レイ・ブラッド荒川ベリ。

[ぶらっと手にした本１冊。] カテゴリの記事

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  臓器林に分け入らば

  レイです。真摯に学んで知識を得ることと体験して  体感してすること。その根本の差異を感じています。今  手にして学んでいる本は。。4か月前に  私が受けた  手術の  全貌についてのその手術を完遂するために外科医やアシスタントが一糸乱れずにしなければならぬことは何かそういう本です。。凄いです。。

  2024.04.12

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  「山伏ゲノム」ご紹介でございます！

  レイです。ついに出来上がったんですが手元に製本が届くのが２０日ぐらいになりそうということで・・・ちょっと謎の予告をしておきます。

  2024.04.09

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  擲読雑吼20240115

  レイです。気を取り直して、といいますか新たなメセンでものに取り組んでいこうといういま手元にはロラック「悪魔と警視庁」病床の身としては はなはだ重苦しいタイトルですが敢えてこの一冊を持ってきて貰いました熱と 汗と  咳と  激痛検査に次ぐ検査苦しくてとれる姿勢もなかった数日前ありがたいことに事態は好転し今度はスコットランドヤードとともに殺人事件に取り組んでいるのですまあタフじゃないのはバレてます

  2024.01.15

• 以仁王の辺縁003　【以仁王の兄・守覚法親王について】

  　以仁王の年子の兄、守覚法親王はどんな人物だったのか。もの優しい男だったのか。おっとりしたタイプだったというのか。最も近い兄弟でありながら事件の前面には全く出て来ないのは何故なのか。気弱だったのか。冷たく計算高かったのか。理性的で沈着冷静だったのか。そういう同時代評価がされにくい高貴な方であるということもそうだとしても、それは勝手な印象操作ではなかろうか。守覚法親王の真言宗のトップとしての、宗教家としての活動記録は多くみられる。想像の域ではあるが、本来の性格云々は別にしても弟のあまりに大きな振れ幅を目の当たりにして猶更に、落ち着いた用心深い位置に固執したということではなかったのかと思う。一層自分だけはしっかりと踏ん張って立っていなければという感覚があったのではないか。　真言宗仁和寺御室。北院御室（喜多院御室）と呼ばれた。後白河院の下で様々な御願の修法を行い当時の仏教界の頂点にあったといわれる。永暦元（１１６０）年、覚性入道親王に師事して出家。仁安３（１１６８）年に伝法灌頂を受ける。翌嘉応元（１１６９）年、覚性が没した跡を継いで仁和寺御室（門跡）に就任。翌年親王となる。承安２（１１７２）年六勝寺長吏。安元２（１１７６）年二品に叙せられる。醍醐寺の勝賢にも学んで仁和寺と醍醐寺との法の交流を深める。また仁和寺の御所には多くの僧俗が祗候して,管弦や和歌や記録の文化サークルが作られていた。書道もよくし北院流三宝院の祖。建仁２（１２０２）年８月２５日死去。５３歳。和歌に優れ、家集『守覚法親王集』『北院御室御集』がある。また、仏教関係の著書には『野目鈔』『左記』『右記』などがある。『北院御日次記』という日記も記した。また、平基親の『官職秘抄』は彼のために書かれたと言われている。『平家物語』『源平盛衰記』の「経正都落」条に、平経正が都落ちの際に仁和寺に立ち寄り、先代覚性法親王より拝領の琵琶「青山」を返上した折、別れを惜しみ歌を交わした記事が残る。（以仁王を探せ　第５章より）

  2023.12.17

• 以仁王の辺縁002　【女院の諸相】

  　　「女院の制」についても書きおく。女院の初例は９９１年、時の一条天皇が生母である皇太后藤原詮子が出家する際に、その生活や名誉を保障するために「東三条院」という院号を付して上皇に準ずる待遇を与えたのが始まりである。この場合は国母（天皇の母）であったが、皇后・後宮・女御・内親王などに院号をつけて、上皇に準ずる待遇によって地位を保障するというもの。女院には年給が賦与され、叙位・任官権の一部に関与できる（たとえば、除目の際に叙位案を１～２名提案できる）ので、官僚は手づるを求めて積極的に女院たちへの接近を計った。官位を望んで所領などの富を代価として寄進する。かくて腐敗が生じ、鬱屈した空気は往々にして陰湿な政治的事件として噴出したというのである。　女院には２つの種類がある。軸の差と云ったほうが良いのか。皇妃であるか、皇女であるか。つまり外から皇室に入って来た人か、皇室で生まれた人か。「建春門院」は前者であり、「八条院」は後者である。前者には入って来た者のテンションがあり、後者には出られない者のフラストレーションがある。そんな角度から「女院の関係図」をご覧になったら如何だろうか。これはこの平安末期～鎌倉前期に絞ったものであって、いわゆる王朝時代の関係図は今回煩瑣の為に割愛したが、此処に並ぶ女院の名前を見ればこと文学を愛着する人には馴染みの方々が、かくも濃密に血を絡ませていることに改めて驚かれる方も多いのではなかろうか。（以仁王を探せ　第４章より）

  2023.12.07

• 以仁王の辺縁001　【たまきはる】

  　いったいに同時代の最も信頼できる歴史証言というものは個人の日記に尽きると思うのだが、以仁王の場合九条兼実の「玉葉」が残されていることは誠にありがたいことである。さらに「たまきはる」というものがある。「たまきはる」とは魂極はる、命が終わるということだがこの院政期末期の一女官の詳細な生活記録が残されていることは後世にとってどれほど幸せなことか分からない。作者は本名は不明、建春門院中納言あるいは八条院中納言という女房名で呼ばれた人。５歳年下の弟、藤原定家の「明月記」では健御前と呼ばれている人。この時代にこれほどアイデンティティが残っている女性も珍しく、これも記録魔定家を含む文学表現の一族「御子左家」の家族の力、そして人間関係の力と敬服する。　　「たまきはる」はもともと彼女が付けたタイトルではなく、というよりこの日記というか覚え書きには題号が付されていなかったために、書き出しの一句を仮題とした便宜的な命名が定着したものである。内容はまさに「女房生活の微細に亘る記録」そのものであるが、思いや思い出を綴る感傷性というよりは後進の女房たちへの「業務連絡」的な、これも伝えとかなきゃという色を強く感じるものである。自分の生涯に仕えた３人の女院「建春門院」「八条院」「春華門院」の、それぞれサロンの気風や、女あるじの嗜好性、女房の心得、しつけ等々。時間軸ではなく、ジャンル意識、聯想によって書かれている。特に青春時代に仕えた輝かしい「建春門院」の女房であった誇らしさを後世に伝えたいということで、壮年期以降の「八条院」は対比の対象となって分が悪いところもあるが、それはそれでいいじゃないっていう大人の目線で纏められているように思う。　ここで八条院は鷹揚な人柄の姫君であったことがよく分かる。八条院は生活面において非常に無頓着・無造作で、身辺の雑事をこまごまと指示することは無く、女房たちを思いのままに自由にさせている。塵が積もった御所の中で、女房がちぐはぐな衣装を着ても気に留めなかった八条院の様子を見て、それに愕然としながらもまあいいか「これもあり」かと諦めると。それでもあの明るく華やかで整然とした建春門院のサロンとの比較はしないではいられない作者の屈託に一度ひたると座右に置いていつも手に取りたくなる魔性の一冊なのである。（以仁王を探せ　第４章より）

  2023.12.06

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  本棚の片隅で　＃００７　フレドリックブラウン・・・

  レイです。何十年前も前の。。ムカシムカシ読みふけったものを読み返すという。。。ちょっと恐ろしい気もしたけども、やってみたらどうってことはない。。だってスジも何も覚えてないんだもの。。新規の楽しさ。。フレドリックブラウン。。これはいいね、ありがたい世界だね。ケチでせまっこくて情がない、つまり子ども時代の妄想のサイズにぴったりだったんだね。今探すと高いよ。。気付いて探してる人が結構いるんだね。

