先日、見るともなくテレビをつけたら、ちょうど昔の映画『馬喰一代』が始るところだった。懐かしかったので、そのまま見ることにした。
1951年(昭和26年)の映画だから私は6歳になるかならず。しかし、ほぼリアルタイムで見ているのである。見ているには見ているのだが、映像の記憶がない一本なのだ。ただ「馬喰」という言葉をこの映画でおぼえた。長野県川上村の公民館でのことである。
私は長年この作品について知りたくて調べていたのだが、たしかな記録を見出せないでいた(現在ではネットで検索できる。ただし記述に誤りもある)。
猪俣勝人『日本映画名作全史・戦後編』にも載っていない。猪俣氏にとってこの作品は「名作」に値しなかったのだろう。まあ、映画というものは「名作」をならべてみても、良い資料にはなりにくいものだ。日本の映画界の記録資料はどうも「名作」にこだわるらしく、多くの映画が記録されないまま忘れ去られ捨て去られているようだ。どうせ記録するなら、とことん「記録の魔」に徹することこそ後の役にたつのだけれど。
私の記憶から映像がまったく抜け落ちている映画というのはたぶんそう多くはないと思っているのだが、たとえば同じころ見た小津安二郎監督の『お茶漬の味』もストーリーはまったく忘れているのに、たった一つのシーンだけは記憶にある。佐分利信の夫と木暮実千代の妻が夜中に台所でお茶漬を食べている映像である。このシーンが存在することを、私は後年、ビデオで見て確認した。
『馬喰一代』は木村恵吾監督の第2作。前年(1950)に黒澤明の『羅生門』で主演した三船敏郎と京マチ子のコンビがこの作品でも主演している。志村喬も出ている。この俳優陣だけでも、映画史の一連の流れ(あるいは大映の商機をのがすまいとする姿勢)をうかがえるだろう。のみならず、今回、それこそほぼ60年ぶりに再見して、荷馬車や群馬が駆ける長いシークエンスは明らかにジョン・フォード『駅馬車』を下敷きにしていると知った。あるいはストーリーや、父子の描きかたに稲垣浩監督、阪東妻三郎主演『無法松の一生』(昭和18年作)の影をみる。『無法松の一生』のリメーク版では三船敏郎が主演しているという因縁めいたものさえうかがえる。
あるいは私が「おや!」と思った映像に、雪のシーンがある。この作品、物語の場所は昭和5年ころの北海道北見町(現・北見市)である。積った雪を掻きわけて道をつくっているのだが、その雪の山のなかに氷雪の大きな結晶がいくつもキラめいていた。これに私は注目したのだ。白黒映画だし、雪が純白に撮れているわけではないけれど、この氷雪の結晶の星のようなキラめきで雪は雪になった。ほんものの雪をそのまま撮影したからといって、雪の冷たさがフィルムに定着するわけでもない。いや、観客が雪を冷たく感じるわけでもない、と言うべきか。・・・とにかく私は、『馬喰一代』の雪はあらためていま記憶しておこうと思ったのだった。
『馬喰一代』(1951年、大映作品)
監督:木村恵吾、原作:中山正男、脚本:成澤昌茂、木村恵吾、撮影:峰重義、美術:柴田篤二、音楽:早坂文雄。
出演:三船敏郎、京マチ子、伊庭輝夫、市川春代、杉狂児、志村喬、小杉義男、菅井一郎。
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Last updated
Oct 3, 2009 10:30:54 PM
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