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カテゴリ:土佐の高知
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今は亡きシベリア抑留の叔父を思い出す。 有名なテニス選手権の試合の入場券を 自分が出られなくなったからと贈ってくれたことがある。 国体選手の先輩には、 お前が良い席に座っているから驚いたと 咎められたくらいである。 叔父は県の選抜選手を率いていたが、 その目は西洋人のように青かった。 厳しい寒さや、栄養失調で目が青くなったという。 満州に出征していた叔父は、部下と共にシベリアに長く 抑留された。 ・・・・・・・・・・・・ 抑留された捕虜の総数は、作業大隊が570あったため、 当初は総数57万5千名が連行されたと考えられたが、 65万人というのが定説である。 一説には70万人近くが移送されたと言われ、 最高数としては200万人以上との説がある。 モスクワのロシア国立軍事公文書館には 約76万人分に相当する量の資料が 収蔵されている。 <WIKIPEDIA> ・・・・・・・・・・・・・・・ 技術屋でもあった叔父は鉄道建設では重宝されたようだ。 ロシア人には恐怖や恨みはあったが、遅い帰国後、 結婚して生まれた長男と共に抑留地を再訪している。 戦争については何もしゃべらない叔父だが、 仲間の兵の多くの死と遭遇し、現地ロシア人への憎しみと その中に潜む人間愛の葛藤を経験したようだった。 ☆ 戦争と言う他国との戦闘の中で弄ばされた人生には 不平不満を超えたものがあったようだ。 ☆ 日本はシベリア抑留については、 本来は「奴隷的な人間の扱いが 戦争が終了しても行われたこと」に 賠償などを要求していない。 戦時でさえ、捕虜の虐待は許されないのだが、 過去のソ連には請求していないように思われる。 米軍の原爆投下でも戦争の早期終了のためには やむを得ぬものであり、それがなければ日本の焦土作戦で 米軍兵士の死亡率も膨大なものであったろう、 と簡単に片づけられた。 ☆ ところが、韓国は違う。 日本軍の残虐さとして、 従軍慰安婦問題、徴用工問題を 事実と異なる部分も加えて、 国と国との間の賠償問題が行われても 道徳的には未解決であると、 世界に向かって訴え続けている。 朝鮮半島が南北に分断されているのを、 「共産主義」VS「民主主義」の対立として 犠牲になっているというのだろうか。 古くは、 豊臣秀吉が朝鮮征伐を図った事件を持ち出すが、 元寇での対馬・博多などでの虐殺などは忘れている。 もともと、朝鮮半島は、北には高麗(高句麗)なる 中国さえ恐れた民族が支配し、南の部分は百済、新羅 の部族と、倭寇などの割拠があったのではないだろうか。 ☆ 戦時下では、どちらが悪いかではなく、勝ったほうが 戦略で勝っていたことしか判らない。 戦争はそのものをなくさなくてはならず、 国連は戦争をなくする手段として世界的な視野で 構築されたものであろう。 ☆ 現在の韓国では政治的なバランスを南北統一に求めた 文政権が主導するが、本来的には高麗、新羅、百済が鼎立し 韓国自体が統一されていない。 韓国自体が鼎立しているのに、一国が支配する北朝鮮と 統一することは不可能であろう。 北朝鮮には韓国のこの試みは文政権の政治的戦略に過ぎないと 見切られてはいまいか。 韓国自体の政治的癒着が絶えず現れていて 政権を危機に貶めてきた。 今回は、政権内部の「大学不正入学問題」である。 過去には、 セウオル号沈没事故、大韓航空ナッツリターンなどの 原因が何処にあるかが問われてきた。 ☆ 小生は、シベリア抑留については 自分の「始末記」として墓場にもっていった 叔父の姿が忘れられない。 「戦争そのものを呪った」叔父の生きざまを学びたい。 戦争から派生した問題を云々しても 「未来」は見えてこないような気がする。 ☆ 呆けの小生がいうことだから気にしないで貰いたい。 ☆ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Apr 30, 2020 05:23:48 PM
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