東京エリアではここ1,2週間前頃からのオン・エアではないだろうか、ある清涼飲料水のTVCMに、私は「おや、なつかしい」と思った。その商品には何の関心もないが、背景となっている巨大怪物の石像に懐かしさが喚起されたのだった。
その怪物の石像というのはイタリアはヴィテルボ県のボマルツォ村にある奇怪な庭園の彫刻群のひとつである。
ちなみにヴィテルボは、エトルリア文明に関心がある者なら知らぬものとてない墳墓遺跡がある村である。しかしボマルツォの巨大怪物どもは、エトルリア文明とはなんら関係がない。それは16世紀以前にこの地を領有していたオルシニ家の宏壮な城館にいわば付随する庭園で、もうすこし親切に言うなら、ペルフランチェスコ(ヴィッキノ)・オルシニ公がその最初の妻、名にしおう絶世の美女、ガレアス・ファルネーゼの娘ジウリアの思い出のために建てた小さな古代風神殿に付随する残酷なエロティシズムにいろどられた巨大怪物を配置する庭園である。
この残酷なエロティシズムにいろどられた庭園を、日本に紹介したのは澁澤龍彦で、たぶん彼が最初の紹介者ではなかろうか。しかし彼がこの庭園の発見者かというと、それはまったく話が別。澁澤龍彦はピエール・ド・マンディアルグの著書『ボマルツォの怪物』を読んだのだ。そして、見たのだ。というのは、1957年にパリで刊行されたマンディアルグの『ボマルツォの怪物』は写真集でもあり、グラスベルグの撮影になる36点の写真が含まれていた。のちに澁澤はこの『ボマルツォの怪物』を翻訳し、マンディアルグの他の短編小説やエッセイとともに一冊に編集して大和書房から刊行している(1979年)。ただし写真はわずかに4点のみが収録された。
私がTVCMを見て「懐かしい」と思ったのは、もちろん若い頃に澁澤龍彦によってボマルツォの怪物の存在を知ったからであるが、じつはその後、マンディアルグの原本を所有することができたからである。
予期せぬときに、あまたの書籍に埋もれるように眷恋の本が、・・・見たい見たい、欲しい欲しい、と思っていた本が、今、目の前にあらわれたときの胸の高鳴りを、本好きの人ならおわかりになるであろう。もっとその気分をあからさまに喩えるなら、初めて好きな女に手を出そうか出すまいかという時の、ほら、口から心臓が飛び出しそうなほどドッキンドッキンという音が全身にひびき、口がカラカラに乾いてしまう・・・あの感じです。そんな突然の出現によってその原本を私は手中におさめたのだった。
ボマルツォの怪物について興味のある方は、澁澤龍彦全集でお読みいただくとして、もうこのへんでその原本と澁澤本の書影なりとも掲載しましょう。
言わなくてもよいのだが、清涼飲料水のTVCMは、怪物が大口をあけている、それに飲料水を欲しているかのようなイメージを重ねただけの、いたって軽い思いつき、と評しておこう。