カテゴリ:里山と歴史探訪
【啓蟄・如月朔日・Samstag】
富山には「原理」に好意的な人が多かった。その理由は「現代の映像」で高岡での活動が紹介されたからだった。 早稲田の原理活動家が「開拓伝道」で高岡を訪れた。統一教会では伝道してくれた人を「霊の親」と呼ぶ。この人は私の「霊の親」の親で、「霊のお祖父さん」となる。この時に伝道された高岡の人とは懇意になるのだが、私からだと「霊の叔父さん」となる。 NHKの全国区の番組で地方都市が放映されるのは、「喉自慢」くらいのもので、原理の人が来たから、高岡が注目されたと喜んでいるのである。 「心情圏」を高岡の駅前商店街に訪問販売した。店のオジサンは大変喜んでくれた。通りを行く人に「お~い、今、原理運動の人、来てるんだ、一緒に、話、聞こうよ!」と呼びかけた。 グラビアの小宮山さんの写真を見て「これが26歳の青年ですか? この悟りきった顔」とベタ誉めだった。しかし、雑誌は買ってくれなかった。 廃品回収の仕切り屋さんの娘からは映画スターを見るような眼差しで見つめられるし、花売りに行くと、コーヒー(インスタント・当時、流行りだした頃だった)を出してくれた。 その年の12月、九州の学生が滝行で死ぬのだが、その時は通行人が「お前ンとこの幹部、死んだって、テレビでやってたよ。早く、帰った方が良いんじゃない」と教えてくれた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.03.08 02:55:48
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