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2008.10.27
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カテゴリ:国政・経済・法律
産経新聞の県内版(19日)によると、三陸のアワビ漁解禁(来月)を前に、暴力団が暗躍する密漁の横行に手を焼いているという。

三陸のアワビは最高級品。宮城県漁協だけでも年間15億円以上の取扱高。稚貝を放流し、猟期や時間を制限して、資源を守っている。

密猟者は夜間に潜水し、夜行性のアワビを取り尽くす。宮城県内だけでも年間20億円以上の被害。それだけ密猟者の利益も大きいわけで、いまや覚醒剤と並ぶ資金源だそうだ。宮城県警も、海上保安庁や漁協と連携して密漁摘発に力を入れており、石巻署は今年1月に暴力団員を含む密猟者8人を県漁業調整規則違反で逮捕。

もっとも、これも氷山の一角なのだそうだ。組織的密漁は、実行役、販売役、監視役などを分担し、大型トラックにボートを積んで乗り込み、密漁後ボートを積んで逃げる手口もあるという。漁協の監視活動には威嚇や嫌がらせもする。

以上、ずいぶんひどいものだと思う。ところで、密漁の報道では、県漁業調整規則違反とよく聞くのだが、刑法犯にはならないのか。また、条例ですらない県規則という法源で何故に罰則実体法規が規定されているのだろうか。

漁業調整規則は、存在形式は地方自治法に基づき県知事の制定する規則である(同法15条1項)。当然ながら、規則は刑罰実体法規の役割を担えるものではないが(罪刑法定主義。憲法31条、地方自治法14条3項参照)、規則で刑罰ではない「過料」ならば科することはできる(地方自治法15条2項)。

ところが、宮城県漁業調整規則をみると、第6章(罰則)として、例えば第60条に、(違法操業等は)「六月以下の懲役若しくは十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と堂々記されている。現に警察が動いているように、立派な刑罰を定めているものだ。何故か。これは、漁業法65条3項の存在が根拠だ。同条第1項は、知事が取締や調整の目的で特定の漁業を禁止したり許可制とすることを認めており、第2項で規則を制定できること、第3項で必要な罰則を設けることができることを定めている。そして、都道府県規則で規定できる罰則は、六月以下の懲役、十万円以下の罰金、拘留若しくは科料又はこれらの併科とされている。さらに、手続上は漁業調整委員会の意見を聞いて、農水大臣の認可を得る必要もある。

ここまで調べると、次のような憲法演習問題を思いつく。「問題 A県が1年以下の懲役に処する条例を制定した場合の問題点を論ぜよ。(参照条文として漁業法65条3項)」。

オーソドックスに法律の範囲内の条例制定という建前(憲法94条、地方自治法14条1項)を重視すると、この条例は法令に反して無効となるが、他方で地方自治の本旨を重んじ(京都学派)、徳島公安条例判決を思い切り拡張して解釈すれば、国法は6月を超える懲役刑の制定を禁じているとまでは言えない、そもそも地方自治を認める以上憲法は一定の統制権限も付与されているはずで、この程度の条例制定は違法でなく、むしろ憲法の精神になじむもの、とも言えよう。相当に苦しいが。

憲法論からアワビの本論に戻るが、産経の記事では、たとえ漁協の識別タグがあっても、所有権が認められず窃盗罪は成立しない、のだそうだ。それが、刑法犯で処罰できずに、漁業法を委任根拠に各県の漁業調整規則を根拠にする所以なのだろう。

つまり、財産犯ではなく違法な操業行為が処罰の対象ということなのだろう。窃盗罪なら法定刑は10年以下の懲役だが、これを適用できないとなれば、悪質化する密漁に対処するため、今後は漁業法の処罰根拠規定の内容を更に厳しくしたり、あるいは県規則ではなく直接漁業法或いは特別法で厳しい罰則を設けるなどの対応が求められるのかも知れない。

ところで、農林水産省でも十分に検討してのことだとは思うが、どうしても窃盗罪が成立しないものなのだろうか。タグがあってもダメなのか。

窃盗罪は「他人の財物を窃取」した場合であり(刑法235条)、アワビが財物であることは間違いないとしても、窃盗罪は「他人が占有している財物」を盗む罪である。とすると、占有が成立しているかどうかが問題となる。タグが付いていれば、占有は認めても良いように私は思うのだ。

そもそも窃盗罪で保護される占有は、(a)客観的な支配の要素と(b)主観的な支配意思の要素の双方を総合判断するのだろうが、昔の記憶では、春日大社のシカについては占有を認める判例があったと思う。放任しても飼主の元に戻るからだ。同様に、ゴルフ場の池ポチャのロストボールでも窃盗罪が成立する。これらは、どちらかと言えば(a)の要素を重視したのだろう。アワビならば、海中に天然で生きているものもあるのかも知れないから、(a)の成立は難しい場合もあろうが、タグが付いていれば、(b)の要素を明らかに認めて良いのではないか。判例でも、列車やバスに置き忘れた荷物を盗んだ場合に、時間的な点を含めて総合的に持ち主の占有が継続していると見なされれば窃盗罪を認めると思う。タグが付いたアワビなら、十分だと思うのだが。

しかし、議論のポイントはその点ではないのかも知れない。産経の記事も「所有権が認められず」窃盗罪が成立しない、という。産経がどこまで厳密か心配もあるが、この表現をスクエアに理解すれば、ポイントは占有の成否ではなく、より根本的に所有権の成否という点にある。

所有権も成立しないとなると、占有離脱物横領罪(254条。法定刑は1年以下懲役や罰金で、未遂処罰規定もなく、軽罪の扱い)さえも成立しないことになってしまう。上述の列車やバスに置き忘れた荷物の場合は、相当時間が経って占有が認められない場合でも、「占有を離れた他人の物」として占有離脱物横領罪は成立する。アワビの場合は、これさえも成立しないという。ということは、アワビには漁協の所有権が成立していない、からなのだろう。

しかし、それはおかしいように思う。識別タグは個体ごとに付いているのだと思うが、そうであれば無主物でないことは明らかだ、と言って良いと思うのだが。迷い込んできた伝書バトをつかまえたら占有離脱物横領罪で、殺したら器物損壊罪だろう。ハトの足に書簡があれば、そのハトが、どこの誰とまでは知らなくとも誰か人間の所有物であることは明白だからだ。釣り堀の業者の池のニジマスは当然業者の物だが、県や市町村の管理する川を泳いでいる魚にしても、タグがついていれば無主物とは言えないだろう。

それでも産経の記事のとおりだとしたら、たぶん公海と漁業権制度から由来する制度上の特性があるのだろうか。海は誰のものでもない。そして漁業権制度も海水や海産資源の所有権を認める趣旨ではない。さらに、識別タグも所有権を主張する趣旨ではなく、種苗の放流者を明らかにするにとどまる。元来海産資源は漂流や移動があるから、個体の所有権という観念はなく、一定の海区について排他的に操業する漁業権の行使の結果として、漁業者は当該海区の海産物を初めて自分の所有にできる。例え識別タグをつけていても... ということなのだろうか。

漁業権については実はよく知らない。漁業と法律は、海のように深いテーマのように思う。政策と法律がアクティブに交錯する、その意味で政策研究にとってエキサイティングな領域かも知れない。





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最終更新日  2008.10.27 00:08:25
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