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晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

晩秋に舞い落ちる雪の華の名・・・。

飛翔~黒翼咆哮~

「・・・様。緋神琉紫葵の奪取に失敗しました」
闇より尚暗い闇の中。
そこに真紅の髪を持つ少女が佇んでいた。満身創痍。衣服は所々破れ、血が滲んでいる。
それは琉紫葵たちと死闘を繰り広げた紅に違いなかった。
琉紫葵の一撃を受け日景の刀が心臓に入り込む瞬間、彼女は霧影分身で擬態を残し、その命を取り留めたのだ。
「よく戻ったね。シュトルムたちは逝ったのか?」
紅が立っている向かいの椅子に座るのはシュトルムよりは少し若いだろう一人の男。
だぼっとした純白のローブを纏い、温和な表情で紅の答えを待つ。
「はい。銀誓館学園の能力者・・・あれほどの使い手たちだとは」
「データだけでは計算できないものもある。今回のことで君もいい勉強になったはずだ」
かけた眼鏡を僅かに動かし彼は紅に言った。
「・・・・・それだけですか。私は任務に失敗したのですよ」
任務の失敗は死を持って償う。それがこの組織のやり方だったはずだ。
少なくともほんの少し前、眼前の男が権力を握るまでは。
「失敗したら粛清を?馬鹿なことを言わないでよ。全てが計画通りいくことなんてありはしない。
処分が無いことに不満があるなら琉紫葵の討伐でもするかい?
目覚めた彼を相手に、君が勝てる可能性は皆無だろう。それでも行くと言うなら止めるつもりは無いが」
しかし、彼のやり方は違う。あからさまに不可能と思える任務に着手した場合、その任務中に死ぬのは勝手だが、生き残った報告後にその命を奪うことはしなくなった。
情報は力。今回は失敗であっても、次に続く情報があればミッションプランを再構築すればいいのだから。
しかし、去ろうというものは追わない。
紅ほどの能力者は組織の中に少ないが、代えになるものは他にもいる。
「一つお聞きしてよろしいでしょうか」
「ん?いいよ。答えられることなら答えてあげる」
「何処までが貴方の計算だったのでしょう」
男は口元に笑みを浮かべた。紅の問いがあまりに直球だったから。
「琉紫葵が君達を退けるまで、かな。だから私の中では君の任務は失敗じゃない」
あっさりと彼はシュトルムを含めたメンバー全員が捨て駒だったと言ってのけた。
彼の中でシュトルム達が倒されるだろう事は予測済みだったが、戻ってきたのが紅だけというのは計算外と
言えた。
それだけ琉紫葵を取り巻く環境が、彼を護り且つ彼自身も強くしているということだろう。
「私は期待しているんだよ。琉紫葵がどれほど強くなるのかをね。
そのためなら多少のリスクや犠牲も仕方ないと思っている」
彼はすっと瞳を閉じて右手を伸ばした。突き出された掌をゆっくりと握り締めていく。
虚空を握りつぶすように閉じられた掌から紅き血が一滴、また一滴と滴り落ちる。
「貴方がそこまで彼に目をかける理由はなんですか」
「質問は一つだったはずだよ。だからその問いには答えられないな。
で、本当にどうする。琉紫葵を討ちに行くかい?」
数秒の沈黙の後、紅は彼に小さく答え、その場を退席した。
「それもまた一つの道。いいだろう、紅。君には暫く私の直属として動いて貰おう」


夏休みもあと3日。
モデルの仕事を削れるだけ削って、慧奈との時間を増やそうとした琉紫葵の行動は、ものの見事に空回りをした。
夏の旅行から帰ってきた慧奈は、お盆に実家に帰ると言って帰省したきり鎌倉に全く戻ってこない。
メールを送ればちゃんと返ってくるので、特に身体を壊したというわけでは無いようだが、何時帰って来るかなどという質問ははぐらかされるのが常だ。
仕方が無いので、暇を持て余した琉紫葵は今日も友人を誘って、街でぶらぶらと遊び歩いている。
「それで琉紫葵。今日は何の用ですか?私だけではなく彰も呼び出すとは余程の事なんでしょう」
8月の終わりとはいえ、炎天下の日々は続いている。
にも拘らず、アルトラスカは相変わらず真っ白なフードを被り、その表情を隠していた。
「用?特に何も。ほら俺、今暇してるから」
ぱたぱたと手を団扇代わりに振りながら琉紫葵はアルトに答えた。
彼のフードの奥の瞳が一瞬で極寒の冷気を孕む。
「・・・・・・彰、帰りましょう」
アルトが暇かどうかと問われると暇な部類に入るかもしれない。
