カテゴリ:旅行記 中欧8ヶ国 '12.9月
「あいつの声は、ただの音だよ。
オペラってものを知らないで、上手にさえ歌えばいいって思ってんだ。 ああいうオペラ歌手に拍手を送る客が、最近増えたよ。 昔は、贋物はすぐにばれたんだ。 観客の中には凄い耳の人がたくさんいた。」 ~宮本輝著 『ドナウの旅人』より~ 私はそんな、誰にでも拍手を送る客だ。(笑) ウィーンの国立歌劇場の横を通る度、ここでオペラを観たいものだといつも思う。 9年前はまだ自分には早いと思って諦めた。 そして今年の9月、風邪気味で鼻水ダラダラであったため、なんとなくオペラ座気分にはなれず、やはり諦めた。 だが、未練たらしく行ったり来たり。(笑) 「でもね、国立歌劇場の天井桟敷はたった3ユーロなのよ!」 目を見開いてM子は言う。 「私はウィーンで5泊したんだけど、3晩 そこに通ったわ。 でね、その日の歌手の善し悪しが分かるようになったの。 全然違うのよね。」 ほおぉ、私と違ってインテリの彼女は、さすが聴き分ける耳まで持ったのか。 私は興味津々で、話の続きに身を乗り出した。 「だってね、素晴らしい歌手の時は 全然オペラが進まないの。 一曲歌い終わる度に、みんな立ち上がって「ブラボ~~~~!!!!!」って叫び続けるもんだから。」 な~んだ、聴き分けではなくて観客の反応なのか。 彼女の耳も私と大差ないと知って、ちょっぴり安堵した。(笑) だが、そんな彼女をさすがだと思った。 彼女の親友として誇りに思ったのである。 「天井桟敷は何階だい」長瀬が訊いた。 「さあ、四階か五階じゃないのか」シギィは、切符を係員に見せ、何階かと訊いた。 係員はただ階上を指差しただけだった。 麻沙子も絹子も額に汗をうっすらにじませて息を弾ませ、階段の手すりに凭れかかっていた。 「コイズミも他の学生たちも、どうしてこんなに俺たちを急がせたんだよ。」とシギィは腹立ちまぎれに言った。 「彼等はただの観客じゃないのよ。 幕あき前のオーケストラの演奏とか、幕があがった瞬間の、間合いなんかを目に焼きつけておきたいんでしょう。そのために急いだんだと思うわ」 幕あき前のざわめきが、各階の回廊をいっそう暗く静謐なものにしていた。 最上階の係員に切符を提示し、中に入った。 天井桟敷はすでに満員であった。 ~同~ そして、M子は知ってたんじゃないかと思う。 貧しい音楽学生達のような、純粋にオペラを愛でて楽しむ人達は天井桟敷を選ぶことを。 天井桟敷からは、ボックス席の着飾った人々の姿がよく見えた。 天井桟敷は、立ち昇ってくる香水や化粧の匂いが溜まる場所でもあった。 ~同~ それだけ最上階は観客や舞台上の様々な反応が直接に、そして本物や贋物のそれらが素直に立ち昇ってくる場所だということを。 私は以前、このウィーンの国立歌劇場よりも美しいと言われる、ハンガリーはブダペストのオペラ座の、それもボックス席という なんとも贅沢な場所に、清水の舞台から飛び降りる覚悟で座ったことがある。 私は酔っていた、その雰囲気に。 でも、違うんだよな~、あの頃の私は分かってなかったんだよな~。 今はそう思う。 いや、誰にでも拍手を送る私にはちょうどいい席だったのかもしれないが、やっぱり不釣り合いだった。 ボックス席などというものは、それ相応の年月を重ねてきた者にお似合いの席だと今なら分かる。 そして、そこで登場するのはやっぱり天井桟敷なのだ。 次回、ウィーンを訪れることがあるならば、その時こそ天井桟敷に通いまくろう。(笑) そんな私になりたい、M子のキラキラした瞳を見ながらそう思った。 Google map<2012.09.25~28 Wien> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.11.17 19:19:16
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