  2023.11.30

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  以仁王を探せ【いろいろな切片004】以仁王の夢幻

  遠くから聴こえる声がある。ささら、たたら。夏のあたたかな野辺に横たわり、そのまま寝入ってしまった。やがて日も暮れ。草の露のひとしずく、ぽたりと目に落ちかかり。その冷たさに。くっきりと目を覚ます。何処をどうやって此処に伏したものだったか。それが思い出せなかった。ただ遠い記憶が近くなる。いにしえの夏の日にも同じように横たわって、同じ草の葉を間近に見つめていたことを思い出す。でもその時は・・・確かに多くの死者に交じって息をひそめて。隠れていたのだ。そういう戦いのあくる朝は落武者を狩るということがあって。土民が金品を奪おうと襲ってくる。いくら死んだふりをしたところで、先ずはとどめを刺そうとする。つまらぬ懐中物を取りたいばかりに。そんな輩が必ずあるから結局こんな場所からは生きては出られないようになっているのだ。ここは何処なのか。巨椋池なのか。いやそんなことはあるまい。贄野の池などでもない。ここはもっと山深いところだ。そして大きく安心な水量が湛えられている。暗い山かげだが恐ろしくはない。大らかで　静かで　恬淡とした　私の好きな場所だ。（以仁王を探せ！本文９８ページ）書影は蔵書から　日本の道　その源流と展開　１９７２年　講談社

  2023.10.27

• 以仁王と頼朝【第２回】　噛む前の歯車の空転を歯ぎしりという

  　つまり、現実に生きている以仁王と社会的に生かされようとする以仁王との間にはこの時点でもう決定的な溝があったということ。以仁王の生存に大きな期待があったとしたら各地の源氏、とくに頼朝だったはずで、挙兵を大いに期待されていた名目上でも頭領でありながら初動において実に無力だった頼朝はもし逃げてきた以仁王を匿うことができたのなら一つの支柱を確保できる筈だったという考え方だけども、実際問題としての以仁王の威光は既に消滅していて、頼朝が令旨を押し頂いた２か月前に比べて権威は失墜し立場は劣化し現時点ではもし生存していても最早謀反人の源以光でしかなくなっているわけだから、仮にも背負いこんでも半端に表面化したら自分も一蓮托生の片棒担ぎ、頼政の二の舞となるのは見えている。　じっさい頼朝は動かない。動けなかったんだよ。それはいわゆる歴史が語る通りだね。彼の挙兵は８月だからそれまでずいぶん気を揉んで準備をしたのだろうと思うが、それでもあてになる人数を考えたらまず側近の北条氏の手勢などというものはたかが知れている。期待した三浦氏も動きが鈍い。初戦は奇襲だったからまあ勢いで何とかなったが、すぐに返り討ちにあえば多勢に無勢、たちまちに追い詰められてしまう。　間一髪のところを海路千葉に逃げ、別々に渡っていた北条時政と三浦義澄と合流、その時の人数はたった十数人。しかしそこから開き直った頼朝が見せる展開はもう本人も想像できないところ。上総介の心境の変化というものが無かったらという話になる。　もともと頼朝が以仁王の蜂起と死の知らせを受けた日がいつなのかは分かっている。大番役で在京していた三浦義澄と千葉胤頼がちょうど任期を終えたタイミングで伊豆に直行し、膝を詰めて頼朝に決意を促すのが６月２７日。中央との紐帯は強い頼朝であるから空気の動き、風向きは非常に大事だった。胤頼は上西門院に仕え、文覚とも親しかった。三井寺で以仁王に近侍した日胤の弟でもある。隠然としたパイプを頼りに勝機さえ掴めばと若い連中の気は逸ったのだと思われるが、頼朝はまだどうしようもなかったのである。腹を据えるにも持ち駒が無さすぎる状態では。逃げながらも追わねばいかん身としては。（つづく）「以仁王を探せ　４８０ページあたり」

  2023.10.23

• 以仁王と頼朝【第１回】　生存の噂

  　　　　頼朝、そうとも、寄り添う友。 　　　　風の噂はどこから来たの　　　　風の便りはどこから吹くの　　　　だって今さらあの人に何の未練もあるじゃなし　　　　なんで今ごろ吹くのでしょう　　　　涙もとっくに枯れたのに 　　　　噂の風が吹いたのは　　　　そこに噂があったから　　　　噂されたい人がいて　噂聞きたい人がいて　　　　なんで噂があったのか　　　　それはだれにも分からない 　　　　それで得する人がいる　　　　　損してしまう人も居る　　　　だから得する人たちが流したように思うけど　　　　　うまく流れてきたために　そんな風には見えないで　　　　誰が噂を流したか　分らぬように出来ている 　要するに噂は役に立つってこと。しかしもし噂の当人が実体として現れたら、それは重すぎて背負えないってこと。当人の社会的なお役目は終わっていてこの先の展開はないんだから。生きて逃げて来られて、喜んで匿いでもした日にゃ、取って置きたい最後の言訳がなくなってしまう。頼朝はそんな感じだったんだよ。だけど噂ってやつは。。どこから流れたか分からない限り噂は強い味方になる、たとえ自分が流したとしてもそれがバレなければっていうのが頼朝の本音だったってことだよ。以仁王が実際に生きて、至近を通過していても頼朝はただ息をつめて反応しようも無かったってことだ。（​つづく​）「以仁王を探せ　４７９ページあたり」

  2023.10.22

• 精読「以仁王を探せ！」第３０回　以仁王の死地からの脱出（続）

  この山中を先導したのが行者、山伏である。伊賀・甲賀・信楽の複雑な山道に詳しく、特に最短の伊賀の中を擦り抜けて伊勢湾に達する。この辺りを縄張りにしている行者たちは、海の熊野、山の吉野、そして西の葛城山系の根来などとも緊密に繋がって居る。紀伊山地の方々に散らばって十何世代も前から長く居住していて、そのネットワークは元々緊密であり以仁王は出迎えてくれたそのルートに乗って表舞台からドロンと消えたのである。到達すべきは阿漕ヶ浦か、あるいはもう一つ北に外れた白子の浜だったか。そこから伊勢湾に漕ぎだす。誰が其処に舟を出したか、誰の力で渡ったか。それはもう新宮の水軍であろう。海を仕切る熊野、新宮は本当の腹心である。この連携のチームワーク、いわゆる熊野と、それから伊賀の山中に長く住んでいる行者山伏たち。後に忍びの者などと云われるこのまつろわぬ連中。元を辿れば彼らはみな渡来人、太古のテクニカル集団である。どうしても分かり合えない相手からは、とことん隠されてアジトになっていく場所である。八咫烏の子孫、世界を見て来た海洋民族の末裔。海洋の手段を捨てず発達させ続けている新宮。奥駆けから大峯山、葛城山も男山も一緒で、生活発現を異にしているがメンタルを共有している世界。山の中にいるコスモポリタンであって、彼らは皆同根でなのである。（つづく）

  2023.10.14

• 精読「以仁王を探せ！」第２９回　以仁王の死地からの脱出

  　それは井出の湧き水のシーンあたりか。あるいはその少し前ぐらいのタイミングか。以仁王を奉じて逃げて来た三井寺からの日胤・浄妙・俊秀らがその場で、以仁王を囲んで急遽役割の分担をしたことに間違いはない。このまま一緒に進んでいても利はない。既に其処に居る行者と共に山中を東に逃げる本隊と、平家の追っ手をシンプルに陽動する別隊に分かれる。この分掌は当然の判断だと思います。平家がせいぜい予測する経絡で大きく目立つ別隊は重要です。オトリ作戦である。　このとき、後日「玉葉」に記述されたようにこの別隊には「菅冠者」と云う以仁王と背格好の似た若者が影武者として付いていたという話が出て来る。それを意図的に配したというのは話が出来過ぎていて信じ難い。もしそうだったとしたら平家軍は現場でこれほど慌てはしなかったと思うからである。そうと信じ切って殲滅してみたところ、居る筈の以仁王が見当たらぬいうことで混乱をきたし、収拾にひと騒ぎがあったわけだから。以仁王らしき者がいたならこれほど混乱する筈は無いのだから。　話を錯綜させる菅冠者の嵌入は別としても、機略として分隊作戦がともかくも成功したというのが私の組み立てた流れである。三井寺の僧たちの内、戦後屍体が確認されたという日胤などは平等院で防戦に努めたか、別隊の陽動グループに居たかであろう。他の僧たちもそういう役目を嬉々として演じ全うした節が随所にみられる。平家物語であれほど奮戦、散華が伝えられても爾後の行方の判然とせぬ者が多いのはこうした事情に依ったものだと知れればごく納得がいく。本隊は目立たぬことを旨とせねばならぬのだから必要最小限の以仁王を含めてせいぜい４，５人の精鋭部隊だった筈で、そこには先導の山伏も居なくてはならない。そこを任せて戦力の僧たちは陽動隊に戻りそちらを賑わせ、そして莞爾として死に就いたのであろうということ。そこが派手であればあるほど以仁王は安全になり、まんまと平家は出し抜かれ、その先は歴史表面に滲み出た誰もが知る荒唐無稽の物語に繋がるのである。　（​つづく​）