しかし同じ暇の潰し方なら、付き合っている彰との時間を増やしたいと思うのは当然で。
そこに琉紫葵と言う存在は邪魔者意外何者でもない。
「まぁまぁ、アルトも怒らないで。ルシちゃんも一人で寂しいんだよ。
慧ちゃん実家帰ったままで戻ってこないしさ」
自分の手を引いて琉紫葵と逆の方向に進もうとするアルトを、彰はニコニコと微笑みながらたしなめた。
なんのかんので彰の言葉に弱いアルトは溜息をつきつつ琉紫葵の顔をじっと見た。
「・・・・・段ボールの中の捨て猫みたいな目ですよ」
親友二人に構って貰えないと思った瞬間、琉紫葵の表情が曇っていたのは言うまでも無い。
それでも強がりだけは何とか言ってのけるが。
「捨て猫言うな」
「そうだよっ。ルシちゃんの目は捨て猫というより捨て犬の目だから」
よしよしと頭をなでる彰。
全くフォローになっていないが、琉紫葵にとってこのやり取りは自然な中学2年生のようで心地よい。
大阪の絵未留と一緒にいた時間さえ、今過ごしている時間に比べれば何らかの遠慮があった。
「でもホントにルシちゃん暇なんだね。一学期の後半あんなに忙しかったのに」
同じキャンパスで勉学に励む彰は琉紫葵の多忙さを一番良く理解していた。
授業を途中で抜けることは少なかったが、放課後になれば慌ててキャンパスを駆け出る姿を度々目撃している。
「時間、空けたんだよ」
ぶすっと頬を膨らませながら琉紫葵は街角で売られているアイスクリームを3つ購入し、アルトと彰に手渡した。
「わーい。アイスだ。暑かったから冷たいものが欲しかったんだ。アリガト、ルシちゃん」
受け取ると同時に彰は琉紫葵に抱きついた。
背筋が凍るような気がするのは手にしたアイスのせいでは無いだろう。
「彰、その抱き癖なんとかなりませんか?」
「全くだ。慣れているとはいえ、アルトに悪くて仕方が無い」
言ってしまって琉紫葵は激しく後悔した。口は災いの元、とはよく言ったものである。
「何ですと!?慣れているとはどういう事ですか。
琉紫葵、貴方今までにどれほど彰にハグされているんですか」
Tシャツの首元を握られがくがくと身体を揺すられる。はっきり言って気持ち悪い。
「・・・・・・菊智、何回ぐらいだ?」
炎天下の日の下で頭を揺さぶられるとまともな思考が出来なくなってくる。
考えても答えが出そうに無いので琉紫葵は問いを彰に振った。
「ん?そんなの覚えてないよ。ほーら、アルトも抱っこだからルシちゃんを睨まない」
天然の抱き魔。嬉しいことや楽しいことがあればすぐに抱きつく彼女の犠牲になったものは多い。
アルトと付き合いだしてその回数は減るかなと思ったが、結局なんら変わらない彼女がいる。
「琉紫葵、今日は彰に免じて見逃してあげますが、以後気をつけるように」
彰に後ろから抱っこされて落ち着きを取り戻したアルトは琉紫葵に注意する。
「俺なのか?俺がどう気をつけて菊智のハグを止めろとっ?」
「彰に落ち度はありませんから」
平然と言ってのけるアルト。落ち度が無いというのはどう考えても嘘である。
「貴方が抱きつかれるような言動をしなければ良いだけです」
が、行動を慎めと言うのは一理ある。
結局は彰に抱き付かれない様に気を配って生活しろと言いたいらしい。
「・・・・・アルト、それは不可能だ」
とはいえ、実生活で親友相手に気を使って過ごしたとしてどれほど楽しいと言うのだろうか。
馬鹿が出来て、向こうの馬鹿を真正面から受け止めて。
そんなやり取りが楽しいのだと、琉紫葵は思えるようになっていた。
「まぁ、彰と琉紫葵が抱き合っていても傍から見れば美少女二人のハグですからね」
ちらりとアルトが琉紫葵の上から下まで視線を走らせる。
今日も今日とて琉紫葵の姿はスレンダーな美少女風だった。
努力しても身体に筋肉が付かないし、髪の毛は切りたくないしで、最近は女性に見られるのも仕方ないかなと思えるようになり始めている。
「いや、その見解もどうかと思うぞ。菊智は美少年に見えないこともないし」
逆に彰の姿はちょっと可愛い美少年風だ。
こんな二人が街中でハグしていたとなると、年上彼女にショタ彼氏と思われるのがオチである。
「ルシちゃん、自分が美少女だっていうのは認めるんだね」
「認めねーよっ。俺は間違いなく正真正銘の男だ」
見られて女だと思われるのは仕方ないが、指摘されたら思いっきり否定する。
それくらいのプライドは琉紫葵にも残っていた。
「モデルのときは女装してるじゃありませんか。
未だにネット上でも貴方の性別について様々な憶測が書き込まれていますよ」
