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2008/09/14
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カテゴリ:歴史

倭人のルーツと辰国の歴史を解明するために、【倭人興亡史】は、鍵になります。

そして【宮下文書】【上記】【秀書】などと照合すると辰国の歴史が浮かび上がってきます。

まず、東夷諸族のルーツについて、【倭人興亡史】の【神統志】という不思議な文書は

BC1000年以降に成立したと云われている【旧約聖書】の祖型になっています。

ビーだま.gif

第二十章 東夷諸族

『神統志』に曰く。

「神統はますます栄える。祖先を壇君王倹の霊にとって族称とするセム族は

阿キ・・・アッカド人・イザナギ族

泱委(ワイ)・・・月氏・月夜見命系・・・チベットのコータンが根拠地

淮委(アイ)・・・カルデアのサカ族・・・蘇我氏系

ワ弭(ワニ)・・・フェニキア人・エビスの命系(九州東表国のアシムス氏)

潘耶(ハンヤ)・・・アモリ・アラム族・刀漫系匈奴族(キンメリ人)

である。

(そして、また冒頓系匈奴族(ウルとラガシュのアラム人)に従属していた高令(丁零)だけが

タキヒ族で、この人々が後に高句麗、百済になります。)

祖霊をヤフェトにとる者は、姚(ヨウ)ルウイ・陶(ヒッタイト)・句黎(クレイ)グリークであって

陶には、白皐(コウ)カッシート・陶(ヒッタイト)・唐(ミタンニ)の三族があり、黎は八族に分かれる。

祖霊をヤーウェ・ニッシュにとる者は、和義(ラガシュおよびウル)・シメオン・ユダである。

祖霊をハム族(カナァン・エジプト族)にとる者は山民であって

五族のヒミ氏を中心とした。

ビーだま.gif

NHKの【太王四神記】も壇君神話をルーツとしていますが、王倹を祖霊とする諸族はアッカドなどの

セム族に属する【アキ族】が日本民族の主族であって秋津島の名もこれによります。

【倭人興亡史】第七章 秋津島の由来

渤海のウスボツ著【ヤマト記】に曰く。

その国がいまだかつて衰えないのは、職として語り部があり、はるか上古を探り

先世を明らかにして、神理をつまびらかにし、よく伝承をただすことによる。

この国を秋洲と書き、アキシマと読むが思うにアキ(壇君王倹)を祖霊とするからである

初め四種の山民があったが、後に九伯となった。思うにその音が同じである。

姜(ハム族系の呂氏・斉族)・濮(僕骨・チュルク)・高(高令・チュルク)犬戎の諸族がこれに属する。

ビーだま.gif

この【壇君王倹】に関する壇君神話は、イラン族のナンダナ神、アーリア族のインダナ神でも

ありますが、もともとエデンの園から発生しています。エデンの園を大洪水が破壊したあと、

チグリス・ユーフラテスの流域に戻ってきた人々が、夢と希望をこめて聖書にバベルの塔と

書かれているジグラットを作ったのです。後にエジプトのピラミッド、高句麗の将軍塚、日本の

前方後円墳のルーツとなったジグラットは、主神としてイナンナ神を祭るのですが、この女神は

月の神であり、のちに月氏も匈奴も、この神を祭ったことは、よく識られています。

イナンナ信仰は多様に分化して、この地域の各民族に拡がったが、原型は同一で、イラン高原の

ナンダナ神も、インド・アーリア族のインダナ神も、この神がいたというアマラ-ヴァティの園とは

実はエデンの園のことでした。またインダナ神は帝釈天のことですから、帝釈天の子である

壇君桓因に関する古代朝鮮史の壇君神話も、また同一のルーツから生まれたものであって

エラム族のジグラットに始まり、ウルクのイシン王朝はダゴン神を奉じ、この神はカナァン諸族にも

ペリシテ族にも伝えられ、これがバビロンの月神シンや壇君神話のルーツとなったのです。






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最終更新日  2008/09/14 06:28:54 PM
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