  2023.10.09

• 【修験道の探究】　第５回　伊勢と熊野の相互関係と平氏

  　さらにもう一つ、伊勢と熊野の関係を見つめてみようということ。太古からある伊勢、奈良京都の天皇権から伸びている霊的神経叢の先端。そこで神との問答が行われ、それを中央にいる実務者に伝える。そうしたデリケートな粘膜を包み保護する膜の役目を担って発達してきた者として伊勢平氏があったろうということ。伊勢と熊野を一括りにすることなどは出来ないが、同じ海岸線の延長上に存在している以上、熊野という新しい妄執が白河院に取り憑いた時に、その周辺セキュリティーの仕事が伊勢平氏の新規事業、イノベーションとなったことは想像に難くない。　伊勢と熊野の発生や発達の歴史背景や相互関係について全体を論ずる度量もないし、その必要もあるのか分からない。しかし伊勢本社・熊野事業部というような認識が簡単に生まれる柔軟性があったのかも知れない。ある意味では熊野も伊勢の一部だと考える単純化も、均一化もこのセキュリティ会社は行っていたのかも知れない。とにかく突然発生しブームとなった法皇・中央貴族らによる熊野詣の流行が、平家と熊野の関係にも特別なものを齎したことには間違いがない。ことに白河法皇に深く仕え強い紐帯を持った平忠盛に於いてそれは顕著であった。法皇の９度に亘る熊野詣にかかわって平氏の社会的面目が著しく向上し、長子清盛が白河院のご落胤（清盛母は仙院辺の女房）である身に余る有難い賜り物、平氏にこの繁栄が齎されたのは熊野権現のおかげであるとして、貴人警護の業務のついでではなく、氏族として幾度も熊野詣を行っている。代表例として清盛が平治の乱に際して熊野詣の途中から引き返してきて、巧みな戦術によって逆転勝利を得たことや、重盛の死の直前の鬼気迫る熊野詣などインパクトのあるシーンに事欠かない。　熊野はその特殊的な地の利によって、中央権力からの物理的距離と森厳な神秘感によって、完全に独立した不可侵の強靭で富裕な国家であって、京都に名のみの名誉職「熊野三山検校」を戴き乍ら、現場での決定権と指導力を持って代々実効支配をしている別当家の力は絶大であり、そこに軍事力のスキル集団の平家が、（源氏から唯一為義の参入を許しながらも）、深く同化していこうという流れはごく自然のものと認識できる。為義のこともどこかで語りたい。（​つづく​）

  2023.10.07

• 【修験道の探究】　第４回　そして熊野と呼ばわる声がして

  　森閑とした朝の霊域で、真理を発見してすぐに見失ってしまった哲学者のように大鴉が鳴いた。それは何処かも分からない。ただ人には見えぬ樹上の高い位置で不安定な三本の足を身じろがせ、世界の危機とみれば敏感に反応して絶叫してきた。不安を抱え感受性を揺らす人は、その黒い鳥の叫びを自分の語彙で聴き取るのだった。そしてその鋭い指摘、警鐘に震え、解答を見つけられない自我に狼狽えるのだった。問題と解答は本来ひとまとめに身の内にプリセットされているのに、何処かに別に答えがあるかのように錯覚して人は足を踏み外す。そしてどこまでも惑い続けるのだ。　私に出された問題はただ「熊野」ということだった。熊野がどういう場所なのかということ。現世の御利益を追求し霊験を期待して不乱に祈ったところでチマチマした個人的問題にこの森の神が光明を呉れる筈は無いのであって、それは熊野が特別の場所、誰しものものではなく誰かのもの、そこに強い根拠があり足場のあるものの為の特別の場所なのだからこそである。　熊野は一筋では語れない。熊野を冠した多くの事柄がある。熊野詣、熊野別当、熊野比丘尼、熊野水軍などなど。これはいちいちがとても大きな奥深い領域になっていて、表層的なアプローチでは歯が立たないが、そもそも人は表層のみを把握したがるから、そういう要素分解作業に熱中し何らかの達成感を得るのだ。それは果たして熊野の本質とは何の関係も無いものだ。樹を見て森を観ない、森は怖いからそこらに落ちている枝を大急ぎで拾い集めて飛んで帰る。それで十分だろう。　熊野は陸では激しく深いが、海原にはとことんオープンであると感じる。奥深い宗教空間と闊達な海運、すなわち熊野三山信仰と熊野水軍のマッチングした世界である。五来重「熊野詣」を引く。「三山信仰は神道でもなければ仏教でもない第三の宗教だったのである。しかも比叡山や高野山とはちがった教団組織をもち、妻帯世襲の半僧半俗の別当家にひきいられた山伏の黒衣武士団と、全国的な散在山伏の勧進組織から成っていていた。別当は軍事的には武士団の棟梁であり、宗教的には熊野権現の名において山伏を統率する熊野修験道の管長であった。しかも経済的には神領庄園を支配し、莫大な貴族の寄進施入物を収納するのであるから、ヨーロッパ中世の法主のような教権と俗権をあわせ持つ主権者であった」 　この熊野修験道がどこまでの振れ幅を持っていたかという、そこを知りたいと思った。（​つづく​）

  2023.10.06

• 【修験道の探究】　第３回　異なものを平然とミスマッチさせるのが修験者なり

  　土木技術者と一概に言ったが、要すれば「今までに居なかった人」。見たことのないメディアを導入し、新奇なアイディアを提示してくれる人々。それは架橋や建築の領域はもちろんのこと、制度のアレンジだったり、アート的な分野だったり、愉しみのフォーマット作りだったりもしただろう。要するにプロデュース的作業、無から有を作る技術であったと思う。装置というガワの部分と方法・表現の発見というソフトの部分が互いにフィードバックしながら発展していく。文字・言葉というのもそうだっただろうし、リズム・メロディーと楽器の発明などということもあったのかも知れない。そしてそこに「タマシイ」が存在していることをまず前提に疑わないという、この国の始めから優れていた柔軟性と良く調和できたときに爆発力を発揮したのだと思うのである。　例えばあの前方後円墳のたのしい形。なんでこの形になったのか諸説あるというが、どれも説得力がない。。私はこれをデザイナーのシャレとみてしまう。あの形の根底にある「アーティストの遊びのような楽しさ」に着目する。これも日本にしかない銅鐸の形、あれを平面に投射したものが古墳なのじゃないか。　そして日本語というモノスゴイもの。。増殖するモノの名前、或いは恋のパターン。心を刻む七五調というリズムの諧謔と悲しみ。今日に残るそうした様々の事柄から私には明瞭な一つの到達点を感じた。この国の神髄、先ず自由闊達があったのだ。自然を敬い享受する心から出発した純粋さ。今一番、反吐が出るほど重点的に汚された、とんでもない事実に激昂が止まらなくなる。今日の日本に残る、ゼッタイに揺るがないものを確認せよ。日本の原風景を再発見せよ。プロデュースせよ。それは此処に棲む我々の内に元々あるものだ。自由に発明せよ。くだらない思い付きに見えるほど価値はある。それを自由に出せる者を称揚せよ。天才と民族の前途をゆめゆめ邪魔などせぬように。　行者とは、修験者とは、無から有を作る仕事。私の２６代前の大先祖、山崎行観はその覚悟でこの奥会津に入り、続く行誉・行遍父子はその同じ覚悟で、この山に逃げて来た見捨てられた皇子を歓迎したのだ。（​つづく​）

