エラ・ウィーラー・ウィルコックス著『The Heart of the New Thought』を読む
エラ・ウィーラー・ウィルコックス (Ella Wheeler Wilcox, 1850-1919) という人の書いた『The Heart of the New Thought』(1902)という本を読了しましたので、覚え書きをつけておきましょう。 エラ・ウィーラー・ウィルコックスという人は、基本、詩人です。この人の詩の中で一番有名なのは「孤独」という詩で、中でも有名な一節がコレ: Laugh, and the world laugs with you; Weep, and you weep alone. For the sad old earth must borrow its mirty But has trouble enough of its own 訳すとすれば・・・ 笑いなさい、そうすればこの世界があなたと共に笑うでしょう; でももし泣くのなら、あなたは一人で泣くのです。 なぜなら年老いて悲しみにくれたこの星は、あなたの笑みに力を得るけれども 涙については、既に十分な持ち合わせがあるのですから ってな感じ? 要するに、人間、笑わなくちゃダメだってことですな。 さて、このウィルコックスさん、詩人であると同時に19世紀末のニューソートの唱道者でもありまして、そもそもね、ニューソート運動っていうのは、女性が結構重要な役割を果たした運動なのよ。ちなみにウィルコックスさんのニューソート系の本を出版したのは、Elizabeth Towne (1865-1960) という女性編集者で、彼女は『Nautilus』という19世紀末から20世紀半ばまで出版されていたニューソート雑誌の編集者として有名。ニューソートの考え方が女性にアピールした、ということについては、ちょっと考えてみないといけないかも知れません。UCLAの図書館で、そっち方面の資料も集めたしね。 まあとにかく、ウィルコックスさんはニューソート系の自己啓発本をあれこれ書いているのですが、その中の一つが今日ご紹介する『The Heart of the New Thought』という本。訳せば『ニューソートのキモ』ですかね。 で、これ読みますとね、もちろんニューソートの基本は押さえてありますが、普通の人生訓として、普通にふんふんと読めます。ほんと、普通のことを言っております。 例えば、「朝起きて、最初に考えることがその日一日を支配します」とかね。だから、朝起きたら、いきなり自分自身に向かって「私は今日この日からあらゆる慰めと楽しみを引き出します。そして世界の幸福に何か良いものを付け足します。自分自身を律して苛立ちや不幸なことに陥らないようにし、物事のいい面を見るようにします」と宣言しろと。そうしたら、その日一日、いいことが起こりますよと。 あるいは「体調が悪い悪いと嘆いてばかりいる人が多いけれど、そういう連中の大半は食べ過ぎです。一日二食にしなさい。肉体労働してない人は一日一食で十分。それに3、4クオートのミルクを飲めば御の字です」とか。 あるいは、「明日の幸福を望むのではなく、今、この時の中に幸福を見いだしなさい。幸福というのは、外から来るものではなく、内側からくるのですから(Hapiness must come from within in order to respond to that which comes from without, just as there must be a musica ear and temperament to enjoy music.)」とか。 あと、不平ばっかり言っている人の言葉というのは、精神的なマラリア(the mental malaria) だから、そんなのに耳を傾けてはいけません、とか。 それから、これはちょっと意外な感じがしたのですけど、ウィルコックスさんの人生訓の一つに「古着に執着するな」というのがある。この二、三年着ていないような服は必要ないのだから、さっさと恵まれない人にあげなさいと。「ひょっとして将来、これが必要になる時が来るかも知れない」と恐れることは、要するに将来の貧しさを期待するのと同じだから,お止しなさいと。ただ、古着を人にあげるときは、下手にすると相手を怒らせることにもなるので、注意しなさいと。 で、こういった、具体的なアドバイスも種々あるのですけど、もう少し骨太のアドバイスもあります。 このところ「ニューソート」が人口に膾炙するようになって、それは素晴らしいことなんだけれども、多くの人はこれを誤解しています。オカルトじゃあるまいし、ちょっと願ったくらいで簡単に望んだものが手に入るなんて思わないように。穀物の収穫のことを考えてみたって分かる通り、良いものというのは育つのに時間がかかるんだから、努力をし、その努力を継続しないといけません。 特に、手っ取り早くリッチになりたい、などと望むのは愚の骨頂。人間として生まれて一番重要なのは、「人格(キャラクター)の涵養」です。