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テーマ:日本語教育
カテゴリ:日本語教育
何か月間か日本語学校で日本語を勉強している学生も、 学期末などにスピーチをやってもらうと全然話せないということが結構あった。 聞いていても何を言ってるのかわからない。 半年も日本語を勉強してきて、あの勉強は何だったんだと唖然としてしまったのは、 1回や2回ではない。 教える側の教師にも責任があると、 そこで立ち止まって、深く反省すればいいのだが、日常業務にかまけて、 それまでの授業のやり方を変えるところまでは考えが至らなかった。 確かに学生全員が話せない、何を言ってるかわからないという訳でもなく、 何割とはっきり数字には出せないが、話せない学生はいつも一定数いた。 原因は、授業では言葉や文法の学習などインプット中心で、 アウトプットが徹底的に少ないからだと思う。 『みんなの日本語』に代表される文法積み上げ式の教授法は、 理路整然としてよく出来ているが、現実の生活のどの場面でその文法型式を使うのかといった、 社会生活との関連という点で弱い。 確かに文法積み上げ方式で作られているテキストを使っても、 アウトプットを多くするような授業は可能かもしれないが、 それには教師個人の高度な技量あるいは日本語教育機関そのもののパラダイムシフトが必要に思える。 初級の簡単なあいさつから始まって、自己紹介、買い物などのそれぞれの場面で、 フレーズを丸暗記させるような授業を積み上げていくイメージになるのはないかと思う。 しかし、それが次の「初級レベルの教室活動の流れ」とどの程度整合性が取れたものにするのか、今後の課題だ。 ![]() これまでは「導入」から、せいぜい「状況練習」までやって「統合的な練習」は時間がなくて手が回らなかったのが現状だ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 21, 2026 12:40:30 PM
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