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カテゴリ:社会、政治
ニコニコニュースの10月19日の記事の見出に 〈 ”御用学者” と呼ばれた北大教授 「第二次大戦とまったく同じ」〉とあったので、何事かと読んでみた。
その教授とは東芝の元社員で現在は北海道大学大学院工学研究院教授の奈良林直氏。さる10月14日、北海道大学の学生向けに「福島第1原発事故の分析と教訓」をテーマに特別講義をおこない、「原子力は大事です。安全性を高めなければならないです、と言うと、”御用学者”だと非難される。私はいま、第二次世界大戦のときとまったく同じ状況ができてしまっていると思います」と言った、と記事は伝えている。 奈良林教授のこの発言が、私にはいささかトンチンカン、論理的破綻があると思われるので、以下に簡単な分析をしてみよう。引用は【】で表し、すべてニコニコニュースからである。 奈良林教授の考えの基礎をみておく。 【奈良林氏はまず、1986年にソビエト連邦で起きたチェルノブイリ原子力発電所事故の教訓として、「健康被害も環境被害も当初恐れられていたよりはるかに少なく」、一方で、「事故により失業したり、住み慣れたところから離れなければならなくなったことで無気力になった」といった精神的被害が大きかったと語った。加えて、放射線の影響で奇形児が生まれる可能性が高まると当時のマスコミが報道したことによって、「お腹の中の赤ちゃんが心配になって、堕ろしてしまったお母さんがヨーロッパ全体で6000人」いたという。】 この認識は正しいと言えるだろうか。 チェルノブイリの事故が「・・・当初恐れられていたよりはるかに少ない」という認識はどんな資料から得られたものか不明ながら、事故後25年、局地住人の人口としては異常に高い数値で小児甲状腺ガンや水頭症が発症しているのは事実であるし、事故処理にたずさわった作業員が人生を立て直すのが困難なほど健康が重篤に侵されているのも事実である。また、故郷へ戻れないのも事実である。WHO(世界保健機構)とIAEA(国際原子力機関)との間には協約があり、一方は一方の承諾なしに情報を公表できないことになっている。すなわちWHOが発信する情報さへ実体を伝えてはいない。IAEAの目的は規制より推進に比重をかけているからだ。 これらをして「当初恐れられていたよりはるかに少ない」という判断は、ある種の確率論による人命軽視、ないし棄民思想の支配をうけていると言えるのではあるまいか。犠牲者が1万人出るかと思ったが、1,000人しか出なかったじゃないか、それなら今までどおりに原発を続けて行こう・・・こんなふうに言い換えることができる認識だ。 そして小児白血病等の発症事実を見聞きし、妊娠や出産に不安になって堕胎した母親たちの存在を、「風評被害」と言い、マスコミ報道が煽ったためだ、と奈良林教授は考える。根本の問題を直視して解決に向けて思考するのではなく、隠蔽してしまえば母親たちの不安は取り除かれると、言う訳だ。 【奈良林氏はまた、マスコミ報道の影響で、「(原子力行政については)10年間かけて議論しなければ結論が出ない問題にもかかわらず、いま"脱原発"をしても日本は立ち行くのだ、大丈夫だとみんな思い込んでいる」とも指摘。日本が第二次大戦に突き進んだ理由として、大本営発表に依拠したマスコミ報道により、国民が「神風が吹けば日本が勝つ」と思い込まされたことと、現在の状況を重ねた。】 10年かけて議論しているうちに、また新たな原発事故が起きないとは言い切れない。日本の54基の原発のどれ一つをとっても、これで良しという確証はまったくないのだ。 それにもかかわらず、東電は、実際に事故が起って終熄に苦闘苦慮しているさなかに、福島第一原発が再び事故が起る確率は5千年に1回などというまったく無意味な報告書を経済産業省原発安全・保安院に提出している。 さらに、本日(10/23)、朝日新聞は、東電が福島第一原発の全電源喪失を防ぐため2006年に1~6号機を電気ケーブルでつないで電源を融通しあう改良工事を検討しながら、技術的な障害を理由にとりやめていた、と報じている。原子力工学の専門家は「改良工事は可能だった。電源喪失は起きないとの過信から工事は必要ないと判断したのではないか」と。 奈良林教授はこの原発経営者の事例をどのように見るのか。 日本の原発行政ならびに経営は、かくのごとくなのだ。危機管理というのは、いわば最悪な事体を想定し、対処法を機能させるべくシステム化(デザイン化)してゆかなければならない。上述の東電や経済産業省原発安全・保安院の例に見るように、どうやら日本は危機管理デザインが不得手だ。 つまり、マスコミが原発風評被害を煽っているのではなく、行政ならびに関係者の発表は当てにならない、あるいは欺瞞に満ちている。それを鵜呑みにしていては、日本国民は自分の手で自分の首を締め上げることになる。国土を破壊してしまいかねない。・・・そういう認識から、ジャーナリズムは、むしろジャーナリズムの本道に沿って批判を行ってるのである。それこそ、第二次世界大戦(太平洋戦争)における大本営発表を鵜呑みにして、国民をこぞって戦争へ駆り立てた当時のジャーナリズムに対する自省からなのだ。(あのとき、率先して軍部が押し進める戦争への協力体制をつくったことがトラウマとなって、いまだにその地点から脱出できないジャーナリズムや自称ジャーナリストは存在するけれども。) さて、奈良林教授が第二次世界大戦下の日本の状況を今日の状況を重ね合わせていることについて検証しなければならない。