1988180 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

おじん0523のヒロ散歩

おじん0523のヒロ散歩

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

オジン0523

オジン0523

楽天カード

カレンダー

お気に入りブログ

御用邸のある町・三… New! jinsan0716さん

コメント新着

フリーページ

ニューストピックス

2019.10.20
XML
カテゴリ:東海道53次
今日も昨日に引き続いて二川宿から御油宿を目指す。
なお、今日が延べ21回目の弥次喜多道中である。
明治天皇は明治元年(1868)9月20日に、岩倉具視らを従え、東京へ行幸のため京都を
出発して、10月13日に東京に到着した。所要日数は23日であったと。

9/26(木) 6:27
ホテルで朝食
本来は6:30であったが早めにオープンしてくれた


6:37
早々に朝食を終え、前日乗り遅れた6:48に乗るべく豊橋駅へ急ぐ。
昨日 33,000歩歩き今日の体調が心配であったが


JR豊橋駅


二階へのエスカレーター前に「きつね?」





近距離きっぷ運賃表
二川駅まで一駅で 200円


6:55
上り興津行きの電車に乗車、豊橋から一駅のJR二川駅へ到着


二川駅の東京方面、隣接して走る東海道新幹線


6:58
JR二川駅前に降り立つ。
服装は昨日と同じショートパンツ、上着は一枚であったが、朝はひんやりして気持ち
が良かった。
旧東海道(県道404号線)は、二川駅前交差点を左折して吉田宿へ向かう


7:04
旧東海道(県道404号線)と県道3号線が交差する「火打坂交差点」
旧東海道は右のバスの方向だが「岩屋観音」へ立ち寄るので左方向へ進む


立岩街道沿いの「ヤマナカ二川店」
所在地:愛知県豊橋市大岩町久保田9-1
食品、衣料品、日用品、薬品、¥100ショップから軽食までそろっている。
このようなモールが郊外にあるとますます街道の店はさびれる


立岩街道


7:10
立岩街道から東海道岩屋山古道の緩い坂道へ
この辺りは「岩屋緑地休憩所」
所在地:愛知県豊橋市大岩町火打坂


東海道岩屋山古道の緩い坂道で岩屋観音へ向かう
桜並木で、早朝からの散歩をする人とすれ違う


右に岩屋観音の石柱、山の上に展望台(岩屋山)があり散歩コースになっている


岩屋山の展望台
写真はネットから引用


7:12
緩い坂道の右側に「玉糸の元祖 小渕志ち 銅像」


小渕志ち(1847~1929)の銅像
群馬県で糸繰り技術を身に着けた小渕志ちが、たまたま豊橋二川町に宿泊した折り、
この地の人々に製糸の技術を教え、そのまま住みつき明治18年(1885)製糸工場を
起こした。その後、玉糸製糸の技術を工夫し、明治25年(1892)から製糸専業の「糸
徳製糸工場」へと転換した。これが機となって、この地方が製糸地帯として大きな
発展をみることとなった。明治21年(1888)には大林宇吉が志ちの工場で玉糸繰糸の
伝習を受けた工女6名を雇って座繰玉糸の工場を起こし、明治34年(1901)には、大
林宇吉等の尽力により、三遠玉糸製造同業組合(現三州玉糸共同組合)が設立された


7:15
岩屋観音下の駐車場


行基菩薩開創 岩屋観音
所在地:愛知県豊橋市大岩町火打坂


境内に咲くハギの花


岩屋観音は伝承によると天平2年(730)行基が1尺2寸の千手観音を刻んで岩穴に安置
したのが始まり。その後堂内に祀られた。現在の岩屋観音堂は文政8年(1825)の再建。
観音堂脇の岩山頂上に聖観音像がある。
宝暦4年(1754)幕府から、吉田大橋の架け替え工事を請け負った江戸下谷の大工茂平
と善右衛門があまりの難工事に困り果て、7日間この岩屋観音堂に参籠し架橋成就を
祈願した。橋は無事完成したので、下谷講中が明和2年(1765)山頂に建立した。
像は大戦で供出されたが、当時の台座に昭和25年(1950)観音像を再建した


鯖弘法大師と右に弘法堂


弘法堂





鐘 楼


観音堂脇の岩山頂上に聖観音像


聖観音像
大戦で供出されたが昭和25年(1950)に再建された。
東海道線、東海道新幹線の車窓から山の上に見えると


境内に鎮座する石仏





岩屋観音堂と右に岩屋


岩屋観音堂


堂の天井





岩屋観音堂
江戸時代には、街道を行き交う人々から多くの信仰を集め、ことに備前岡山藩主池田
綱政はこの観音を崇敬し、元禄から宝永(1688~1710)にかけて、観音経・黄金燈籠
・絵馬などを寄進しました。山上に立つ聖観音像は、・・・・・・・・・


岩 屋


岩屋観音堂から南方面。
当堂を詠んだ和歌、俳句は多く、香川景樹、古市木朶等の歌俳は有名であり、また
歌川広重の東海道写生画の中に、当山を描いたものが数点あります。当堂は古来よ
り真言宗の寺院でありましたが、明治維新後は大岩寺の境外仏堂となっています


とよはしの巨木・名木100選「岩屋堂のスギ」


幹周:403cm、高さ:24.1m、枝張り:15.5m×10.8m、推定樹齢:300年以上 


弘法堂・鐘楼


鯖弘法大師


鯖大師(八坂八浜)
遍路の始まりに海辺を巡ることだったといいます。波打ち際を歩くのですが、波が
よせて通れない場所は、山越えの道を行きます。急坂をよじ登りまた下りて浜辺を
歩いた。それが八坂八浜というところです。
鯖大師に向かう道で、お大師さんが馬の背に乗せた塩鯖を運ぶ馬方に鯖を一つくれ
ないかと頼みました。馬方はことわってさっさと行ってしまいます。ところが馬引
きが坂まで来た所で、馬が腹痛を起こして歩かなくなってしまいます。
弱り果てた馬方がお大師さんに薬をくれと頼みました。お大師さんのお加持の奇蹟
で馬に飲ませたところたちまちなおってしまいました


7:26
岩屋観音堂への石段の下から聖観音像


7:30
国道一号線を歩き吉田宿へ向かう。
しばらく名勝地がないのでひたすら歩くことに



                          二川宿から御油宿-続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019.10.20 13:15:20
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.