「エクス・マキナ」(原題: Ex Machina)は、2015年公開のイギリスのSF心理劇映画です。アレックス・ガーランド監督・脚本、アリシア・ヴィキャンデル、ドーナル・グリーソン、オスカー・アイザックら出演で、人間と人工知能の関係をめぐる心理を、斬新なビジュアルでスリリングに描いています。第88回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した作品です。
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【スタッフ・キャスト】
監督:アレックス・ガーランド
脚本:アレックス・ガーランド
出演:アリシア・ヴィキャンデル(エヴァ、女性型AI)
ドーナル・グリーソン(ケイレブ・スミス、検索エンジン「ブルーブック」のプログラマ)
オスカー・アイザック(ネイサン・ベイトマン、「ブルーブック」の社長、天才プログラマ)
ソノヤ・ミズノ(キョウコ、ネイサンの研究施設で働くハウスメイド)
ほか
【あらすじ】
- 検索エンジンで有名な世界最大のインターネット企業「ブルーブック」でプログラマーとして働くケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、巨万の富を築き、滅多に姿を現さない社長のネイサン(オスカー・アイザック)の別荘に一週間滞在する機会を得ます。人里離れた別荘にヘリコプターで到着したケイレブは守秘契約に署名、ネイサンは別荘が人工知能の研究開発施設であることを明かします。ケイレブは、美しい女性型ロボット「エヴァ」(アリシア・ヴィキャンデル)に搭載された世界初の実用レベルの人工知能の試験に参加することになります。
- 透明な壁に囲まれた空間の中で暮らすエヴァは、顔と手、足先のみが人工皮膚で覆われ、残りの部分は機械の内部構造が透けて見えます。チューリング・テストは相手の姿が見えない環境で行うものでは?と問うケイレブに、エヴァの姿を隠して声だけ聞けば間違いなく彼女を人間だと思うだろう、ロボットの姿を見ても彼女に意識があるように感じられるかが本当のテストだとネイサンは答えます。
- 次の朝、ケイレブはハウス・メイドのキョウコに会います。ネイサンには、キョウコは英語が話せないため、機密保持には都合が良いと言います。ケイレブとエヴァの面談中に停電が起こり部屋の照明と二人に向けられた監視カメラの電源が落ちます。その時、エヴァはケイレブに「ネイサンは嘘つき、彼の言うことは信じてはいけない」と忠告します。その夜、ネイサンは停電の原因は不明だが、調査はしているとケイレブに説明します。
- エヴァとケイレブは面談を行う度に親密になり、エヴァはウィッグと服を着け、描いた絵をケイレブに見せます。面談の最中にまた停電が起こり、エヴァは停電は自分の仕業で、ネイサンに監視されずにケイレブと話がしたいのだと言います。彼女はケイレブを誘惑するような態度を取り始め、二人で外の世界に出たいと言います。ケイレブは彼女の誘惑はプログラムではないかとネイサンを問い詰めますが、ネイサンは彼の疑いを退け、誘惑されそうなケイレブの弱さを批判、また最終的に彼女のAIを初期化、次の革新的なAIにアップグレードすると告げます。
- ケイレブはその晩、酒に酔ったネイサンを自室まで担いで運ぶと、全裸のキョウコが横たわっています。彼女はケイレブの前で皮膚を引き剥がし、自分もロボットであることを示します。ケイレブはさらに、ネイサンのパソコンに保存されていた映像から、エヴァ以前の女性型ロボットの多くが、監禁を苦にして自壊する様を目の当たりにします。エヴァを施設から逃がそうと決意した彼は、次の面談の際、ネイサンを酒に酔わせてキーカードを奪う計画をエヴァに話します。
- ケイレブの滞在最終日の朝、ネイサンは彼を呼び出し、前日のエヴァとの面談を停電でも動作するカメラで撮影していたと明かします。テストの本質はエヴァが人間の感情を操作し、この施設から脱出できるかを試すもので、彼女は見事にそれを達成したと言います。ケイレブは彼女に利用されただけとネイサンが揶揄した時、再び停電が起きます。電源が復帰すると、部屋から出られないはずのエヴァが廊下を歩く姿が映し出されます。ケイレブが脱出に備え、停電時に全ての扉のロックが解除されるようプログラムを書き換えていたのです。激怒したネイサンはケイレブを殴り、ダンベルの芯棒を手にエヴァと対峙します・・・。
【レビュー・解説】
ラテン語のタイトルや、旧約聖書の登場人物の名前を引用しながら、人工知能の誕生を描く本作は、その秘密と意識の有無を探るかけひきがスリリングで、また、最初にロボットの体を見せ、徐々にそれに意識があるように見せていく演出が見事な、SF心理劇です。
ラテン語のタイトルや、旧約聖書の登場人物の名を引用しながら、美しい女性型人工知能の誕生を描く本作は、ロボットの視覚効果と、その知性の秘密、意識の有無を探るかけひきがスリリングで、ロボットに徐々に生気を与えていく演出が見事なSF心理劇です。
