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カテゴリ:その他
2001年のゴールデンウィークは元妻とロサンゼルスとサンフランシスコに行った。サンフランシスコはきれいな街だった。是非、もう一回行けたらいいなと思う。その年の後半に病気になって、翌2002年のゴールデンウィークから14年が経った。ずっと(親はいるけど)ひとりボッチのふがいないゴールデンウィークを過ごしてきた。会社のことを考えると苦痛ではないんだけど苦痛の14年間だった。その14年目のゴールデンウィークが今日終わる。きっと来年も再来年も同じなんだろう。
苦痛ではないが苦痛という意味合いを分かっていただける人はいるだろうか。ひとりボッチで淡々と過ぎる長期休暇は会社とは別の意味で苦痛である。多分、軽躁状態ならあれこれとやることが浮かんでボッチではあるけれど多少充実した休暇を送れるけれど(でもボッチは寂しい)、軽うつ状態だとずっと気が滅入っていてあまりやることも浮かばない。生きてるようで死んでる休みとなる。軽うつで安定してから5年経つので、苦痛ではないんだけど苦痛な休暇を5年も過ごしている。 今年は多分一番最悪で、2月の終わりに鎖骨を骨折して、症状が完治せずに迎えた。骨折当初よりはだいぶましになったとはいえ、何かと右腕をかばわないといけないし、ストレッチやラジオ体操なんかはまともにできない。もう2ヶ月も過ぎたのにこの状態では、後遺症として残ってしまうのではないかと弱気になる。躁うつ病という治らない病気になってしまっているからその不安はなおさらである。しかも軽うつだから、物事を悪く考えるクセがある。余計に弱気になる。 それにしてもボッチはなるべくしてなった感はある。大概、男はボッチになりやすいのではないだろうか。女の人はだいたいつるんでる友達がいたりするけど、男は趣味の集まりなどにでも入っていないとボッチになりやすいと思う。それでも普通の人はたまには友達と会って飲んだりするんだろうから完全にボッチにはならないような気がする。僕の場合は病気のせいでコミュ障だし、もしも友達と会うとしても僕の境遇を理解してくれる奴がいるとは思えないし、病気の性質上遅くまで飲みには付き合えない。だから、それこそ相手側から近付いてきてもらえないとコミュニケーションが生じることはない。昔からの友人はいるけど年に1回会うか会わないかという感じだ。嫁さんと別れて病気になった時点でボッチになるべくしてなったのである。 会社に行っているとつらい。多少雑用はあるものの、ほぼ社内ニートで会社の人とのコミュニケーションはほぼ無い。自分がコミュ障だから積極的に避けているという面もあるけれど。毎日が苦痛の連続である。休みはというと無気力でひとりボッチでこれまた別の意味で苦痛である。ふと何かいいことがないだろうかと思う。でも、何かいいことを起こす力が自分にはないのではないかと思う。 僕の楽しい人生は2001年で終わったのだろうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 8, 2016 03:32:32 PM
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