  2023.10.05

• 【修験道の探究】　第２回　修験道の開祖、役小角について

  　勝手な持論の展開で恐縮だが私がコレと並べる行者とはまず「小角、泰澄、円仁、義淵、良弁」の五人を指すが、この人たちの共通点は社会的活躍云々の前に神通力（超能力）を生来持っていた点にある。社会への馴化、才能の開花、そういうことはハナから気にしちゃいない。努力によって獲得できる超能力などというフザケタものはありはしない。彼らの突拍子の無さはそれぞれ際立っているが中でも筆頭に挙げた役君、役行者、オヅヌについては是非浚っておきたい。　役小角。小柄で頭の先、額が尖っていた。前頭葉の異様な発達、ここからオーラが発光する。容器の形質の差は膨満する内包物の差異である。分子構造に異常が生じ、それが機能そのものに波及したものか。因果どちらが先かは分からないが理由と構造が一体化した時に神智は最良に働く。役小角は妥協を許さない。世間のフィルターを通過させれば大概のことは意味を失う。依って他者と交信せず独行するようになる。あの「だよね」という無闇に安直な合意が小角は何より嫌いなのである。奥の奥、底の底まで議論し尽したとしたって何も納得は得られないかも知れないのに入口で軽い感じで「だよね」「ですよね」が出て来る。つまりこれは売り言葉だ。だから腹が立つのだがそういうことを言う連中は何も深くは考えてはいないのだ。さもなければ碌に喋る気もないのに「直観的に」会話は無理だと早々に判断し、喋り合う前に答えを決めてあるのなら意味など正確に噛み合わなくてもそれはどうでもいいわけだ。そんな手合いの第一声が「だよね」だと知れば小角の座標は自ずと定まった。まあ氏素性の知れた同士ならへそ曲がりと言われるだけのことだ。何の問題もなかった。　小角は渡来人である。もとは半島か大陸の何処かか。こっちに来たのは彼の数代前でそこから転々とした挙句この葛城の山中に居付いた。渡来人の仕事はコレと定まっていたわけではなかろうが基本的に技術分野であった。土木技術という具体的なこと以外にシステムの導入と機軸の変革ということがあったのだろう。ハナからエキスパートとして鳴り物入りで来日した人もあっただろうが、多くは半島特有の不安定な政情に炙られて亡命を余儀なくされた者であって、小角の家もまたそうであった。しかしこの国に来れば昔から異なものは懼れ尊敬する風土だから、外国人ランクとされればある以上のリスペクトの中で暮らせる。居場所が発見できたらすぐに安住するのが適応力というもので原虫でもウイルスでもそういうのは伸びる。ということは、先住ヤマト民族（正しい言い方かどうかもわからないが）にとっても恰好の共棲相手ということになったのかも知れない。まずビクビクしながらも歓迎し、敬い、そして面白がるという原日本人の良き性質とマッチしたのではないかと直覚できる。（​つづく​）

  2023.10.04

• 【修験道の探究】　第１回　焚くものがあるから焚き付けられる

  　なぜこの世に修験道は発生したのか。エネルギー源があったから物事は始まったとふつうに想像してみる。この国この場所に古来あった「何か」が大陸から半島から来た別の「何か」と融合して具現化したものであるのは間違いがない。鼻祖の役行者小角の魔物じみた掴み難いスケール感がそうなのであるが、それは大陸勢力の日本進出のもっと大きな動機である潤沢な鉱産資源に魅せられて、という簡潔な説明が私の実感としっくり来る。　東日本にもともと豊潤にあり大らかに並べられていた貴金属に目を付けた武力介入が一つの弥生文化と呼ばれる略奪と囲い込みの濁流だったわけだが、一方でこの鉱脈を探査発見するダウジングの能力、そしてそれを製錬・加工する技術は不可欠なものだった。経験と学習能力すなわち大いなる理知を必要とする。しかしそれよりも前に天性の超能力のあるものがより早く頂上に到達する。この能力を日本の風土の中でより良く磨き開花させたものが修験者というものではなかったのかと思うのである。　大陸から抱朴子のような老荘的な世界観は当然同時に入って来ただろうし、神仙術の指南というものが技術習得の示唆だったことは想像できるがそれは日本古来の自然観・世界観とはかなり異質のものだったことだろう。自然が滲ませてくるありのままを享受して共棲するのが修験者・山伏だと思われ、その周辺に衒いや粉飾や禍々しさが発生してくるのも当然であり、それらを合わせて身に纏う包容力・包括力がまさに必須の能力であるということ。龍王院の歴代が当たり前にやって来たことなのである。当たり前にやれたから今日があるというだけ、シンクロニシティでも何でもない。　日本列島は地質変動の特異点でありそれゆえに鉱産資源に恵まれている。特にフォッサマグナ以東の東日本には金銀銅の大きな鉱脈がそこかしこにあった様に聞く。その豊潤については東国に原始から住んでいた至って気の良い種族にとってはちょうど美人が自分の美しさを知っているように「当たり前のこと」だったのだ。それが侵略を生み、根本的な民族性の差から、埋められない確執を生んでいるようなことがあるのかも知れない。　西に来襲した大陸の方法論思考回路が東進し、途中の地域に居た人々は戦って滅ぼされたり、恭順隷属を誓わされたりして平定されていった。そして最もまつろわぬ者たちが東北に集まりより強固に凝集し、此処に元々居た至って気の良い者たち、それに生まれは西だがシンパシーを持って出入りする者たち。そうしたごたまぜの合同所帯が融合した場所の一つが「会津＝人が寄り合う港」だったりするのではないか。（​つづく​）

  2023.10.03

• 精読「以仁王を探せ！」第２８回　以仁王を牽引した力とは何か

  　山城での以仁王をとことん考えている。。　宇治の戦いから抜け出て三井寺の僧たちと奈良に向かった以仁王だが、途中の山城で所在が分からなくなる。平家物語の記述は曖昧模糊でありファンタジーの様な作り話のようである。興福寺のあまりに冷たい取ってつけたような反応も不思議である。以仁王はどこに消えたのか？　結論から言えば、以仁王を誘導し慣れぬ山道を案内したのは山を熟知した伊賀の山伏とそれに連なる各地の山伏のネットワークであったとわたしは考える。そしてさらに熊野である。新宮はもともとどっぷりと肩入れしているのである。葛城山中にいた帰化人の役行者から発祥する修験道と、紀州の海岸を広く支配していた熊野の勢力が、仏教の諸寺や神社神宮などとは全く異質のパワーを持っていたことはよく知られたところである。彼らが以仁王に寄り添いベクトルを発動した背景は複雑である。そもそも三井寺は山岳修験と初めから関わっている。一来法師や浄妙などのアクティブな動き、パフォーマンスの延長線上に修験者が隠然と存在したことは間違いがないだろう。そうした傍証を拾い上げていこうと思う。「以仁王を探せ！」の大きな推理の流れとして、この「修験道＝山伏」と「熊野三宮」についてあれこれ語ってみることにする。（​「修験道の探究」へとつづく​）

  2023.10.02

• 精読「以仁王を探せ！」第２７回　以仁王はどのようにして死地を脱したのか（続き）

  　平家物語を整理しよう　この脱出の問題で以仁王の周りにいたのは三井寺の悪僧たちであった　武力仕様に鍛錬もしていようがまずは頭脳集団である　単純な蛮勇では動いていない　橋合戦での浄妙や一来法師や矢切の但馬の逸話など外連味タップリの英雄譚で平家物語は矢鱈に面白くなっているのだが　彼らの実態は平家作者にも解っていないのではあるまいか　まして「作り物として一から練り上げる感覚」など平家作者に在ろうとは思えない　とにかく一見表層的には一来法師は底抜けに明るくラテン系で　一頭抜きんでれば得意満面の目立とう精神の図式に見える　もしくは度を失って踊り出ちゃっただけだとか　しかしそんなオバカサンであろうか　そんなブザマの訳がない　私の目に視えるのは「極限だからこそ命がゲームになる」と知覚して遊ぶ　男たちの意気というものである　目の前で発生しては飛び去って行く現実の時間経過を読み切った　悲劇をも喜劇化するゲームが現実に行われたということであろう　極限が極限であるからその面白さが際立つ　それは常人の発想を超えたところにあるから皆敬服して物語として崇める　そういうことだろう　実際一来法師は最も古い延慶本では戦いのさなかに頼政と歌まで詠み合っている　異様なまでの落ち着きがここにある　（​つづく​）

