イヴイヴの友情浴とイヴの音楽浴
友情も音楽も目には見えない。目には見えないけれど、温かさを感じる。温かさを心身に浴びた幸せな週末だった。今年のイヴイヴ(と言ったら、死語だよ、と笑われたけど)は友情浴な一日だった。魚さばき師匠のO君がプロデュースする築地バーベキュー。今回のテーマは宮城県。牡蠣を中心に、宮城に住む友人Tの協力もあり、豪華なランチだった。夕方は渋谷の新婚夫婦のT亭。ゲーム宴のコンセプト通り、カターンやモノポリーに白熱した。胃袋は新婦の温かい料理が優しく満たしてくれた。いつもの仲間にあえて幸せすぎだ。夜は横浜でクリスマスパーティー。ホストのSは何ヶ月も前から料理の構想を練ってくれていたらしく、どの料理も舌を踊らせながらいただいた。密談部屋で初対面メンバーと語らう。サイレインナイトに夜は更けた。「友達と希望があれば人生は何とかなるぜ」と先日飲みながら仲間と語ったけれど、改めて実感した。大事な友達と過ごす時間はプライスレス。24時間じゃ足りない。マジ足りない。イヴは、高輪プリンスホテルで行われた、ファミローザのディナーショーで音楽浴の中に浸っていた。ファミローザは母と娘三人から成るカルテットのアーティスト。三女のfumikoさんと僕とは夏以来のお友達。僕が二年連続で会社の夏祭りの実行委員長を任され、コンセプトを「LOHASな夏の夜」にしたとき、メインイベントをfumikoさんが受けてくれた。素晴らしいヴァイオリンコンサートに社員は酔いしれた。彼女のお父さんは15年前に太平洋沖に消えた風船おじさんだ。彼女のお母さんの書いた「風船おじさんの調律」という1冊の本を読んみ、僕はfumikoさんのお母さんが広める”音楽浴”という言葉に惹かれたし、風船おじさんを他人事とは思えなくなった。今夜のディナーショーが終わり、帰り際にfumikoさんのお母さんと話すと、「あなたの書いてくれた書評を、いまも大切に取っているわ。本当にありがとう」と言っていただいた僕は書評にこう書いた。 「風船おじさんの調律」「行けるところまで、行こう」が、口ぐせの風船おじさん。1992年11月23日、環境汚染されている“鳴き砂”保護を訴えるために風船旅行でアメリカへと旅立った。当時僕はまだ15歳で、その報道を見たとき、特に興味も関心も寄せずに聞き流していたように思う。本書は、”夢”と”信念”を貫くことに賭けた、強くて優しい風船おじさんの真実が描かれた物語。1ばん近くで見守っていた風船おじさんの奥様(fumikoさんのお母様)である著者が、自らに翼をつけて執筆した渾身の一冊。読みどころはいくつかあるけれど、「混乱しているとき、悲しいとき、たったひとつの救済は・・・」。僕はこの1文を読むだけでも本書を手元に持つ意味があるように思う。15年が経ち、この本を読むうちに、僕には風船おじさんが他人のようには思えなくなった。 サマーフェスタ2006実行委員長 ボブボブボブ目に見えない大切なものに触れられるイヴイヴとイヴがだいすきだ。来年のイヴイヴとイヴが、今から楽しみだ。