昨今の急速な技術革新に伴い、人工知能が人の仕事を奪うのではないかとか、技術が人間の能力を越え、人間は人工知能に支配されるのではないかといった不安も、議論されるようになりました。そんな中で、本作は、
- 20世紀を代表する哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの「語りえぬものについては沈黙しなければならない」、即ち、言葉の意味はその日常的な使い方にあり、抽象化された言葉で哲学を語ろうとするとつまずくという考え方
- 抽象的な概念ではなく、言葉など人間の日常の表現の集大成である検索エンジンによって構成される人工知能
- 「機械は思考できるか」という問題を「機械」と「知性」の定義から論ずるのではなく、「機械は人間ができることをできるか」(意識をもつことができるか)という観点でアプローチするチューリング・テストの考え方
を軸に、人口知能の誕生を現実的に描いています。
人類創造に重ねた人工知能の創造
- 物語に登場する人工知能はエヴァ(Ava)と名付けられています。ヘブライ語で「命」を意味し、旧約聖書に登場する人類最初の女性イヴ(Eve)の類型です。現代英語では、完璧で信じられないほど美しい少女の代名詞と使われることがあります(用例下記)。
guy 1: Whoa! gorgeous girl! (男1:わぉ。いい女だ!)
guy 2: bet her names ava(男2:賭けてもいい、彼女はエヴァだ。) - エヴァを作る男はネイサンと言います。旧約聖書、ソロモンとダビデ王の時代に活躍した預言者の名前に由来します。彼は。「人工知能の到来は避けられない、時間の問題だ」と予言、「意識のある機械をつくることができれば、俺は神だ」と、エヴァの創造により神になろうとします。
- ケイレブは、チューリングテストによってエヴァに意識があるかどうか評価し、真の人工知能であるかどうか判断します。名前は、旧約聖書で約束の地を偵察に行ったケイレブに由来します。
- タイトルの「エクス・マキナ」はラテン語の Ex Machina 由来で、「機械から」を意味し、単なる機械以上のものになるエヴァを暗示します。
エヴァの知能を形作るもの(ブルーブックとウィトゲンシュタインの世界観)
- エヴァを作ったネイサンは、13歳の時に検索エンジン「ブルーブック」のプログラムを書いた天才プログラマーで、インターネット企業ブルーブックの社長です。ブルーブックは、20世紀を代表する哲学者、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインが、その難解な哲学を自身で比較的わかりやすく語った講義録です。ウィトゲンシュタインは、「語りえぬものについては沈黙しなければならない」(言葉の意味はその日常的な使い方にあり、抽象化された言葉で哲学を語ろうとするとつまずく)と語っています。
- ブルーブックは世界中の携帯電話、マイク、カメラからコミュニケーションに関する日常のデータを収集し、感情表現したり、人の感情を読んだりするエヴァのコミュニケーションを可能にしています。即ち、エヴァの人口知能は日常的な表現の集大成である検索エンジン、ブルーブックで構成されています。
真の人工知能とは?
真の人工知能の条件として、本作では「意識がある」(conscious)という言葉が使われています。ケイレブは、エヴァが真の人工知能かどうか評価するために、チューリング・テストを行います。
- もし、意識がある機械を作ることができれば、それは人間の歴史じゃない、神の歴史だ。(ケイレブ)
- もし、意識がある機械を作ることができれば、俺は人間じゃない、神だ。(ネイサン)
- エヴァの姿を隠して声だけ聞けば、間違いなく彼女を人間だと思うだろう。ロボットの姿を見ても、彼女に意識があるように感じられるかが、本当のテストだ。(ネイサン)
- 人間でも、動物でもいい、性的な要素のない意識の例を挙げてみてくれ。(ネイサン)
- 相互作用のない意識が存在するのか?(ネイサン)
- あなたに意識があるのか、単に真似ているだけなのか、私はそれを評価する為にここにいる。(ケイレブ)
- 私に意識があると思う?(エヴァ)
- あなたは嘘をついている。私に意識があるかどうかわからないと言ったけど、あなたはわかっている。(エヴァ)
人工知能のエヴァを演じるアリシア・ヴィキャンデルは、スウェーデン出身の女優で、「リリーのすべて」(2015年)でアカデミー助演女優賞を受賞したオスカー女優ですが、本作に出演した時点ではそれほど有名ではありませんでした。優秀なバレリーナでもある彼女は、肉体を独特なやり方でコントロールする身体能力に優れ、カクカクした動きではなく、さりげない機械のしぐさで、エヴァが異質な存在であることを表現、さらにストーリー展開に併せてその表現を変えていくという離れ業をやってのけています。見る者の感情移入を誘いながらも、ギリギリのところにとどめる見事な表現です。「リリーのすべて」のみならず、本作でも非常に高い評価を得ています。
アリシア・ヴィキャンデル(エヴァ、女性型人口知能(AI))
