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カテゴリ:硬派
「蛇にピアス」を読んだ。
チョット前に芥川賞を綿矢りささんと、ダブルで取って話題になった。 文芸春秋が売り切れになっているのを、僕は初めて見た。 僕も買ったのだが、読む前に紛失してしまった。 と、いうことで、改めて文庫本を購入して、読んだ。 しょーもなーと思っていたら、結末近くが鮮やかで面白かった。 ピアスとかの題材が世間では話題になったよね。 過激だとかって。 僕も、きっと、清純そうな女の子が電車で読んでたら、ちょっとびっくりするかもしれないな。 うむ、逆に結構、魅力的かもしれない。 長澤まさみさんが読書を「マルキド・サド」っていうような、ものか。 …ちょっと、違うな。 っていうか、ありえない。 ただ、言われているほど、過激ではなかった、と僕は思う。 (「YES・YES・YES」のほうが、よーっぽど描写は過激。また、精神的には川端康成の「みずうみ」のほうがやばい) 途中までは、ありきたりの青春小説にありそうだなって我慢しながら読んだ。 冷めて、どこか自分も突き放した。クールな描写は上手いことは上手いけど、デビュー当時の村上龍ほど澄んではいないし、山田詠美さんのように独特のべっとり感もなかった。 ストーリーテリングも、ワクワクドキドキってことでもない。 一つのネタと、日常をひっぱるなあって感じがした。 そのネタにしても、つねに出てくるわけではない。 悪く言うと、素人くせえなぁ、題材だけで賞をとったんじゃねえの、すばる文学賞っぽくはないけどねぇ、って思っていた。 そりゃまあ、はじめの作品で登場人物を主人公のルイ、同棲相手のアマ、彫り師を兼ねるアングラのサドのシバさんの三人だけに絞って、丁寧には書いていた。 (なお、僕が一番すばる文学賞っぽいと思うのは、「天使の卵(エンジェルス・エッグ)」です。 あらゆる意味で…) だけど、ラストの十五頁ほどはそれまでの素人くささがすっぱりとなくなる。 なにより、どこかで全部を突き放して見ていたはずの、ルイのクールさがほろほろほどけていってるのが、僕には伝わってきたように、思うんだ。 それまで、自分でも把握できない感情を抱えていた主人公のルイが、感情を把握して爆発させ、そして、感情をなくしてしまう。 しかも、その隣には狂気の人物が優しい表情をして存在していたり、するのかもしれない。 そこで、彼女は当然のように、体の改造を完了する。 誰も、改造したカラダを共有する人物がいないまま。 刺青を通して、自分の入れ物に「大丈夫な」命を注ぎ込むように。 なにより、僕がズッキーんってきたのは、当たり前の会話だからこそ、すごく緊張しているのだ。 彼女は大きなものを失った。 失ってからその大きなモノのことを何も知らないって、悲しいよね。 そして、きっと、彼女はまた、何かを失って一人になるんだろうなって不安と、でも、きっとルイさんは一人でも生きていけるんだって希望がごっちゃになってるように思った。 最後にこんなツボを持ってくるのはスゴイと思う。 きっと、清純な女の子が魅かれるのは、本音の部分での不安と希望が一緒の場所にあることがちゃんとかかれてあるからじゃいなかな。 だから、芥川賞を受賞したのは、作品の刺激だけじゃないんじゃないかな。 村上龍と、山田詠美が絶賛したのは作品が似てるからかもしれない。 でも、宮本輝さんが気になったというのは、きっとラストのおかげなんだろうなって、気がする。 つまり、描写で小説の流れをコントロールする作者の能力と、その可能性に与えられたのではないかと思う。 実際に、僕が最近読んだ短編の「デリラ」はもう一つ面白し、こちらのほうが描写がシャープだったし、ラストも鮮やかだった。 要は上手くなっている。 うん。 僕がいうのも生意気だけど、金原ひとみさんはオリジナルな小説を今後も書き続けるのではないだろうか。 きっと、ストーリーテリングというより、描写のメリハリができる作家さんだから、短編とかめっちゃ上手くかけるんじゃないかな。 短編集、出ないかな、早く。 ただ、描写がうますぎる作家は、モチーフが枯れてきたときに、自己模倣に走る傾向がある。 って、俺が気にする問題でもないけれども。 ※もっと、「なんだかなー」なら『目次・◎ものがたり(映画、音楽、文学、本)』まで お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年11月28日 18時30分57秒
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