「仕方ないだろ。マネージメントしてるところがそういう風に売り出したんだから」
琉紫葵は小学生時代から女の子として幾つかの仕事を請けてきた。
一時は様々な事情で身を引いたが、活動再会に当たり同じ事務所を通したのが不味かったとしか言いようが無い。
尤も、仕事内容に関する拒否権は勿論在るのだが、琉紫葵はそれを使ったことは一度も無い。
「はぁ、たまにどうして貴方と気が合うんだろうと考えてしまいますよ」
「類は友を呼ぶって言うからだよ♪アルトもフード取ったらカッコいいし」
「あ、菊智はアルトのフード取ったときの顔を知ってるんだ」
友人関係を築いてから今までアルトは琉紫葵の前でフードを取ったことは一度も無い。
はっきり言って胡散臭さ満開。何度隙を見て剥がそうとしても彼のガードは鉄壁だった。
「うん。ボクはアルトの彼女だからねー」
「と、言うことですから琉紫葵、彰に必要以上に近づいたらダメですよ」
「・・・・・・ナチュラルな惚気、ご馳走様」
べったりな二人を見て琉紫葵は少し羨ましくなった。
自分と慧奈はどうなんだろう。自分からのアプローチはかなりしているつもりだが、慧奈にはっきり自分のことをどう思っているかと訊いた事は無かった。
「ところで、琉紫葵。さっきから街の様子が少し変なんですが気がついていますか?」
下を向いて考え出した琉紫葵を見て、アルトは歩みを止めて彼に尋ねた。
「街もそうだけど、ボクたちの後ろについてくる人たちも変だよね」
今までとなんら変わらない様子を装って、彰も琉紫葵に言う。
自分達の後方には6人ほどの男女がいる。
スーツ、Tシャツなど服装には共通点が無いが、その歩みは足を引きずるように遅く、瞳の色もくすんで見える。
「まさか貴方の追っかけとかじゃないでしょうね。
いいですか、琉紫葵。ファンとはちゃんと一線を引いたお付き合いをしないといけませんよ」
「追っかけのファンなんかとは付き合わないし。
でも、この状況はどう考えても固有結界に取り込まれてリビングデッドに追い回されてるから」
曲がり角からどんどん溢れるリビングデッドたち。その数は既に20を超えようとしている。
「街中でいきなりの強襲かぁ。人気モデルも困ったものだよねっ」
「状況をごっちゃにするなよ。とにかくゴーストをそのままには出来ないからな」
何もこのゴーストたちが琉紫葵のファンだと決まったわけじゃない。
もともと、ゴーストなんて存在は能力者の血を吸うことによってその力を急激に増すものだ。
人間はエサ。能力者は栄養価の高いエサ。ぐらいの認識しかないはずである。
「固有結界から出る条件も探さないといけませんからね。行きますよ、二人とも」
アルトの言葉に頷く彰と琉紫葵。
三人はそれぞれの武器を手に3方に分かれて戦闘を開始した。


アルトの槍が敵を貫き彰の日本刀が煌く。
襲い来る敵の数は多いが、やはり何の特殊能力も持たないリビングデッド。
日頃から訓練をした能力者達の敵ではない。
しかし、今日に限って琉紫葵の体捌きは完全なものではなかった。
十六夜を持つ腕に力が入らず、風の如く疾走するはずの足もまるで重りでも付けられたかのように緩慢な動きしか出来ない。
日々の訓練は滞りなく行っている。琉紫葵自身、この不調に対する原因に思い当たる節は無い。
自身の身体の不調と、彰たちの足を引っ張っている事実に琉紫葵は焦り、それが更に自分の動きを悪くする。
「琉紫葵、何を遊んでいるんですか」
後方に回り込んだリビングデッドが琉紫葵を力任せに殴ろうとした刹那、アルトが左手の槍を投げて敵の動きを牽制した。
「遊んでるわけじゃないっ」
気合と共に十六夜を横薙ぎに振るう。普段ならこの一撃でリビングデッドは上半身と下半身が二分されるはずなのだが、刃は敵の身体を半ばまで切り裂いてからその勢いを止めた。
「ルシちゃん、伏せて!!」
彰の叫び。琉紫葵は十六夜を手から離して叫びに従い身を伏せる。
彰から放たれた破魔矢がリビングデッドに突き刺さり爆散した。
とっさに琉紫葵が伏せていなければ彰と敵の射線上にあった琉紫葵が今の一撃を受けていただろう。
「慧奈さんに相手にされないからといってそこまで調子を落すのはどうかと思いますよ」
アルトの口から皮肉が漏れる。しかしそれも琉紫葵の調子を心配しての事。
銀誓館学園に入学した手の頃はアルトたちよりも総合的に弱かった琉紫葵は、夏休み前にはその順位を逆転させるまで強くなっていた。
自己鍛錬もさることながら、護りたいと思える存在が出来たことが一番の理由だろうとアルトは考えていた。
