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母の看護をしながら、NHK・TVから流れて来る「歌謡コンサート」を聞いていた。サブタイトルに「美空ひばりを歌い継ぐ」とあったからだ。
途中から聞いたので歌い手全員の歌い方をのべることはできない。伍代夏子さんの「東京キッド」、名前を失念した若い女性の歌、森進一さんの「さくらの唄」、大月みや子さんの「ひばりの佐渡情話」、吉幾三さんの「りんご追分」、小林幸子さんの「みだれ髪」である。
みなさんには悪いが、あまり感心しなかったと最初に申しあげておく。伍代さんには、ひばりさんにあった溌溂さと切れの良さがない。印象が薄い。次の若い歌手は、問題外。何を歌っていたかさえ耳に残っていないのだから。
さて、つぎの4人はいわば大ベテランである。それだけに選ばれた曲も、おそらく難曲中の難曲、と私は以前から思っている。はたせるかなこのベテランたちにも手におえるものではなかった、と私は聞いた。美空ひばりさんと比べるわけでもない。似ている必要などさらさらない。ご自身の歌にしていればそれでよい。しかし、である。
何よりあらためて思ったことは、美空ひばりの呼吸使いのすごさである。いわゆるブレスだけではなく、たぶん身体論として述べれば、背筋の強さではあるまいか。一瞬にして静動や長短をきりかえて音楽的にブレない身体の使い方。背骨を骨盤に真すぐたてる強靱な背筋力を、私は指摘したいのだ。
個々の歌手について具体的に述べてみよう。
大月みや子。歌い出しの「佐渡~~~の」は、もっとドスをきかせて荒々しい程に入らなければ、つづく「荒磯の岩陰に」から「咲くは かのこの百合の花」の可憐さがまったく引立たない。それは2番の歌詞でも同様である。同じく「佐渡は」から「四十九里」へ至る間に、美空ひばりは荒海の距離感を表現してしまうのだ。ただし2番の「佐渡は」は、テヌート(やや押えながら音の長さをしっかり保つ)している。この出だしの強弱によって、その後の悲恋物語は決定してしまう。作曲者の船村徹氏の見事な作曲術が、この出だしにある。この部分の呼吸法で曲に命が吹き込まれるのだ。
森進一。ちょっともうけものの曲が回って来た。観客は誰もが、この歌詞に森自身の実人生を重ねてしまうだろう。森はそのことを存分に承知し、てらうことなく自分の歌にした。しかし、森の歌唱力にして、森が思いを込めれば込める程、曲が単調に流れた。元来、起伏の少ない、メロディーラインが同じような繰り返しに終始する、その意味で、難曲。美空ひばりが印象深く歌い上げていることをあらためて驚きをもって回想した。
吉幾三。やはり呼吸だ。単純にブレスがまずいと言ってしまおうか。出だし。「りんご~~の はなびらが」の部分、「りんご~~」で呼吸を切ってしまい、つまりブレスを入れてから「の」と歌っている。つづく「風~~に 散ったよな」も、「風~~」でブレスして、「に」と歌う。これでは日本語の美しさがだいなしだ。音楽的にもオカシイだろう。ヘンなところで言葉を切ってはいけない。吉幾三、年をとったか。昔はこんな程度の肺活量ではなかったはず。
小林幸子。やはり全体的に呼吸法に問題あり。そのため言葉が生きて来ない。言葉を粒だたせようとすると、言葉の背景にある物語が消えてしまう。いわゆる口先の処理。ベテランだからなんとか技術で音楽にしようとするものの、言葉というものの不思議で、そんなことでは情景が起ちあらわれるようなことはない。ここにも美空ひばりの言葉に対する驚くべき感性があった。
美空ひばりは一語一語が明瞭で、語の関連性によってドラマを構築する以前に、単語そのものにドラマをつくる異常な能力があった。そのため、良く聴いていると、彼女の歌唱はめまぐるしいほどにドラマチックな情景が言葉にまとわりつくのであるが、これもまさに天与の才というほかないのだが、最終的には音楽的に一個の完成した情景にまとめあげてしまうのである。
美空ひばり「裏町酒場」の歌唱に例をとると、3番の歌詞、「思ったものを」の「思った」に、すでにその後につづく「別れ」の思いが気持にこめられている。歌詞の理解は、すべての歌手にあるだろう。しかし、その一語一語に、音楽的時間の流れを超えて、つまり楽譜上の流れを超えて、いわば歌詞の裏にある物語の時間の流れにそった心の内の思いを表現することは、すべての歌手にできることとは言えないのではあるまいか。美空ひばりの歌唱に私はそれを気付く。
歌がうまいといわれる歌手は少なくはないが、上記のような完成度を誇る歌手は、すくなくとも私は美空ひばりと越路吹雪より知らない。
呼吸の問題で、じつは、美空ひばりはただ一度「ミス」をしている。最後のステージといわれるドーム球場公演での「みだれ髪」においてである。その1番の歌詞の最終部分。「涙をしぼる」の「る」がかすれてしまった。これはめずらしいことだ。いや、おそらく完璧主義者の彼女にとって生涯に一度のことだったのではあるまいか。2番以下、彼女はもちなおしていた。
それにしてもNHKは、歌手に対して酷な企画をたてたものだ。鈍感なのかしら?
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