  2023.10.01

• 精読「以仁王を探せ！」第２６回　以仁王はどのようにして死地を脱したのか

  　それが成ったのは全く神佑に依ったものだ　結果として以仁王はイリュージョンのように消えたのだから　事件後に並べられた検非違使自慢の首級の中にどうしても見つからなかったのだから　そのあとの首実検も不思議なつじつま合わせとしか見えない　わたしはそこに捏造のにおいを感じたのである　いるはずの宮がいない　現場で何が起こったのか　どうアタフタしながら事実は曲げられたのか　平家物語・源平盛衰記を繰り返し読むしかない　何か新しいことが書かれてはいないか　　宮は玉水で喉を潤す　ここで初めて馬を降りる　乗馬はもとより不得手だったはずだ　瀬田から宇治までの間に６回も落馬している　それでもラストスパートとなれば頑張るのか　とにかく玉水の水は美味かった　ようやく人心地が付いたと歌を詠む　何の余裕なのか　ノンキなのか？　自棄なのか？　いやそうではあるまい　そうせざるを得ない理由がある　切迫のあるべきところに暢気があるのだったら　それはやっぱり暢気ではなく切迫なのだ　つまりこれはマーキングなのだと思う　道端の柴を折って通過の目印にしようというアレである　此処に私が確かにいたと　私が私だというのだから多分私に違いないだろうと　強調したがっている　そしてそこから一気に絶命シーンに直結する　玉水からそのまま奈良を目指す先が綺田である　カバタというのは川端ということだろう　それが現在の高倉神社の場所なのだったらここは川端ではない　またその時に宮に供奉していたものの名前も諸本実にまちまちである　ズタズタにそのメンバーは違う　延慶本では長谷部信連まで登場する朦朧とした世界だ　諸本アレコレ比較して何が何だかよく分からない　そしてそんなこんなで追っ手が急に飛び掛かり雨アラレと矢を射かけてくる　そうした一本が宮の脇腹に刺さり落馬した所に寄って集って首は取られてしまう　この油断ぶりはどの本も共通である　ちょっと緩んでいるところに虚を突かれて宮の命は取られてしまい　そして宮がやられた後　急にシマッタ此処が死に場所だったんだとイキナリ大立ち回りがある　実にへんてこりんな間なのである　これも諸本に共通している　それはつまりこのグループには既に以仁王はいなかったからではないか　それが私の推理である　居なかったと分かったから　その後の平家軍の対応はそういうドタバタの　辻褄合わせになるしかなかったのである　以仁王は消えた　イリュージョンが何処かで行われたのである　直前のどこかで　よくよく考えて貰いたい　日胤や浄妙　大勢の腹の据わった叡知が束になっている　察知と瞬発に生きる天才の集団　武人兵隊にも職業的野心や勘はあろうが　自己プロデュース能力について悪僧たちのそれは全く桁が外れる　誇りによって記録にも残さず　それ故に後世には理解されにくい世界　凡百に何がわかる　半端な弁護など笑って拒否するだけなのだ　それほどの優秀な僧たちが何故バタバタと呆気なく討たれたのか　それは追手の武骨連中の想像を超えた「何か」があったからだと　以仁王を安全に逃がすために　そちらから完全に目を逸らして呉れれば呉れるほど以仁王のセキュリティは上昇するような　それには平家武人の発想では疑い切れないような　なるべく単純平易な構造が望ましいのだ　集団の中心に居て周囲に守られるようにしていれば　それなりの格好をしていればそれは貴人であり以仁王でしかありえない　それなら誰かがその役をやればそして簡単に討たれてやればもう連中は疑わない　「他に本物がいて」などという発想は浮かぶ筈がない　いやしくも最高知能の悪僧たちがそう考えずにまごまご討たれている筈がない　もしまごまご討たれているのならその段取りが付いたからに決まっているのだ　その証拠に以仁王の屍体は出て来なかったではないか　（​つづく​）

  2023.09.29

• 【山城探訪記】　第９回　ひとつの旅の果て。

  　そうして阿漕の浜の様子を確認し、ここが以仁王の命の次の展開点になる。そういう確信をわたしは得た。以仁王の脱出の突破口。イリュージョンマジックの拠点であると。先ほどまでの大雨は嘘のように小降りになり風も弱まった。わたしは車に戻り、この三日間のたくさんの目撃シーンを反芻しながら、帰途に就いた。潰えた気持ちと、現実の山河の強烈なリアリティに委縮した心に火を灯し、肉体の疲弊に鞭打ように更に５時間の高速走行。妄念のごたまぜは確かに危険水域だった。へとへとのわたしは部屋に戻るなりソファに倒れ込んだ。魔性の夏山老人はにんまり笑って何か言いたげだったが対応する気力も無くそこはそのまま寝てしまった。（この一連「山城探訪記」は「以仁王を探せ！」第６章からの抜粋とリライト） 　　　「以仁王を探せ！」​メルカリ​でも販売中　

  2023.09.29

• 【山城探訪記】　第８回　豪雨の阿漕ヶ浦に立ち、詩を詠む。

  　　　　そしてわたしは伊勢湾に行き着いた。　　　　ここは古代から続く　歌枕の地　阿漕の浜。　　　　確認と目撃の旅のおわりにぜひ立ちたかった場所。　　　　　　　　そこにかつてあった美しい浜辺。　　　　その至上の美しさを実感するためである。 　　　　今の日本の海岸線はもはや何処も美しくない。　　　　むろん、その浜辺とて例外ではなかった。　　　　水はヨゴレ、風景は見る影もなく　松原なども宅地に化け　　　　　千古の昔からオレは此処に居たぜと　　　　無茶な自己主張をするかの堂々たるヨットハーバーに　　　　罪をなすり付ける訳にもいかなかった。 　　　　かつてを知らない私にすら　　　　かつてのようなというような比較級では語れないことが　　　　良く分かる。そんなにまで時にくすんでしまった　　　　哀切の浜辺と化していた。 　　　　しかしそのくすんだ哀切こそが今の私には大切なのだ。　　　　その上、豪雨。そして暴風。　　　　そんな伊勢湾の真ん前に、ひん曲がった傘で私は立った。。　　　　なんと似つかわしいことなのだろう。 　　　　その昔Ｍも此処に立ったのだ。　　　　本来凪いでいるのを常態とする内海。　　　　季節に吹く歴史的な幾つかの台風のことなどは別として。　　　　本来ここはやさしい凪いだ海である。 　　　　しかし今日は違うのだ。　　　　季節に外れた豪雨と暴風が吹く海。　　　　大自然の気紛れはいつも私に多くのことを言う。 　　　　ヨットハーバーに雨宿りさせて頂こうと駆け込めば　　　　ここは権利者以外立ち入れないのだと言われた。　　　　権利とはいったい何のことですか。男は笑う。　　　　会員かどうかってことですよ。いろいろ財産をお預かりしてるもんでね。 　　　　仰る通りです。　　　　暴風雨のしのぎ程度では、私は拒まれて当然な存在なのである。 　　　　そう。拒否こそがこのＭのストーリーに似つかわしいのだ。　　　　一瞬気持ちが溜まった。　　　　それからゲラゲラ笑いが込み上げた 　　　　浜辺とはいったい何だろう。　　　　ここは本来　どんなことをする場所だったのだろうか。　　　　貝を拾ったり、海藻を拾ったり　　　　　そして海を陸に取りなすもてなしの場所だったのではないだろうか。　　　　磯の匂いを体一杯に吸い込む場所だったのではないか。 　　　　けっして　　　　そこから逃げ出す船を待つところではないだろう。 　　　　Ｍはどんな思いで船を待ったのか。　　　　ホダラに渡海する上人たちのようにだったのか。 　　　　私はかつて２０世紀の映像というタイトルの　　　　ある悲しい動画を見たことがある。 　　　　それは一人の詐欺師のみじめな表情だ。　　　　　エンパイアステートビルから飛べると言って皆から金を集めた男　　　　そしてそのまま本当に飛ぶまでを映した映像。　　　　カメラに向けたこわばった笑い　うつろな目線　　　　それから男は２本の素手だけで懸命に羽ばたいて飛んだ。 　　　　それを地上から待ち構えている冷酷なもう一つのカメラ　　　　当時最新のダゲレオタイプのムービーである。 　　　　あんな感じで　スポンサーがついたら誰だって　　　　やめられないところまで行くのだろう。 　　　　粗末な船でホダラに渡海した数多の上人たちだって　　　　　そうと決まったら海に出ねばならぬ　スポンサーのために　　　　海に行き　膿を生まねばならないのだ。　　　　売ると言って　買うと言われたら　もう売らないわけにはいかないのだ。 　　　　重盛の長子　嫡男中の嫡男　維盛を思う　　　　熊野からホダラの海に出てそのまま行方不明　　　　意地の悪い連中は　ほんとうは何処かへ辿り着いて　　　　そのまま逃走したのだとかと言う　　　　もし逃げ落ちたというのなら　それは生き恥だと　　　　武家としては余りに不名誉で語るに落ちない　　　　　だから維盛は渡海したということになる 　　　　入水の決意というとき　どうしても　　　　壇ノ浦における二位尼のことは語らねばならぬ　　　　天皇のおいでになるところが日本の国である　　　　そこがたとえ海の底でも天皇の行かれるところであるのだから　　　　そこが国であると　堂々と詠歌して　　　　　　幼帝その人と　三種の神器　すなわち天皇権のすべてを掻き抱いて　　　　二位の尼は覚悟の入水 　　　　天皇権においては　何があっても　　　　三種の神器は失うわけにはいかない　　　　だから三種の神器を持つ以上　海の底こそが天皇の国であると　　　　二位尼はそれを正面から詠った 　　　　そして草薙の剣は今日に至るまで発見されていない。　　　　つまり後鳥羽以降の天皇権はすべて　イミテーションであるという　　　　動かし得ない事実が残ったのだ。 　　　　海に出るとなれば　絶望を希望に変えようという　そういう覚悟を　　　　人から引っ張り出さずには許してくれないようだ。　　　　　そういう高揚感でＭにも　この浜辺から　　　　是非出立して欲しいとわたしは切に願った。　　　　（​つづく​）

