15696855 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ろー・ふぁーむ・かるぴお by pridegreen

ろー・ふぁーむ・かるぴお by pridegreen

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

pridegreen

pridegreen

Calendar

Free Space


スキマ時間でお小遣いを稼ごう!

ポイントサイト

{ モバトク - MOBATOKU - }



★ 業界最高水準のポイント還元率! ★


初心者でも
★ カンタンにポイントが貯まる! ★


★ 会員数100万人以上が ★
利用しているから安心!


貯めたポイントは
★ 現金やAmazonギフト券に ★
交換できる!




モバトクで

♪ポイントを貯める方法はたくさん♪




◆無料ゲーム◆

ゲームで遊ぶだけでポイントが貯まる!

条件をクリアすると
ボーナスポイントがもらえる★



◆アンケート回答◆

カンタンな質問に答えるだけで
ポイントGETできる!



◆広告クリック◆

バナーをクリックするだけで
ポイントが貯まる!

毎日ポイントがもらえる
ラッキーコンテンツ♪



◆無料の会員登録やカード発行◆

無料でできる広告がたくさん!
種類も豊富!

色々試してみよう★




貯めたポイントは

現金やAmazonギフト券、
iTunesCardに交換できる!

ポイント交換先もたくさんあるから便利♪




▼▽▼登録はカンタン1分!▼▽▼

さっそくお小遣いを稼ごう!

http://pc.mtoku.jp/lp/startup/?f=rbf&u=1286581
2008/08/06
XML
カテゴリ:つれづれ
本当は未明に書いておくべきであるが,さすがに携帯更新をできるような内容ではないため,この時間となることを御容赦願いたい。

私の母方の祖父は,1945年8月6日,偶然入院していた広島市の病院で被爆した(母はすでに生まれていたため私は幸いに直接の影響は受けていない)。本当に幸いに一命は取り留め,また生命力が強い人だったのか,その日のうちに三次まで逃げのびたようであるが,それにしても被爆による傷害は大きかったようだ。
さて,命からがら逃げ帰ってきた祖父に,周囲の人も八方治療に手を尽くしていただいたらしい。しかし,なにせ満足な薬もそもそも治療方法すら分からない状況である。井伏鱒二の「黒い雨」にも民間療法的に何がいいとか言う話が出てくるが,祖父の時は酒で体内から消毒するのがいいと言うことになったようで(洒落ではない。だから酒で体内消毒などと軽々にいう輩は私は許せない。)。とにかく酒,いや当時だから酒らしきものも含めて随分飲まされたらしい。
ところが,何せ時代が時代だ。まともな酒があろう訳がない。ただの悪酒ならよいが,その中に不幸にもメタノールが混じっていたようで,目をやられてしまった。その意味では二重の身体的ハンディキャップを背負ってしまったことになる。

言うまでもなく,このことは一家に悲劇を与えることになる。
祖父の仕事は印鑑職人,すなわち印鑑を彫る仕事をしていたと聞いている。視力を失った時点でもとの仕事はできない。すなわち失業である。しかし,それだけではなかった。
祖父はもともと酒はほとんど飲まなかったらしいのであるが,治療のためということで酒を大量に飲まされたこと,くわえて職を失ったことと自らの境遇を嘆いたのか,さらに1945年8月6日に広島で見た光景がトラウマになったのか(これは私の想像である。),一転毎日大酒を飲むようになってしまったらしい。そして酔っては祖母や家族に辛く当たったりもしたようだ。
こう書くとそのまま家庭崩壊して云々という安っぽいドラマになるようだが,実際は直系の跡継ぎこそ恵まれなかったが,私も含めて彼の遺伝子をもつ者は残されている。祖父の場合,もともと弁が立つ人だったようで,この時期になると原水禁の大会に弁士として広島に出て行ったりしたようであるから,自分の思いを内向きにぶつけるだけではなく外向きに発することができる人だったからこそ,人間としての矜恃までは失わなかったのだろうと思う。

随分安っぽい話を長く続けたが,こういう話は被爆された方,いや空爆被害にあった方の数だけあるのである。普仏戦争,いや日清日露戦争の時代までは戦争は戦地だけで起こるものだったが,20世紀以降の戦争は国土がすなわち戦場なのである。すなわち,戦争は結局人間の存在そのものを崩壊させ,否定するのである。だからこそ第一次世界大戦の結果を見た欧米諸国は戦争そのものを違法化しようとし,それはケロッグ・ブリアン条約(いわゆる不戦条約)として結実しているのである(念のために言うと,日本も批准している。ちなみに過去の文書ではなく,現在も条約として国際法上効力を持っている。知らない方も多いようだが。)。

近年,国会議員や,したり顔をするアホバカ文化人の中に,第二次世界大戦の日本の行った戦争を肯定しようとする者,いやそもそも実際の戦争とSFやガンダムの世界と区別が付かない馬鹿者が跳梁跋扈し,そういう連中の声が高くなっているようではあるが,私に言わせればそういう者はその存在を含めて全部否定されなければならない

広島市というところは,とにかく二言目には反核平和を掲げるのであるが,広島市民になって十有余年,安っぽい反核平和スローガンはよく聞くが,本当に腹の据わった反戦への意思表示,さらに言えば何故に反戦平和を語るかというところが全く見えないのだ。あの「明日への神話」騒動の時もそうだったが,反核反核という割には結局それを首長の人気取りや市民球場の跡地利用を解決するためなのかという虚しい思いしかない。

今日もまた8月6日を迎えた。これまではあえてこういう柄にもないことは書かなかったが,今年はどうもそれに目を塞ぎ口をつむぐことが自分の中で許せなくなった。普段の記事を期待して運悪く目にされた方にはお詫び申し上げたい。なお,今後も折に触れて書いてみるつもりである。

偶然というか,私の妻の父方の祖父も被爆したようである。妻の場合は,父が生まれたのは祖父が被爆された後である。いわゆる「被爆二世」には当たらないようなのであるが,それでも遺伝によるものなのか,体質上の影響もあるようだ。いや,妻も,そして娘も,傷の治りが悪い,虫さされなどがすぐ化膿するなど,遺伝的素因を疑うべき状況がある。娘が成長したら,ありきたりの広島教育では語ってくれない,あの日の話を語り継ぐ義務があるのだろうと考えている。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008/08/06 10:24:23 PM
コメント(6) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.