「ルシちゃんの不調はボクたちでフォローするから。がんばろっ」
彰は素直に励ますのみ。的確な判断で攻撃と回復を繰り返す。
アルトと彰の援護を受けながら、琉紫葵は身体の違和感を振り払うかのように我武者羅に剣を振るい続けた。
しかし、琉紫葵は知らない。不調の本当の理由を。
夏のあの日、琉紫葵の中に眠る存在が目を覚ましてから、琉紫葵の中で歪が出来ていた。
日々の生活には何の支障も無いこの歪は、能力者『月下咆哮』としての琉紫葵に多大な影響を与えている。
元来、琉紫葵の能力は闇の力を剣に宿し自在に扱う『魔剣士』と、重力を無視するかのような軽快な体捌きで敵を翻弄する『月のエアライダー』に分類されている。
だが、琉紫葵の中の動きの核となる『月のエアライダー』としての力が急激に衰えだしたのだ。
それ故、今まで通りの動きが出来ず全体的なバランスを欠いているのである。
ルシアは自ら眠りに付くことを選択した。それでも一度目覚めた反動は、確実に琉紫葵を蝕んでいる。

アルトと彰の善戦によってリビングデッドの数は時間を重ねるごとに少なくはなっていく。
程なくして、敵の数が半減し少し余裕が出てきたとき、彼らの前に更なる襲撃者が姿を見せた。
「ヒャッホーッ!!」
突如、頭上からの叫び声。天を見上げるより早く、3人は今立っている位置から反射的に飛びのいた。
次の瞬間、アスファルトに巨大な爪がめり込んだと思うと、その場を中心に爆発が起きる。
爆風に煽られながらも、琉紫葵たちはほぼ無傷。それぞれに受け身を取って立ち上がった。
「おいおい、かわすんじゃねーよ。折角一撃であの世に送ってやろうと思ったのに」
大きく地面に穿つ大穴の中から一人の男が姿を見せた。
上半身裸で下はビンテージ物と思われる薄汚れたジーンズ。
鍛え抜かれたものだと見て取れるその身体は、筋肉の鎧に覆われていた。
右腕には武者鎧を思わせる手甲と、その先についているのは鋭利な5本の巨大な爪。
これは土蜘蛛が好んで使う『赤手』という武器で、その威力は生半可な剣を遥かに上回る。
武器とそれを持つ男の脅威は感じられたが、それと同時に彼の格好ははっきり言って上半身裸の変態としか思えない。
「琉紫葵、知り合いですか?」
「いや、知り合いにこんな馬鹿はいない」
にべもなく完全否定。
友人は確実に選ぶ琉紫葵にとって、この手の馬鹿が心の中に入り込む隙は全く無いといっていい。
「ホント頭軽そうだよねー。でもその分」
「ええ、一撃の重さは厄介ですね。まともに受けたら武器ごと粉みじんにされかねません」
その場からの退避が遅れていたなら一体どれほどの被害が出ただろう。
地面のクレーターを見ながらアルトの額に冷や汗が流れて落ちる。
「アルト、菊智。リビングデッドのほうを頼む。俺はこいつの相手をする」
一歩前に踏み出して、琉紫葵は十六夜を構えた。
「ルシちゃん調子悪そうだけど一人で大丈夫?」
「そう思うんだったらそこの死体の山を片付けてさっさとフォローに来てくれ」
この三人の中で脳みそまで筋肉と思われる敵と渡り合うのが得意なのは琉紫葵だ。
たとえ不調とはいえ、一対一なら倒されずに立っていることは出来る自信がある。
それに今の自分の状態は多数を相手にするほうが厄介だと判断した。
「これは数の暴力ですね。確かに二人でかからないと痛い目にあう」
半数とはいえ残りのリビングデッドの数は10体ほど。
二人で戦うにしてもやり方を少し誤れば大きな怪我を招くだろう。
琉紫葵たちはこくりと頷きあって自分達の受け持ちを睨みつけた。
「おいおい、俺を相手に一人かよ」
男は前に立つ琉紫葵を舐めるように身ながら不満を漏らした。
しかし、それも一言だけ。
「ま、琉紫葵は本命だからいっか。
そこの奴らはこいつを血祭りに上げてからゆっくり潰してやりゃいいし」
舌なめずりをしながらその腕に付けられた巨大な爪を琉紫葵に向ける。
「本命?・・・やはり俺が目的」
自分が本命だと思い当たる節はある。
命を狙われるのは両親と妹を失ってから一度や二度ではない。
それに琉紫葵にとっても敵の襲撃は願ったりのことだ。
自分の仇の来訪者を倒すことによって、彼らの情報を少しでも引き出すことが出来るのだから。
「お前、シュトルムを倒したんだろ?ならお前を倒せば組織の中で俺はもっと上に立てるんだよ」
にやりと笑う来訪者。頭の加減はともかくとして、その身体から噴出す闘気はかなりのもの。
普段の琉紫葵が相対したとしても、無事に済むとは思えないレベルだった。