  2023.09.27

• 【山城探訪記】　第７回　惑濁は収まる処を知らず。

  　３日目は更にグズグズ崩れた空だった。この地でまだまだ目撃すべきことは多く、何もろくろく見れていないという焦燥感に心は乱れながら、もはや奈良・山城を去らねばならない。以仁王のたましいの残り香を嗅ごうという旅に、この後ろ髪を引かれる様な感覚が身の内で奇妙なハウリングを起こしていた。以仁王の霊魂は此処に、この辺にまだ漂っているんだよという悪魔のささやき。シューベルトの「魔王」の父親のようにハンドルに身を屈め、木津奈良道の交差点を右折、木津駅を横目に泉大橋を渡った。上狛四丁町を右折して、こんこんと流れる木津川の静かな迫力に吸い寄せられるように国道１６３号線に入った。大和街道、そして伊賀街道。川霧をツタのように身に纏いながら、単純なロードムービーの主人公になった陽気な気分を無理やり演出しようとオールマンブラザーズのウィッピングポストを流したりしたが、寧ろ重さは募った。　伊賀の高倉神社を参拝した。現在の市街からは随分外れた場所にある所為か、雨の早朝で人影はなく、ただ荘厳な神威を強烈に感じた。ここは高倉という名前でも一昨日に行った山城の高倉神社や会津の高倉神社と違って高倉宮以仁王を祀る神社ではない。物部氏のルーツになる高倉下（たかくらじ）を祀っている。古代の物部氏の版図がこの辺りにも及んでいた証左ということであって、伊賀山中のエネルギーの基盤の中心と思われた。以仁王が仮にこの付近を通過したという場合、古代から続くこの神社の名に魅かれ、如何に慌しくも参拝をせずに行き過ぎることはあるまいと思った。　伊賀にはそこかしこに神秘の空気を感じた。高座下そして八咫烏。古事記に依れば神武軍を先導して大和に入りのち葛野の鴨県主となったという人物。八咫烏って鳥じゃないかって？　それが人なんですよね。霊鳥類じゃなくて霊長類です。加茂の祭神の「建耳津身」は熊野においては安曇部の信仰体の「祝」として、つまり八咫烏として機能しているんですよね。カムは神であり可牟（剣）でもあるから鍛冶神的性格も備えている多面的な神体の様で非常に気になりますね。　とにかく伊賀市の図書館に立ち寄る。郷土史資料が充実しており忍者関係のものが圧倒的に多く、非常に魅力的で今回とても脱線している暇が無かったのに少し嵌まり込んでロスタイムとなってしまった。おかげでそこから津の阿漕ヶ浦への移動が忙しくなってしまい、街並みを観ながらの筈が高速で飛ばすことになってしまった。（​つづく​）

  2023.09.25

• 【山城探訪記】　第６回　興福寺の五重塔に添い寝して。

  　翌日は朝から雨であった。気後れしてる場合ではなかったが地元に入っているという安心と雨脚を見ているうちに削がれる気力とで忽ち出遅れてしまった。朝の光の中で宿の真ん前に聳える五重塔を見やりながら「この場所に到達できなかった以仁王」への哀悼は已む事が無かった。ともかく山城への没入を開始した。木津川を渡って左折して川の土手へ。行基の建立した泉橋寺に下りる。そして「山城古道」と名付けられた人家を縫う狭い路地を注意して走りながら何処かに何か８００年前の歴史の痕跡がないかとキョロキョロ見ながら進む。何しろ狭い道ばかりで曲がってみないと先が分からないが、曲がったら軽車両すらも通れないような狭い道だったりする。バックが滅法難しい。そんな進退窮まった状況が３回あった。　兎に角なんとか抜けて「高麗寺跡」を見た。農道の脇にひっそりと石碑が一つという寂しさだが此処に京都府内で最古最大の仏教寺院があったというその欠損の迫力に気圧された。高麗寺は渡来人の狛氏の氏寺であり現在の上狛という大字がかなりな広域に亘ることからも狛氏が相当に大きな氏族であったことが窺い知れる。　以仁王の脱出経路（と想像される幾つかの想定経路全体）をしらみつぶしに走ろうと思っていたのでこの辺りも一つの想定範囲ではあったが光明山寺から見れば南端ギリギリ。これより奈良に近いコースだったら「なんで奈良に行かないの」となってしまうのだから踏査する意味がない。最終的には光明山寺まわりの地勢の把握に努めなければならないが、そこに至る道が見つからない。とにかくこの雨で狭隘な非舗装の泥道を走り回るのも、徒歩で山を超えるのも準備も気力もないのだった。色々方針を修正して車で行ける範囲として木津川沿いから隣の和束町に入って、古代の恭仁京の跡地、安積親王の御陵から井手町の玉水に抜けるコースを走って（つまり以仁王の推定退路を逆行するイメージ）山の感じを掴みたいと考えたがこれが思いの外悪路で、というか長引く雨で山全体がグズグズになっていて走行自体が危険な感じなのだった。　それでも何とか山を超え、井手町に入り、余計な感じはしたが小野小町塚というのが気になって路地に入り込んで探しあぐねたり、橘諸兄公の旧跡への道が悪路でスリップして登れず断念したものの道幅の余地がなくて方向転換に手間取ったり。思いの外あれこれ時間がかかり蟹満寺から肝心の光明山寺への細道がどうしても見つからず、しかも雨が本降りとなって空も暗くなって来たので給油所で洗車をしたが車の奥底にこびり付いた泥は深い存念の籠ったもので到底簡単には落ちそうになかった。　ホテルに戻り、本当にキモチがくたばってしまっていたので何か元気の出るものを食べようとマスクを装着して奈良まちに出た。目についた「天丼まきの」で躊躇なく頼んだ大海老５本の上天丼で一発回復した。目前の古本屋で平泉澄「再読父祖の足跡」というのを７００円で買った。「以仁王の東国生存説は頼朝の窮余の一策」という一節が飛び込んできたからである。タイムリーな買い物である。すぐ戻ってホテルで読み耽った。寧ろ疲れは取れ、つくづく自分はフィールド派ではなく書斎派なんだなと思った。これは惰弱の謂いである。（​つづく​）

  2023.09.23

• 【山城探訪記】　第５回　山城図書館の痛み入るご親切。

  　綺田の高倉神社から次の目標の山城図書館に急いだ。天候は相変わらずパッとせず、まだ降らないが何時降ってもおかしくない空模様であった。ＪＲ棚倉駅の程近くに図書館はあった。こちらの図書館は数日前に電話で打診をさせて戴いた際に、「山城での以仁王の絶命に疑義があって調べている」旨を正直に申し上げて、どんな微細な情報でも見させて欲しいという風に訴えたところ、ご対応いただいた石原さんという司書の方が「該当資料が幾つかある」という折り返しの電話をわざわざ下さった。ここはもともと木津川市に合併する前は山城町であって、以仁王事件が起きた該当の市町村なのであるから大いに期待して伺った。資料は既にカートに山と積まれ準備されていた。石原さんは非番でお休みされていたが、資料の該当箇所に細かく付箋を付けてくださっていて真に痛み入るご親切であった。町史も隣接市町村の分もあり、ここが相楽郡、綴喜郡と呼ばれている頃からの古い資料もあり、平家物語も私の見落としていた項目まで細かい付箋が付けてあり、緻密な仕事をされる方だと感心した。分量が多いので手の空いておられた司書の方が一緒にコピーを取って下さったり、本当に良くしていただいた。閉館の５時ぎりぎりまでかかってコピーは終了した。気付いたら昼抜きで猛烈に空腹。コンビニでナッツと魚肉ソーセージと珈琲を買って車中で一息吐いた。遂に雨が降り出した。１５分ほど走らせればもう奈良である。以仁王の目的とした興福寺に斯くも呆気なく到着し申し訳ない気がした。ホテルの部屋から眼前に五重塔が見えるのだった。ひとまずシャワーを浴びて着替えをし、ちょっと街に出た。古都の落ち着いた家壁の色合いは湿潤の中で寂寥があった。自粛のムードに観光客は殆ど居なく、闇に出くわすのは空腹でヒドク気の立っている鹿だけというシュールな夜なのであった。オープンカフェの風の吹く片隅でこっそりとビールを傾けた。（​つづく​）

  2023.09.22

• 【山城探訪記】　第４回　高倉神社および浄妙塚。

  　陽は傾きつつあった。長年訪れたかった高倉神社はこじんまりと小さな村の風景に溶け込んでいた。終焉の地とされる綺田神ノ木。以仁王研究にとってこの高倉神社は文字通り聖地であろうし、以仁王への旅が自分のルーツ探しに関わる、絶対的先祖探求の旅でもある私においては先ずトックに到達すべき場所であった筈だが、長くためらい続けていた。そこで何かを見知ることで決定的な前提の間違いが分かり、振出しに蹴戻されることが怖くて相当な準備なしではとても踏み込めないというのが本音であった。しかし避けては通れない道であったし、最終的には先祖の伝えてきたところを実地に検分するしかないのは今生きている私にしかできない仕事である。強烈な磁石に吸われるように私は山城に向かい、その吸い込み口にべたりと貼り付いた。ここが旅の終わりに向かうダンテが歌いそうな入り口であると覚悟も決まっていく。　ＪＲ奈良線は南北に一直線のシンプルな単線であるがその玉水～棚倉間の線路脇に「以仁王墓」および陪塚「浄妙塚」はあった。事前にストリートビューで何度もイメージトレーニングをしていたにも拘らず実際の現地は想像以上に路地が狭く軽車両でなければ切り返しをせずに曲がれない道もざらにあるのだった。しかも線路がすぐ横を走っているために初め着いた神社の裏側から正面に行くためには踏み切りを二度渡らなければならないのだった。神社正面だけは少し深いストロークがあって普通車が３台くらい駐車できる余地があった。そこに停めて早速参拝し、神社右に隣接する「以仁王墳墓」にも手を合わせた。それから境内をくまなく、夜中に床を掃除する丸くて平べったい掃除機の様に歩き回った。他人の徘徊しないコースも歩くから顔に大きな蜘蛛の巣がべたべた巻き付いて大慌てで取り除いたりした。　そんな私が奇異に映ったのか、好奇心が刺激されたのか。いつの間にか近所の方がそれとなく見に来られてにこやかに「どちらからおいでですか」と話し掛けてくださった。温和な感じの私より少し年配の紳士であった。私は例によって熱に浮かされたように「会津からです。以仁王がこの地を逃れ、会津に達したという伝説の真偽を調査中の者です。」と捲し立てるとその方は「そうですか、でも以仁王は此処で亡くなりましたよ。それを目の当たりにしたこの地に住む私らの先祖が彼の悔しさ切なさを思って懇ろに弔い、既にありましたこの神社に新たなご神体として合祀申し上げたのです。それからこうして近所輪番でずっと境内を清掃し続けているのです。失礼ですが、その会津の地のお墓は皆でいつも掃除なさっておられますか？」そんな風に地に足の着いた落ち着いた口調で仰られた。　更に「以前、以仁王の本を書かれたという方が来られましたよ。ここで殺されたのは替え玉で本人は変装して逃げおおせたということですが、私らは此処でそんな替え玉を立てる余裕はなかったのではないかと思いますし、そういう本を送られても困りますと申し上げましたな」と朗らかに笑われた。地元で農業をされながら「里山を守る」取り組みをなさっておられる柴田直三さん。帰りにお土産にと取れたての黄色い大きな「まくわうり」をいただいた。今は見かけないでしょうが昔からある食べ物です、と含蓄のあるお言葉とともに。　お暇を告げ、少し飛び地になっている「浄妙塚」も確認し、其処から車に戻り東方向に緩斜面をずっと登って行った。たしかに良く広がった扇状地の地形である。この辺りの何処かから蟻が這い出る様に確かに東の山中に抜けた以仁王のことを思いながら、先ほどの柴田さんの「此処でそんな余裕はなかった」という言葉が残響していた。あの場で反論することも適わなかったが、私の感じているもう一つの直感が疼いた。以仁王はこの神社のポイントには来ていない。そのイメージが強まって来ていた。ともかくもっと歩き回ることしかない。幸い此処は古い町で、昔の良い情緒が優しく温存されている。決めつけることなく印象を出来るだけ吸い込んで帰ろうと思った。（​つづく​）

  2023.09.21

• 【山城探訪記】　第３回　井手町の図書館にて。

  　そこから私は一路井出町を目指した。井出町立図書館司書の鈴木浩史さんとのお約束の時間が迫っていた。その数日前に私の気紛れの電話の取材に快く応対していただいた方である。その際にこの山城一帯の特徴的な地形のご説明をいただいた時に「まず百聞は一見に如かず」と感じたことが今回の大きなモチベーションになっていた。そして「もし以仁王の行程を俯瞰できる高台があったら教えて頂きたい」という私のリクエストに即座に「この図書館の場所が眺望のいい高台です」と仰られた。濃密な知性と直覚し、お会い出来ることが楽しみなのであった。現場を知る方からアクティブなヒントをいただきたいと切に思った。　図書館は確かに丘陵の上にゆったり構えるミニマルな合同庁舎の一角にあった。駐車して降り立つと鈴木さんはもう外で待ってくださっていた。お忙しい方で次々と来訪者があって都度都度惜しまず対応なさっていた。単に司書というよりも町内の文化学術を中心にヨロズ請負人的な色彩のある方だと分かった。とにかく時間が勿体ない、そして面前の緊密な会話は憚れる状況でもあり、このまま風のある戸外でマスク越しに立ち話となった。　開口一番、この高台から見える地形全体の話。河岸段丘と東は扇状地、これがこの辺りでお茶を特産するゆえんであること。「ここから南を望めば井出町と山城町（現在は木津川市に所属）の境界にかの以仁王終焉の地とされる綺田（かばた）があります。また以仁王が水を所望した《玉水》はちょうど通ってこられた懸崖のある所ですし、《贄野の池》は今日の長池の地点であることはほぼ異論のないところです。」　私は内心ひどく恥じていた。此処に辿り着くまでに私は以仁王の生涯にとって重大なポイントである「贄野池」と「井出の湧き水」をはからずしも目の端に映しながらもスルーしてしまっていたのだ。人との出会いこそが人生の最たる重大事という判断に間違いはなかったが、ものを知らな過ぎた。どこかで遡行してでも見に行かねばと思いながらも、このあとは終焉の地「高倉神社」にまず向かわねばならない。　鈴木さんは更に「木津川は天井川と呼ばれる代表的な地形であり、河岸段丘が大きな溝を作るために東から注ぐ支流はことごとく本流を目前にして地下に潜る枯れ川になってしまう。そこが滝になったりもしていて以仁王が水を所望した《玉水》はまさしくその手前で滝として落ちた川が再度湧き水として地表に出てきたものであり、源平盛衰記に以仁王が詠んだ歌はまさにリアルに現状を説明しており以仁王が確かにここで水を飲んだ証明なのではないでしょうか」とも仰った。源平盛衰記の該当箇所のコピーもいただいた。　私のほうは質問として「会津伝説で以仁王を慕って追って来た妻女の従者が橘氏の子女とあるが、ここ井出は橘氏の本籍である筈だから此処で以仁王を匿ったという可能性はありますか」と申し上げると「それはなんとも言えない。奈良時代には確かにここに橘諸兄の広大な旧宅があったが、奈良麻呂の乱で急速に衰え、その後は廃墟と化している。随分経って嵯峨天皇の皇后橘嘉智子がこの地に眠る父祖の遺物を整理したという話があったが嘉智子自身も京都で生まれている筈でこの地に十分な旧態勢力があったとは思えない」と仰っしゃられた。　なるほど、現地に来なければ思いもつかないことばかり。短時間ではあったが幸先よく有益な内容で、うまく素晴らしい方に出逢えた僥倖を噛み締めながら罷り出でた。（​つづく​）

