椿の花びらが散り敷いていたので、掃こうと庭箒を持ち出したところへ、投げ込み広告のために年配男性がやってきた。広告を私に手渡してから、「山田さん、もう歌わないのですか?」と言った。
私はちょっとびっくりした。「お聴きになったことがあるのですか?」と訊くと、「私は◯◯をやっているので・・・」と、福祉的なボランティアの名前を言い、民生委員合唱団のコンサートを聴きに出かけたことがある、と。
私は民生委員を退任し、合唱団からも退団したと言うと、「山田さんの歌声を聴きたいです」「でも、合唱ですから、私の声など分からなかったと思いますけど・・・」「いいえ、全然ちがいました」「それは恐縮いたします」「また山田さんの歌が聴きたいです」
・・・そう言い残して去って行った。
驚きもし、嬉しくもあったが、少しばかり考え込むこともあった。つまり、合唱で、ひとり飛び抜けた声というのはマズイのではないか、ということだ。自分の歌っている声はもちろん自分で聞いているけれども、合唱団の一員として観客席で聞くことはできない。アマチュア合唱団なのでライブ録音があるわけでもない。・・・私は、OBとして在籍せずに退団したのは合唱団のために正解だったのかもしれない、と思った。
じつは、老人の死亡原因として誤嚥性肺炎がかなり多いと聞く。その予防になるかもしれないと考え、合唱団を退団した現在、私はほぼ毎日のように防音をして発声練習をしているのである。鳩尾(みぞおち)のあたりに目一杯に空気を吸い込み、喉の力を抜いて、しかし咽喉をあくびをするように広く開け、呼気をケチケチと吐きながら声を出す。眉間のあたりに響かせるように低音から高音まで音階を刻んでゆく。・・・まったくの自己流である。歌うためではないが、そんなことを毎日やっていれば何となく、声が丸くなっているように感じる。響も豊かになり、発声していると唇や歯のみならず肩から上の身体にバイブレーションを感じる。・・・これで誤嚥性肺炎の予防になるかどうかはまったくわからない。まあいいさ、と思いながらである。