「・・・・お前の言っている事は分からないが、降りかかる火の粉は払う」
夏の日の記憶の欠如。それは眠りに付いたルシアが半身にとって不自然だと思われない程度の情報操作の上で成り立たせている。
故に今の琉紫葵はシュトルムを倒したことはおろか、宿敵の名前すら覚えていない。
それでも敵と自分の目的は明確だ。
男は琉紫葵を倒したいし、琉紫葵は男を倒して情報を得たい。
ならば経緯はどうあれ血みどろの戦闘が始まるのは必然だった。
「煉獄の闘鬼『ディスト』いくぜぇぇぇっ」
「月下咆哮『緋神琉紫葵』推して参る」


戦闘は始終ディストの優位で進められた。
琉紫葵の動きが悪いだけではない。戦闘前の分析通り、ディストの力量が琉紫葵を完全に上回っていたのだ。
ディストの得意とするのは格闘戦。しかもその巨体に似合わず、俊敏な動きをしている。
蹴りや肘打ちなどを巧みに使い、要所要所で威力の高い赤手での攻撃を繰り出す戦いは、体格に劣る琉紫葵に苦戦を強いる。
「おらおらおらおらおらおらおらぁぁぁぁっ!!」
左手のみで打ち出される高速の拳。それは琉紫葵との距離を正確に測るジャブ的なものだが、敵の意図を理解していても今の琉紫葵にはそれを防ぐ手立ては無い。
かわそうと後ろに引けば引くほど琉紫葵の身体はビルの壁に追い詰められていく。
そして自分の適正距離を測り終えたディストの一撃。
炎を纏った巨大な爪が琉紫葵の身体を捉えて弾き飛ばす。
幾度となくそれを繰り返すうちに琉紫葵の身体は自分の意思で立ち上がることが出来ないほどに消耗しきっていた。
「おーい。それで終わりかよ。お前、マジでシュトルムを倒した緋神琉紫葵か?」
倒れ伏す琉紫葵の頭を踏みつけて男は唾を吐きかけた。
顔にかかったそれを拭う力もなく、琉紫葵はただ男を睨む事しか出来ない。
このままではただ無駄に死ぬだけ。それだけはしたくなかった琉紫葵は切り札の言霊を紡ぎ出す。
「我は嵐なり。我が一撃は風の暴君。我が一撃は無敵なり」
一言ひと言ゆっくりと。何時ものように魔力を集めて言霊を紡ぐ。
しかし傷を強制的に癒し、風を纏って神速の攻撃に打って出るだけの威力を秘めたその業は琉紫葵の思い通りに発動しなかった。
神速何処かかすり傷一つ治癒しない。
予想外の出来事に琉紫葵の意識は真っ白になった。
毛嫌いをしていた異能の力。しかし、その異能ゆえ琉紫葵は今日のこの日まで戦い抜いてこられたのだ。
否定したくても付いてまわったこの力が、肯定せざるを得ないときに限って発揮されない。
自分はただの人間に成り果てたと言うのか。
「おい、お前やる気あんのか?ま、いいや。弱いお前に使う時間が勿体ねぇ。
さっさと死ねや」
男が赤手を振りかぶる。切っ先を下ろせば琉紫葵の胴は真っ二つに裂かれるだろう。
死にたくないと、まだ死ねないと思いながら、しかし琉紫葵には打てる手が全くなかった。
「・・・慧奈さん」
折れそうになる心は暫く逢っていない最愛の人間を求めた。
嫌らしく笑みを浮かべながら爪を振り下ろすディスト。
しかしその爪先は琉紫葵の首に傷一つ付ける事が無かった。
ディストの攻撃の軌跡を阻むように飛来した鉄の塊。
それは来訪者の胴を両断せんとする巨大な白銀の刃だった。
人の身長より尚高い刀身を持ち、戦国時代に戦馬を両断するために作られた両手剣。
その名の通り斬馬刀と呼ばれる剣はよほど力の強い剣士にしか扱えぬ代物だ。
ディストはその刃を大きく横に跳んでかわすと、投げてよこした存在の位置を探した。
「蛮人が人の彼氏に手を出さないで」
凛とした声が結界内に響く。その声の持ち主は巫女服に身を包み、刀を投擲した慧奈だった。
「んぁ、女か?身体に似合わず物騒な得物持ってんじゃねぇか」
斬馬刀は超重武器に分類され、重く使い勝手が悪い。
女の細腕で簡単に振り回せるものではないはずなのだが。
「ほら琉紫葵。何時までも寝ていないで」
慧奈は琉紫葵に駆け寄りながら地面に刺さった斬馬刀をいともあっさり抜いてのけた。
「ねぇ、あれ慧ちゃん?」
「これまた大きなイメージチェンジですね」
リビングデッドを相手に奮戦中の彰とアルトも、突然の慧奈の出現に目を奪われそうになる。
「慧奈さん、その剣は?」
大きく肩で息をしながら、それでも琉紫葵は立ち上がった。
慧奈と逢えたことの喜びもあったが、それ以上に慧奈の変化に意識がいく。
「話は後。今はこいつを退ける。琉紫葵、まだ戦える?」
慧奈の言葉に何時ものやんわりとした口調は無かった。
