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カテゴリ:つれづれ
広島というところは川が育んだ街であちこちに広い河原があるという事情もあってか,いまだにとんどが盛んな土地柄なのであるが,今日は当地のとんどが盛大に行われた。我が家もお飾りや書き初めなどを持参してとんどの櫓に収め,盛大なるお焚きあげをしていただいたものである。本当ならばとんどの火が小さくなった頃を見計らって餅を焼き,それを食べると無病息災になるというのであるが,我が家にはそれ専用の焼き網がなかったので,ぜんざい(関東地方で言うならばお汁粉)と豚汁を数杯おかわりして家路についた。まあ,それだけでも大事な年中行事のひとつである。
言うまでもなく,火というのは神聖なるもののひとつの象徴なのであって,特に燃え上がる火というものには運気上昇が容易に結びつくことから,当然毎年私も家運上昇金運上昇を願っている。とだけ書いていればまあ殊勝なのかもしれないが,私は拗ね者であるから,ヒロシマに蔓延るゴミや害虫の駆除も併せてお祈りしている。これまた言うまでもなく火というものは邪を焼き払うということに結びつくのであって,特に昨年末の最終章後編で書いた「ヒロシマに蔓延る毒々しい黒い花」の殲滅を強く願ったものである。 で,睦月に燃え上がる火といえば,これまた毎年恒例の「護摩行」というものがあるのであって,おそらく今年も新井さんを筆頭に赤ヘル戦士が励むことになっているのであるが,私はこれには賛成できない。仏法の修行としてやるのであれば我々凡夫の知ったことではないのだが,プロスポーツ選手のトレーニングとして行うと言われても,何年経ってもぴんとこないのである。ていうか,単なる自己満足に如かずなんじゃないかという気さえするのである。まあ,やるというものを止める権限は我々にはないのであるし,あくまで自己責任でやる分に部外者が口出しをすることは出来ないのであるが,やっている寺の住職ははっきり言って相当の食わせ物とみているので,少しく心配しているのである。特にかつて新井さんを広告塔にしようとしていた節が見受けられるから余計にである。 どうせならこのまま火を主題にして一本筋が通った文章を物すればかっこいいのかもしれないが,敢えてそうしない。というより,したところで何の意味もない薄っぺらい文章になってしまいそうな気がするので,やめておく。え?ネタがないだけだろうって?ごもっとも。 ちなみに,昨日は故あって広島護国神社に和装で参拝した。何度もお参りした神社なのであるが,やはり和装で参拝すると心清らかに,かつ引き締まる心持ちがする。今年の目標には,「隙あらば和装」をも掲げたいと思う今日このごろである。 要するに今日も脈絡は何もない。 BlogPeopleSIGMA People (告知) 姉妹サイト「ろー・ふぁーむ・かるぴおANNEX」もよろしくお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2018/01/07 09:32:52 PM
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