気高い人格さえ作れば、たとえ貧困のうちにあったとしても、それ自体が人生の「成功」なのです。 ・・・とまあ、こうなってくると、もう、ベンジャミン・フランクリン流の刻苦勉励哲学と変わらなくなってくるという。 ただ、やっぱりニューソートだなと思うのは、常に世界の明るい面、積極的な面を見よ、という心がけを唱導するところ。 その反面、ウィルコックス女史が徹底して批判するのが、オーソドックスなキリスト教徒ね。旧来のキリスト教徒に対するウィルコックス女史の罵詈雑言は、かなりなものでございます。 たとえばある時、ボストンの方を汽車に乗って旅行していたら、同じ車両に沢山の女の人たちが乗っていたと。で、若い女の子はもちろん、それなりに可愛いのだけど、これが中年女性になると顔に疲れが出ていて美しさのかけらもなくなり、さらに年長の女性になると化け物だと。 そしてウィルコックス女史曰く、「ここにいたほぼすべての女性たちは、オーソドックスなキリスト教徒でした」と。 つまり、旧来のキリスト教徒っていうのは、「我こそはキリストの弟子なり」みたいな口ぶりのくせに、お念仏を唱えるのは日曜日だけ、あとは「貧しくなければ天国に入れません」みたいなことばっかり言って,自らの貧しさを誇る一方、実際にはその貧しさに不平・不満を募らせ、暗いことばっかり考えている。そんな風だから、歳を取るごとにどんどん劣化していくんだと。 一方、ニューソートの信奉者は、これとは正反対。私たちは、日曜日だけでなく、日々の暮らしの中に神の恵みを見ているし、中年に差し掛かるに従って、知識ではなく知恵を身につけることを心がけ、老年になる頃にはその両方を兼ね備えることになるので、その顔はむしろ輝くばかり。悲しみが顔に深い皺をつけることがあったとしても、悲しみのすべてが不幸ではなく、またその悲しみから人間としての深みを得ているのだから、そういう深みが顔に出るのです・・・ みたいな感じ。もう、旧来のキリスト教徒は、ウィルコックスの筆によってボロクソ言われております。 でも、この感覚っていうのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ニューソートが出て来た時に、ニューソートの考え方に共鳴した人々が共通に抱いていた感覚なんでしょうな。 で、この本を読んでいて、「これがニューソート信奉者の自信なんだな」と思えたのは「Thought Force」という章に出てくるこの一節: Each one of us is a needed part of His great plan. Let each soul say:"He has need of me or I would not be. I am here to strengthen the plan. " 「世界中の人間の一人一人は、すべて神の偉大な計画の一部なのであって、神が私を必要としているからこそ、今、私は存在しているのだ。私は生きているのは、私の存在が神の計画を強めることに資するからだ」 うーむ! 凄いな、この一節は。 私が思うに、ニューソート思想のまさに「キモ」は、この一節にあるんじゃないかと。 でまた、私自身がニューソートに興味を持つ・・・否、ニューソートに惹かれるのも、まさにここね。 だってさ、「自分はどうして存在するのだろう」というのは、古今東西を通じ、最大の謎じゃん? この問いこそがすべての神学、すべての哲学の根っこにあると言ってもいい。 で、ここが揺らいだりすると、人間って自殺しちゃったりするわけよ。自分なんか,存在しなくたっていいんだと。 だけど、ニューソートは、そこのところを明確に宣言する。あなたの存在は、神の計画の一部だと。しかも神は間違いを犯さない。だから、自信をもって存在すればいい。 また神は自分の作品である人間が、塵芥、あるいは泥の中をうごめく虫けらのように暮らすのを喜ばれるはずがない。人間が豊さの中に暮らし、自分と世界を富ませてこそ、神は喜ばれるはずだと。 しかも神は慈愛深い親のように、我が子たる人間の成長を見守っているはずなので、ちょうど人間の赤ん坊がようやくつかまり立ちし,危なげな一歩を踏み出すのを、その親が欣喜して見守るように、あなたのほんの少しの成長ですら、喜んでくれるはずだと。だから、人格を陶冶し、少しでも成長し、神の計画に従ってこの世を明るくしなさいと。 こういう考え方こそが、結局のところ、ニューソートのアルファでありオメガだよね。 それにしても「神は私を必要としている、さもなくば私が存在しているはずがない」という宣言・・・いいよなあ・・・。なんかこう、力が湧いてこない? なんかこう、何か大きなものに見守られて、背中を押されるような気がするじゃん? 行け、と。 ということで、今から115年前に出版されたこの本に、大いに啓発されてしまったワタクシなのであります。 The Heart of the New Thought【電子書籍】[ Ella Wheeler Wilcox ]