あるのは敵に対する怒りと剣を持つという決意。
琉紫葵はそれを汲み取りこれ以上何も聞かず無言で頷いた。
力は戻っていない。しかし慧奈だけにここを任せるつもりは無い。
「なら二人で行くよ」
慧奈と琉紫葵が同時に動く。
今までは慧奈のハンドガンの援護を受けながら琉紫葵が切り込み、敵を倒すのが二人のバトルスタイル。
後衛にいることによって慧奈の身の安全は高確率で保障されてきた。
しかし今日からは違う。琉紫葵と共に来訪者に詰め寄った慧奈は小細工無しの斬戟を見舞う。
琉紫葵は高機動とは言えないまでも、今ある力を総動員して刀を振るった。
「こいつ、今までと動きが変わりやがった。ちょこまかとウザッテェ」
慧奈と共に。そして慧奈を護ると言う琉紫葵の意思は意外なほど彼の動きをよくしていた。
ディストの顔に焦りが見える。如何に鍛え抜かれた肉体とはいえ、斬馬刀の一撃は防げないし、直撃をすれば一発で致命傷になりかねない。
それを考え、慧奈の攻撃をデスサイズで防ごうとすると死角に回り込んだ琉紫葵の攻撃に対応できない。
「これはちょっと本気を出さなきゃやべぇな」
唾を吐き捨てながら男は琉紫葵たちと距離を取り右手に力を込めた。
爆炎が噴出し赤手が今までに無いほどの紅き炎に包まれる。
彼が有する地面にクレーターを作ったほどの最大級の業。
「纏めてとはいわねぇ。どっちでも良いから消えうせな!!」
裂帛の踏み込み。横薙ぎに振るわれた赤手は琉紫葵と慧奈に襲い掛かる。
この攻撃なら充分かわせる。
そう思い琉紫葵が回避行動を取るより早く、慧奈がその刃の前に立ち斬馬刀を構えて防御する。
しかし攻撃の勢いは止まらない。身体に刃が食い込むことこそ無かったが、爆炎は慧奈の全身を包み込み激しく燃え盛った。
「慧奈さん!!」
絶叫。琉紫葵には慧奈の取った行動の意図が理解できなかった。
慧奈ほどの体術を持つ能力者ならば先の一撃は防がずとも回避できたはず。
しかし、慧奈はあえてその攻撃を受けることを選んだ。
そう、敵の次の行動を見越した上で。
僅かに遅い敵の動き。それは二人の回避行動を誘うためのもの。
もし二人が同時に回避行動を取っていれば、来訪者は矢継ぎ早に更なる一撃を見舞うはずだった。
今までの琉紫葵ならその連続攻撃にさえ対応しきれたかもしれない。
しかし、今の琉紫葵の運動能力でそれを回避できるかと言えば否である。
回避行動後の無防備な身体に渾身の一撃を受けて華奢な琉紫葵が耐えられるはずも無い。
ならば慧奈の取れる行動は一つ。連撃になる前に敵の攻撃を止めてしまえばいい。
今まで琉紫葵が慧奈に行ってきたようにその身体をもってして。
何故?と自問する琉紫葵。
その脳裏にどこかで聞いたような声が聞こえた。
『慧奈はお前の横で戦う為に剣を取った』
琉紫葵の視界の中で、炎に曝されながら、それでも慧奈は倒れない。
斬馬刀を頭上で旋回させ、身体を包む魔炎を振り払う。
『お前の想いは何処にある?お前の戦う理由は何処にある?お前の力は何処にある?』
意識が遠のく。突然真っ暗になった世界の中で、琉紫葵はその背に凭れ掛かる人の気配を感じた。
振り返ることは出来なかった。
しかし、その重みは決して嫌な感じではなく、琉紫葵を暖かく包み込むような安堵感さえ与えてくる。
「俺の想いは・・・戦う理由は」
自然と言葉が口から漏れる。
問いに答えなければいけない。それは自分の義務であると琉紫葵は本能的に悟っていた。
彼は聞きたいのだろう。琉紫葵の心の内を。
いや、本当は知っているはずだ。何故なら彼はもう一人の『琉紫葵』なのだから。
だが、琉紫葵の口からはっきりとした言葉として受け止めたいのだ。
自分の代わりに生み出され、今まで生きてきた人格の意志。
自分と自分達が愛する人の命を預けられる存在の意志の強さを。
「俺は慧奈さんと生きていく。どんな困難があろうと、俺は自分の力で自分の道を切り開く」
かつて慧奈の盾となり戦うと誓った告白の日。誓い通り琉紫葵は慧奈の盾となり今まで戦ってきた。
しかし今日は慧奈が琉紫葵の横で戦うとその意思を見せた。
失われた力がどれほどのものであれ、琉紫葵は慧奈の横で立ち続けなければならない。
たとえ自分の能力が半減していたとしても。そう、それが琉紫葵の誓い。
『答えが出ているならばそれでいい』
とん。と琉紫葵は背中を押された。
身体に力が漲る。今まで無い以上の力の奔流を琉紫葵は感じ取っていた。
『お前の力は無くなったわけではない。今は新たな力に組み変わる真っ最中なだけだ。
