新作用のキャンバスの下地作りにとりかかる。
市販の画布は織方によって細目、中目、荒目とあり、普通はセリューズ加工してある。セリューズ加工というのは、麻布の織目(縷眼;Grain)が伸縮しないように目止めをし、また油が浸みこんで酸化することを防止するために、鉛白をリンシードオイルでペースト状に練って薄く一回塗ることをいう。あるいはクレミニッツ・ホワイトと鉛白とをポピーオイルでペースト状にして塗ってもよい。市販のものはすでにその加工をすませてあるのである。
今回、私は荒目を使う。が、セリューズ加工した表面に一度紙ヤスリをかけて油膜を取って荒らしてしまう。埃をきれいに払ってから、ゆるゆるに水溶きしたアクリル・ジェッソを大刷毛で塗る。むらなく塗ってから、さらに素手で円を描きながらなすり込む。それから再び大刷毛でなでつけ、自然乾燥させる。
完全乾燥後、ふたたび水溶きジェッソを塗る。細密画を描く場合は、ジェッソを塗布した表面に紙ヤスリをかけ、この工程を何度か根気良く繰り返して表面を平滑にするのである。
今度の新作は別な手法を用いるつもりなので、紙ヤスリはかけないでおく。ジェッソは次第に水の量を減らしてゆく。これで今日の作業は終了。カンバスの裏側まで湿った状態になっているので、このまま寝かせて乾燥させる。
こういう初期の作業をしていると、体に力がみなぎってくるようで嬉しいものだ。長年同じ事をやっているのだが、その楽しさは変らない。
私は作品の写真撮影するときなど、自分で大きなカンバスをかかえて移動する。これも楽しいのだ。完成したものが自分から切り離されてゆくその第一歩なのだが、我が手でその道に運んでやる。物理的な作品の重量が、私の手につたわってくる。その苦労させられる重さが、なんとなく嬉しいのである。ああ、またひとつ作ったぞ、という感じだろうか。作者だけが知る喜びかもしれない。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう