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JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.02.21
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カテゴリ:旅行
再び左手にエンリケ航海王子の像を見る。



足元に地球儀を置き若きエンリケ航海王子がとある方向を示している。
王子が指差している先は南のアフリカ方面。
ポルトガルが制覇したいと望む地中海の制海権はすでにイスラムやイタリアなどの手中にあり、
カスティリャ王国やアラゴン王国(後のスペイン王国)も進出を計っていた当時、
ポルトガルはそこに入り込む余地がなかったのだ。
当時、天動説をとっていたキリスト教世界だが、それでもポルトガル人は
地球が球体であることを知っており、アフリカ沿岸を下っていけば、アジアに到達できるで
あろうと言う漠然とした考えを持っていたのであったと。



再びポルサ宮とエンリケ航海王子公園に立つエンリケ航海王子像。
「ポルサ」とは、ポルトガル語で証券取引のことであると。
火災で消失したサン・フランシスコ修道院の跡地にポルト商業組合の建物として
1834年に造られ、ごく最近まで証券取引所として使われていたのだと。



正面右手にサン・ベント駅の横にあるサン・アントニオ・コングレガドス教会
(Igreja de Santo António dos Congregados)が見えた。
ここも壁にはアズレージョが。



そして更に歩を進めドン・ルイス1世橋方面に坂道を下る。



現在上層は歩行者とメトロ用に、下層は自動車と歩行者用になっている。
メトロは橋を挟んでポルトで最も大きい病院の一つ、サン・ジョアン病院
(Hospital de São João)とヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアの役所を結んでいる。
同区間のメトロは2005年9月に開業したが、それ以前は上段も道路橋となっていた。
橋梁の上段を転用した事によって上段の道路交通が阻害されることとなったため、
メトロの建設に先立ってドウロ川上流側に別に道路橋を建設し、上段を通っていた
道路交通を迂回移転させる方策を採っているとのこと。


ドェロ川が見えて来た。



歩道を歩くが、両側の歩道には多くの観光客が。



前後にメトロの姿が見えないことを確認し、慌ててシャッターを。



ドェロ川の下流側。



こちらは上流側。インファンテ橋が見えた。



橋上をゆっくりと歩き絶景を楽しむ。



ノッサ・セニョーラ・ド・ピラール修道院を振り返る。



橋の中央からインファンテ橋を見る。



メトロが横を通過。



遠くにサン・ジョアン橋(Ponte de São João)。



ドン・ルイス1世橋を徒歩で渡りきり、添乗員が勧める撮影ポイントから。



上流側とポルトの街並み。



再び徒歩で橋を渡りバスの待つ場所へと向かう。ポルト大聖堂を見る。



右手の対岸にはケーブルカーが見えた。



ケーブルカーはドンルイス1世橋(下層部)の北詰付近から北東側の高台を結んでいる。
車両自体は新しくシンプルなデザインで綺麗であった。
高低差60m程度の急坂を通っていくが、ドウロ川周辺の景色が良く見えるのだと。



蛇腹の如き台車の上に乗車車両が。



メトロは、ドン・ルイス1世橋を渡り切ると地下トンネルに入って行く。



クレリゴス教会の尖塔。
クレリゴス教会 は、ポルトガル・ポルトにあるバロック様式の教会。
鐘塔は『クレリゴスの塔』と呼ばれ、ポルト市内各所から眺められる、
市の象徴となっている 教会は、18世紀にポルトガル北部で優れた作品を残した
イタリア人芸術家ニッコロ・ナッソーニが、クレリゴスの修道士らの依頼で建てたものである。



ポルト大聖堂(Sé do Porto)が左手に。
市内で最も古い建造物であり、ポルトガル国内で最も重要なロマネスク様式建築の一つである。
現在のポルト大聖堂はフーゴ司教の後援のもとで1110年頃に建立が開始されて13世紀に
完成したが、司教座自体はスエビ王国支配下の5世紀から6世紀には既にポルト市に
あったと記録されている。
大聖堂は平面が四角形の双塔を備えている。いずれも控え壁で支えられ、ドームを頂いている。
ファサードには装飾が施されておらず、しかも異種建築様式の混合となっている。
バロック様式の張り出し玄関と、銃眼模様のアーチの下に美しいロマネスク様式のバラ窓があり、
要塞化された教会だという印象を与えると。



                    
                  ・・・​つづく​・・・






Last updated  2019.02.21 00:00:27
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