お前は既に知っているはずだ。その力の引き出し方を』
「力・・・俺の新しい・・・・」
『月下ではなくお前の、否、オレ達の本当の力。黒翼を』

「女が火達磨になってそんなにショックか?動きが止まってるぜ」
戦いの最中と言うのに完全に動きを止めた琉紫葵。それを好機と見たディストは琉紫葵の命を狩るべく赤手を振り下ろす。
「遅い。それに動きが乱雑すぎる」
刹那、琉紫葵の十六夜が漆黒のオーラに包み込まれ、その刀身は炎を巻き上げる地獄の爪をあっさりと受け止めた。
琉紫葵は自らの力の解放に驚くことも無く、隙が出来た男の胸板を渾身の力で蹴り飛ばす。
黒いオーラは琉紫葵の足にも纏われた。その威力は今まで琉紫葵が言霊によって解放していた限界以上の能力と同等。
来訪者の身体は吹き飛ばされ近くのガードレールにぶつかってようやく止まった。
「何だ・・・・この化け物じみた力は」
胸の鍛え抜かれた筋肉には、くっきりと琉紫葵の脚の形が凹んで残っている。
琉紫葵は油断無く十六夜を構え来訪者の出方を窺いながら、慧奈にゆっくりと近付いた。
「琉紫葵・・・その瞳」
琉紫葵の顔を見て慧奈は一瞬押し黙った。
瞳の色が金色に染まっている。
それは慧奈が知る限り、琉紫葵の中に眠ったはずのルシアが目覚めたことの証のはずだ。
「瞳?何か変かな・・・。それより俺なんて庇うから」
しかし、琉紫葵の返答は慧奈がよく知る口調と顔つきだった。
琉紫葵は自分の瞳が今、金に染まっていることに全く気が付いていないようだ。
「・・・・琉紫葵なの」
「俺は俺だよ。使える力が変わっても、俺が俺である限り、慧奈さんと何処までも戦い抜いてみせる」
何故かは分からない。しかし、琉紫葵は知っている。新たに芽生えた能力の全てを。
その力は琉紫葵が嫌っていた、ただ破壊するだけの力ではない。
大切なものを護る為の力も備えていると言うことを。
琉紫葵は慧奈に手をかざす。何処からとも無く生まれ出る漆黒の羽根。
それは慧奈の傷に触れると綿雪のように消え、彼女の傷を癒してゆく。
「おいお前、オレのことを無視してんじゃねェ」
来訪者は吼えながらアスファルトを蹴った。繰り出される攻撃は先程慧奈が身を挺して琉紫葵を護ったものと同等。
「無視なんてしていない。今からゆっくり相手になる」
慧奈を庇うようにでは無く、敢えて彼女の横に立ち、琉紫葵は自分の力を限界まで解放した。
身体から噴出したオーラは彼の背中に大きな一対の黒翼を形成する。
それは堕ちたる天使の証。来訪者達が求めた覚醒した琉紫葵の力そのものだ。
「黒い翼・・・・なるほどなぁ。それがお前の本当の力か。面白くなってきやがったぜ」
重戦車のような突進。慧奈は斬馬刀の重量を生かしその勢いを止めたが、琉紫葵の持つ日本刀ではまともに受け止めることは出来まい。
「お前が面白くなんて無い」
「さっきも琉紫葵が言った。動きが乱雑だと」
赤手の攻撃力は高いが、その扱いは至って単純だ。近接戦闘中ならともかく、離れた位置から突進しての攻撃だとほぼ間違いなく振り下ろし。
琉紫葵を庇う必要が無くなった慧奈は勿論、今の琉紫葵にそんな攻撃が通用するはずも無い。
二人は全く同時に左右に跳んで攻撃を回避。
矢継ぎ早に繰り出される二度目の斬撃は傷が完治していない慧奈に向けられたものだったが、それより早く琉紫葵が攻撃を繰り出した。
「我が羽根は全てを喰らう漆黒の顎」
背中の黒翼がはためき無数の羽根が来訪者の背中に突き刺さる。
慧奈の傷を癒した黒翼が今度は琉紫葵の意思に感応して、敵の血肉を貪ろうと蠢いた。
背後からまさかの強襲を受け、来訪者の突進が僅かに鈍る。
「何だ、この羽根は!?レティの攻撃と・・・・」
羽根はディストの筋肉を腐食させながら弾け飛ぶ。
「戦闘中考え事なんて余裕あるのね」
かつて仲間だった純白の翼を持つ女性の攻撃手段を思い出しかけた来訪者は、突然目の前からかけられた慧奈の声で我に返った。
慧奈はディストの一撃目を回避の後、すぐさま自分も攻撃の為に敵に向かって地面を蹴っていたのだ。
交錯しながら振り下ろされる斬馬刀と赤手。
数メートル離れアスファルトに片膝立ちになった慧奈の長い髪が数本宙に舞う。
そして絶対の自信を誇っていた肉の鎧には大きな爪痕。
「ばかなっ・・・・この・・・オレが・・・」 
自分の胸元を見、ディストはそう呟くしかなかった。
強さには絶対の自信があった。戦闘能力だけで言うならば彼はシュトルムの上を行くかもしれない。
だがそれだけだ。シュトルムと死闘を演じた慧奈には分かる。