奈良林教授の発言には、重大な誤認、もしくは社会学的な知識の欠如からくると思われる論理の破綻があるからだ。 奈良林教授は言う。 【「(当時、)『戦争は危ない』と言っていた人を"非国民"と呼び非難した。それが日本の社会だった。いま、『原子力は大事です。安全性を高めなければならないです』と言うと、"御用学者"だと非難される。私はいま、第二次世界大戦のときとまったく同じ状況ができてしまっていると思います」】 太平洋戦争下、「戦争は危ない」と言っていた人を”非国民”と呼んで非難した事実は、軍部独走の大政翼賛体制において発せられた国民総動員令にもとづく、いわば「施政者」からの人狩りだった。目をつけられた人は、国家権力によって弾劾され、また憲兵によって残虐な拷問や殺戮がおこなわれさへした。 ところが、脱原発という意見ないし思想は、政府や行政機関、およびそれらと癒着している事実さへ露見している原発経営に対する、一般国民からの批判である。しかも政府の言論統制令などで強制されている意見ではない。むしろ国民一人一人の自発的なものである。そして、その意見のなかには反原発を含んでいる場合もあるが、ヒステリックに原発を廃止せよと叫ぶのではなく、再生可能エネルギー(太陽光、風力、水力、潮力、波力等々)の可能性を研究し、発送電分離システムの構築をし、ゆくゆくは原子力発電に依存している現在の日本社会を変えてゆこうじゃないか、というものだ。この視点は、これまでの日本の政治のなかには無かった思考にもとづくものである。つまり、再確認しておくが、「脱原発」「反原発」の思潮は施政者からのものではないということ。第二次世界大戦下の状況とはまったくことなるのである。 そして、”御用学者”とレッテルを貼られていると憤る奈良林教授にとってもっとも大事であろうが、国民の多くは、「原子力は大事です。安全性を高めなければならないです」と言うから非難しているわけではあるまい。その発言の根拠となっている事実が奈辺にあり、偽りなく公表される保証が制度として機能していると言明できるのかどうか。なかんずく、原発マネーに心身ともに蝕まれている自治体や個人の呪縛から解放されて、自由に、真摯に研究された安全性なのかどうか。その点がまったく曖昧だからであろう。そうしたいわば腐敗した体質を温存して、日本の将来に歩んで行っても仕方がない。生命の危険を回避できるわけではないこと、人生を破壊されるのだということを、国民の多くが知ってしまったのだ。 ということは、原子力の専門家と言われる人たちは、これまでの原発推進一本やりの、原子力は安全だという神話をうちたて、国民に目隠しをし、一握りの人間たちがご都合主義でおこなってきたような「研究」から、自ら脱却して、言うならばおそらく新しい原子力利用論でも打ちたてなければ、信用を回復することは難しいにちがいない。 奈良林教授が言う「第二次世界大戦のときとまったく同じ状況ができてしまっている」と言うのは、はなはだしい見当違い。締め付けのベクトルが逆なのだ。 一般国民の政府批判、三権批判、そして原発に関しては日本の電力9社の独占的事業という仕組みのなかに温存されてきた専横性に対する批判等を、ことごとく指弾していては、真の民主主義社会とは言えない。それにもかかわらず奈良林教授は、第二次世界大戦下の日本の状況と同じ方向性と言う。そういう発言こそ、誤認ないし意識的な論理のすり替えによる、遅ればせの大衆操作と言わなければならない。 ジャーナリズムの煽情性を指摘する点について私はあながち否定はしない。だが、それもジャーナリズムの本質に帰すところで、私は常に言うのだが、民主主義を維持しようとするなら、大衆は是非を判断する賢さを自らのうちに育成しなければならない。たとえ大衆が過とうとも、施政者が国民の自由を奪う過ちよりずっとましなのだ。それこそが世界の歴史がおしえていること。 奈良林教授は、自分は御用学者と非難されているなどと憤る前に、これまで積み重ねてこられた原子力工学の研究と、福島第一原発の事故で出来(しゅったい)した人々の物心両面の大きな被害との乖離を埋められることが必要。これから30年はかかるだろうと言われる国土修復をふくめて、「恐れられていたよりはるかに少ない」などと自身をどこか安全な高みにおいて見物しないためにも。 《関連報道》 ニコニコニュース "御用学者"と呼ばれた北大教授 「第二次大戦とまったく同じ」 朝日新聞 東電、福島第一原発の電源連結見送り 5年前に検討 産経ニュース 日本の食品基準は甘すぎ ベラルーシ専門家が批判 2011.10.12 20:28 《参考報道;追加》 東京新聞 チェルノブイリ 健康被害、事故の4~5年後 2011年10月31日 夕刊 ENVIRO VIDEO 『チェルノブイリ被害者は100万人』reblogged from SenKetsuZikou 1/2 2/2 『チェルノブイリ人体汚染』reblogged from Wildxchildren 1/5 2/5 3/5 4/5 5/5 毎日新聞 2011年11月16日 11時10分 チェルノブイリ原発:データ役立てて ロシア人医師来日へ 朝日新聞 2011年11月19日2時3分 チェルノブイリ、内部被曝なお ロシアの小児科医報告 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 20, 2011 02:40:27 PM
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