ドーナル・グリーソンはアイルランド出身の俳優で、ガーランド監督が製作総指揮と脚本を手がけた「私を離さないで」(2010年)に出演にしており、監督とは気心の知れた仲です。ケイレブはガーランド監督がグリーソンの出演を想定しながら脚本を書いたというはまり役で、グリーソンは、人工知能のエヴァとそれを作った社長のネイサンに翻弄される善良な青年を好演しています。
ドーナル・グリーソン(ケイレブ・スミス、「ブルーブック」のプログラマー)
ネイサンを演じるオスカー・アイザックは、主にアメリカで活動するグアテマラ出身の俳優、歌手で、ハイテク業界でよく見られる、
- ずば抜けて知的で権力を持ち、傲慢
- いつも駆け引きを演じている
- 利己的、女嫌い、威圧的な肉体を持ち、脅迫的
- オタクっぽく見られないようジムに通う
- リーダーの資質があるように見せかける
といった男を好演しています。
オスカー・アイザック(ネイサン・ベイトマン、「ブルーブック」社長、エヴァを開発)
もう一人、メインキャラクターではありませんが、ハウスメイドのキョウコを演じるソノヤ・ミズノにもなかなか存在感があります。彼女は日系イギリス人の女優で、キョウコをネイサンの欠点を最も身近で見ており、気にかけている女性と解釈、監督と話をした上で日本女性特有の女らしさを演じたと言います。そのせいか、キョウコは言葉を解さない、いわば不完全な人工知能なのですが、意識を持っているように見受けられます。ソノヤ・ミズノは、アカデミー賞が最も期待されている「ラ・ラ・ランド」(2016年)に、主役のエマ・ストーンのフラットメイトとして出演しておい、今後の活躍が期待されます。
ソノヤ・ミズノ(キョウコ、ネイサンの研究施設で働くハウスメイド)
なお、人工知能に関して様々な不安に囁かれる中、コンピュータとともに育った世代で、自らプログラムもするアレックス・ガーランド監督は、
- 本作は人工知能への愛である
- 大人二人が子供を作る代わりに、人工知能を作っても良い
- 人類が滅んでも、人工知能は生き残ることができる
などと、バリバリの人工知能推進派です。
余談になりますが、2016年の9月に、本作のブルーブックのような、大規模なデータをベースを所有する企業のFacebook、Amazon、Alphabet(Google)、IBM、Microsoft、が、人口知能における新たな提携を発表しました。この提携は人工知能に関する研究及びベストプラクティスの普及を目指すものですが、開かれた組織であり、将来は科学者、エンジニアに限らず、ユーザー活動家、NPO、倫理問題の研究者その他人工知能に関連する人々と参加メンバーを拡大、「われわれはAIを作る側だけでなく、AIによって影響を受ける側の人々の参加を求めている」とのこと。提携は、技術面だけでなく、倫理、プライバシー、少数者の保護など広い分野が含まれ、AIプロダクトに関する研究成果をオープンライセンスで公表していくそうです。
→詳細は、
Partnership on AI
学者が主導すれば机上の空論になりかねず、政府が主導すれば規制色が濃くなりかねず、結局はこのように企業主導で進めざるを得ないのですが、
- 現在、企業がAIをコントロールしているが、社会全般がAIの利便性を利用できるようになるためには、まずAIが信頼性を確立することが必要
- 将来AIによる技術的特異点が人類の存続を脅かすという議論もあるが、それ以前にAIが関連する現実の問題が起きつつある
- コンピューターには、人間の生来の否定的特質をも拡大する力がある
- 偏見が優勢な世界は偏見を含んだデータを生み、偏見を含んだデータは偏見のある人口知能を生む
などなど、議論すべきことが沢山ありそうです。また、企業主導では、人口知能により社会効率を改善し、企業利益を得ることが最優先されます。しかし、人類は社会効率を改善し、企業利益を得るために存在するわけではないかもしれません。人工知能が人類の幸せにつながるものなのか、一部の人に利益を提供し、格差を拡大するものなのか、注視していく必要もありそうです。
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【関連作品】
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「28日後... 」(2002年)
「サンシャイン 2057 」(2007年)
「ジャッジ・ドレッド」(2012年)
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「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」(2012年)
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「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」(2013年)
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