この男にはシュトルムほどの気概も狂気もないのだ。
そんなうわべだけの強さで自分達の絆を切られるはずが無い。
「やった・・・・」
地面に倒れた来訪者を一瞥し、琉紫葵はただひと言だけ呟くので精一杯だった。
身体を襲う倦怠感。しかし言霊使用時のように立っていられない程ではない。
琉紫葵はよろよろとディストに歩み寄った。
ディストの胸が僅かに上下しているのが見えるところ、まだ彼の命は尽きてはいまい。
自分を狙う来訪者の情報を得る。それは琉紫葵の私怨を晴らすための貴重な機会だった。
重傷を負ったディストを拘束し、話を聞くために傷を治そうとしたその矢先。
空を煌く不可視の刃がディストの首を胴から落す。
「これは・・・鋼線」
鮮血の雨が空間に張り巡らされた糸の結界をあらわにする。
通常時、極めて目視が困難なそれは、紛れも無く慧奈が知る来訪者の特技だった。
「見えているにせよ不用意に動けば全身傷だらけになります」
立ち並ぶビルの上。降り注いだ言葉はやはり紅のもの。
「だからってお前を逃がすとでも思っているのか!」
琉紫葵の心に湧き上がった感情はとめどない怒り。
それはルシアが表面上消したにせよ、琉紫葵の根底に残った僅かな記憶。
この来訪者は美歌の命を奪ったという。
身体を纏うオーラに殺意が増す。
「駄目、琉紫葵!!」
慧奈の制止の声も届かない。琉紫葵は自分の身体が切り裂かれるのを覚悟の上でその翼をはためかせた。
傷つくのは覚悟の上。想定の痛みなら力を取り戻した琉紫葵には耐えられないこともない。
全身に深々と裂傷を作り、それでも琉紫葵はビルの上に降り立った。
「今度はどうやら完全覚醒と言うところですね。ディストを焚き付け貴方を襲わせて良かった」
対する紅はこれも計算の内とばかり平然と立つ。
紅の目的は一時的に目覚めたにせよ再度眠りに付いた堕天の再覚醒。
そのために払う犠牲などさして痛くはない。それが紅の上司の意思であり、また紅の意思だった。
「初めて会うよな?でも、どうしてだろう。お前を見てると・・・・殺したくなる」
流れる血を右指で掬い頬に一閃。それは『相対す敵を殲滅する』と言う意味を持つ血化粧。
「殺したくなるという所は私も同意見です。ですが今日は貴方の相手をする為に来た訳ではありません」
目的は果たしたとばかり、紅は無謀にも踵を返した。無防備な背中が琉紫葵の前に晒される。
「貴様っ!!」
「私の相手をしている暇はありませんよ。下を御覧なさい」
殺したいとはいえ、後ろから切り倒そうなどとは全く考えていなかった琉紫葵に、紅は下を見るよう促した。
紅の動きに細心の注意を払いつつ、僅かに視線を眼下に向ける。
そこには新たに現れたゴーストの大群を相手にする3人の仲間の姿があった。
「助けに行かなくていいのですか?
それとも貴方は自分の復讐の為なら仲間や愛する人を見殺しに出来ると?
それならばいいでしょう。貴方は人より私たちに組する存在だと自らの行動によって証明してくれるのですから」
紅は言いながら一歩ずつ遠ざかる。
それは琉紫葵が慧奈たちを助けに行くと踏んでの行動。
殺したい程憎い敵が目の前にいる。
戦いを仕掛ければ倒せない敵ではないだろう。
ディストを捨て駒にする程の来訪者なら、琉紫葵が求めるかなりの情報を持っていることも間違いない。
倒しておくべきだ。と数秒悩んで琉紫葵は判断を下した。
ゴースト達の数は多いが慧奈や彰、アルトの強さは琉紫葵がよく知っている。
十六夜を手にビルの屋上を駆け抜ける・・・・つもりだった。
『琉紫葵、今は慧奈たちの安全を確保しろ』
頭に声が響くと同時に足が全く動かなくなる。
『自分のやりたいと思うことと負の感情を混ぜるな。
今、真にお前の求めるものは来訪者の殲滅か?』
それは圧倒的な威圧感。極寒を孕むプレッシャーは怒りに滾る琉紫葵の頭を冷やすには充分なものだった。
「俺の・・・求めるもの」
慧奈の横でいること。彼女を護る盾となり、彼女に仇為すものを倒すための剣となる。
そう改めて誓いを立てたのは数分前。
自己満足のためにその誓いを破るなと自分の中の何かが告げている。
「お前、次は・・・無い」
血が滲むほど唇をかみ締め琉紫葵は紅に吐き捨てビルの屋上から飛び降りる。
「次が無いのは・・・・果たしてどちらでしょうか?」
口元に笑みを浮かべ、彼女は自分が生み出した霧の中へと姿を消した。


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