絡んだ玲の足が凛として迷わない思いが伝わって来た。 「玲のことが本当に、好きなんだ」 「なんかさ、はっきりしているのもいいね。 僕は安芸に言われなくてもこのまま流れて行けばと思ってた。 でも濁ってた。わかってた。 先に言ってくれてありがとう。僕も好きだよ」 2人が手を繋いで歩いたのは何年ぶりだろう、互いにそう思ったに違いない。 夜道は暗いものをより濃く映す。 そして、人の思いを隠さない。 「すっきりした」 「安芸、今そういう顔をしているの?」 「明日。また学校帰りに会おう。そうしたら解る」 「了解」 ありがとうございました お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016/08/11 03:30:33 PM
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