【短編】 サンタクロース ~ぱんだの杜より~
サンタクロース 子供の頃、クリスマスの朝起きるのが楽しみだった。 枕元には欲しかった玩具が置かれていた。ウチには煙突は無かったけど、多分、どこからか真っ赤な服に白いヒゲを生やしたサンタさんがやって来て、クリスマスプレゼントを持って来てくれる。どうしてサンタさんが私の欲しいものを知っているのか、とても不思議だった。だって、私、サンタさんに手紙も電話もしたこと無かったのに。 小学校に入った頃、クリスマスイヴに遅くまで起きていた。父と母からは早く寝るように言われた。仕方が無いので布団に入って寝たふりをしていた。私はどうしてもサンタさんに会ってみたかった。幼いながらも今までのお礼が言いたかった。 しばらくすると少しだけ襖が開いて、明かりが差し込むのがわかった。私は息をひそめて待っていた。ふとんの隙間から覗いて見ると、それは間違いなく父のパジャマの裾だった。そこには赤い服を着て白いヒゲをたくわえたサンタさんは居なかった。これまでの疑問が一気に解けた。 そう言えば、父はクリスマスが近づくと、私に何か欲しいものは無いかと尋ねた。その度に私は人形とかぬいぐるみと答えていた。 その年のクリスマスの朝、私は父に、よせばいいのに話してしまった。父は隣に居た母と顔を見合わせ、微笑んだ。父からのクリスマスプレゼントはその年が最後になった。 短大に進んだ頃、私にも彼が出来た。彼は敬虔なクリスチャンだった。季節は秋から冬へと移り、私の友達はクリスマスイヴにどこでディナーするとか、ホテルのスイートを予約したとか騒いでいた。何だか私は取り残されたようで彼に尋ねた。 すると彼は「ね、僕も君をどこかのレストランに連れて行ってあげたり、夜景の綺麗な部屋で過ごさせてあげたいと思ったこともあるんだ。でもね、僕の家ではいつでもイヴは教会に行くんだ。それで礼拝が終わったら、家族で食事をする。それがいつものことだから。そう、もしも君が一緒に来てくれるのなら、僕の家族も大歓迎するよ。」 私は突然の彼の誘いに戸惑いながらも頷いた。彼は続けた。「君は、サンタクロース信じているの?」 私が首を振ると彼は言った。「僕はサンタクロースが居るって信じている。ただ、それは目には見えないんだ。プレゼントもモノではくれない。それでそのサンタさんがどこに居るか、それはね、君の心の中。そして僕の心の中にもいる。サンタクロースはね、人に対する優しさ、人を思いやる心、人を愛す心なんだ。どんな豪華なクリスマスプレゼントより、大事なことだと思う。だから僕は、クリスマスだけじゃなくって、一年中、サンタクロースが心の中にいるようにって思って生きている。」 私は彼の言葉に目が覚めたような気がした。街中のライトアップも、どこからか流れて来るクリスマスソングも、何だか空しく感じるようになった。 そのことを彼に話すと「うん、確かにお祭騒ぎだよね。でもね、あの明かりとか歌とかだけがクリスマスじゃないんだ。あれはね、単なるきっかけに過ぎないんだ。忙しい日常の中で、忘れかけていた心の中のサンタクロースを呼び起こすためのね。たった一日でもいいから、多くの人が心の中にサンタクロースを感じてくれれば、それでいいとね。そこから、みんながいつもサンタクロースの心で居てくれれば、もっと優しい世の中になるんだろうね。」 その日から、私の心の中にも優しいサンタクロースが住んでいる。 決して目には見えないけど、 いつも、どんな時も、そこに居る。サンタクロース 終 【注】今から18年前に書いたものです。 ぱんだの杜