  2023.09.20

• 【山城探訪記】　第２回　先ずは宇治を拠点に。

  以仁王の残像を求めて山城を潜行した記録。本文４３５ページ。------------------------　先ずは宇治を目指す。平等院での武力衝突以降の以仁王の最もピークとなる部分の検証がメインテーマであるからだ。その前の前半の動きである「三井寺から平等院まで」は随分前だが一度ドライブしたことがあった。その記憶を後から足し算することにして今回は先ず宇治川を目指した。新東名、伊勢湾岸道、新名神、最後は京滋バイパス。快調な走りだった。木曽川、長良川、揖斐川の三川合流は湾岸道路で中空を飛ぶ感じでスペクタクルに観た。これはもう大河と言うより海そのものであって、しかも雨がちの毎日であったから川ごとに色を変えた泥流が大迫力であった。東海道の旅が古来ここだけは伊勢湾を海路を取り、陸路は近代になるまで有り得なかったことの理由を改めて体感させられた。　京滋バイパスの宇治東インターを出てからは、宇治橋にはほぼ一本道であった。観光案内所に停めて、ともかくも橋のたもとに走り寄った。雨後である。予想以上にもの凄い流れであった。ゴンゴンと確かに音を立てる激流でコンクリートの橋げたに触るのではないかというくらいの危うい水量だった。橋梁が持ち上がり橋脚から外れるのではないかという恐ろしさだった。宇治川は今では天ヶ瀬ダムで水量をコントロールされているわけだから、当時だったらもっと暴れているということか。以仁王事件は旧暦の５月下旬であるから今とほぼ同じ季節、梅雨の真っ只中である。この同じ状態の川で橋板を外した欄干の上でひとを飛び越えたり、馬筏で渡河したりしたというのはどんなに凄い光景だったのか、想像しながら濁流を茫然と目に焼き付けた。　宇治の町の路地を少し走り回った。ユニチカと任天堂の工場が大きくて錆びた看板にも風格があり昭和の佇まいがあった。図書館は丘の上にあり、郷土資料が充実していた。市史などを複写させていただいた。（​つづく​）

  2023.09.20

• 【山城探訪記】　第１回　以仁王の故地に向かう。

  　以仁王はどこに消えたのか？この多面体の謎を解くためにはまず山城に行かねばならないと思った。終焉の地とされる高倉神社である。　じつは恥ずかしながら私は今までこの山城というところに一度も降り立ったことがなかった。京都から奈良に行ったことは何度かあっても、その時この山城を通過したとしても、そこに下車して散策するなどという発想は全くなかった。ゆえに土地の体感は全くないのであった。それなのに、こんな風に様々な考証を繰り返し、想像の翼を広げているのも可笑しな話だった。行かねばならない。以仁王と同じ目線に立たねばならない。　それで私は自分の運転で一路、まず宇治を目指した。２０２０年７月１２日未明。未明というより完全な真夜中。丑三つ時。少しだけ備忘的に周辺状況を書いておきたい。この２０２０年は人類史にも地球史にも未曽有の節目の年となった。前年中国で発生した疫病が世界的に蔓延し、人類は感染を避けるためにまず親近者との接触を避けねばならなくなった。肉親がその災厄で亡くなった場合に顔を見るどころか葬儀に出ることすら叶わない。一生の大親友とも今生の別れが言えない。人間のコミュニケーションの根底を揺るがす問題が現出したのだ。　私にしてみても今回この一世一代の大テーマ。様々な机上の推論を尽くしていよいよ足を踏み出さねばならぬという大舞台。以仁王の見た現実の山河を見、辿った大地を踏みしめ、深い山中に（ことに山城と伊賀に）彼を支えた人々の気配を感じに行かねばならぬと思い詰めていた。生きて来て常々思うところ、「この世は知らなかったことで出来ている。そして本当にモノを知るには現地に行きヒトに会わなければならぬ。」そうと念じて来て、また此処に以仁王という終生の課題を突き付けられ、いよいよ神輿を上げねばという時宜にコロナ禍という人との分断を余儀なくされる状況のジレンマ。　大きな逡巡の中で、自ら墨守すべき以下の条件を設定した。①移動は自家用車で無用に社外に出ない②基本的に地理的環境の確認を中心にする③人との接触は最小限に④必要な会話は風のある戸外で十分な距離を取りマスク越しに短時間に済ます⑤資料の閲覧等は前後に手を洗う、等々。これが実情であったし、このことを書き残さずにはいられない。やがて哂える思い出になることを希うしかない。　３日間。その日程で、見たいものは沢山あった。宇治から山城に限局されると言っても、その範囲は広く、また確認したい地点箇所も多いため、車での移動は必須であるという判断で自家用車を動かしたが、首都圏からの往復を含めた３日間というのはハードであり、老境とは言い澱むが思考力想像力気力の持続は覚束無く、覚悟していた以上に細かい確認は出来なかった。天候も最悪。連日の雨でぬかるんだ山道を走るのは崖からの滑落など身の危険さえ感じた。しかしそれでも現地を見て歩いて感じたことは想像をはるかに超えて強烈で、大雨での宇治川、木津川の濁流を見るにつけても八百年前の全く同じ季節にこの山中で同じ難儀に遭っていた以仁王の苦難を身をもって実感できたのは何よりの成果である。（​つづく​）

  2023.09.18

• 精読「以仁王を探せ！」第２５回　学問の師・日野宗業の登場。

  拙著「以仁王を探せ！」精読を続けています。以仁王の遺骸の検分の後半部分。本文２４０ページ。------------------------　医者に見せ、妻女に見せる。そしてその後「確かならずとて、御頸をよろづの人に見せける。」不確かだと云って、貴人の生首を多くの人に見せる。これは言語道断の感覚だと思う。こんな有様の中で『愚管抄』が次のように書いている人物が登場する。「御学問の御師にて宗業ありければ、召して見せられなんどして一定なりければ」この人物が確認して以仁王の首と確定したということなのである。大僧正の慈円によってこれほど丁重に扱われる宗業とは何者なのか。　宗業は、かの親鸞＝藤原範宴の伯父である。藤原北家内麿流の、代々文章博士を輩出する名だたる儒家の家、日野家に生まれ、母方は清和源氏の嫡流、八幡太郎義家に繋がる。若い時には昇進がなかなか叶わず長く足踏みをしていた。しかしやがて時を得て平安末から鎌倉初頭にかけて知的官僚として重きをなし、最晩年の建保５（１２１７）年には従三位まで昇進した。因みにこの「建保」という年号の勘申者が宗業本人であった、とある。　彼の前半生の遅々とした出世ぶり、そして途中からとんとん拍子に上がって行った不連続性。無論それは時の運というよくある話だろうが、そこに何かの付加的な問題は無かったのか。すくなくともこの以仁王首実検の呼び出しが大きなきっかけででもあった様に宗業は出世し始めるのである。宗業は何か重大な役目と引き換えに出世を手に入れたりしたのではないかという推理憶測は当然出てくる。　元々優秀な男であることはハッキリしている。そして不遇の時期に、やはり芽を摘まれて苦悶していた以仁王と出逢い、その心の屈折を通い合わせたのではないかという想像もされている。宗業は血の通った生きた思想の言葉を伝え、以仁王はそれを自立の糧とした。ひ弱で柔和なイメージが付きまとう以仁王が時折垣間見せる骨太な瞬間、その最たるものは例の、三井寺の大衆が王を六波羅へ引き渡さないと決議した際に、大衆の熱意に応えて「衆徒たとひ我をこの地に放ち、命を終ふべしといえども、更に人手に入るべからず」と述べ、兼実をして極めて肯定的に「意気衰損なし。はなはだ以て剛なりと云々。見る者感嘆せざるなし」と言わしめた以仁王のバックボーンの形成に強く関わった人なのではないか。　この深いところで以仁王と結びついていた宗業が「以仁王とされる遺骸」を見たときにどう考えたのか。ほとほと困った連中が「これが以仁王である」ことを決定づけてもらいたがっている。そのことがほぼ自分の一存の中にある。そう考えたとき「これが別人であったにせよ以仁王はすでに死に体である。どこかに生きて逃げ延びたにせよ、もはや復活は叶わない。」宗業の頭の回転の中で、ここを人生の転機という判断があったと私には思える。　つまりこの死骸は以仁王ではなかったからこそ、宗業の存在の意味が出てくるということになる。（​つづく​）

  2023.09.17

• 精読「以仁王を探せ！」第２４回　死亡確認の杜撰。そして妙な偏執的綿密。

  拙著「以仁王を探せ！」精読を続けています。以仁王物語の流れの整理の部分。本文２３９ページ。------------------------　杜撰な死亡検分。運ばれた遺骸に対する検分が更に不思議なのである。　以仁王の所在は不明だったはず。というならば首など出て来る筈は無いではないかと思うのに、以仁王の首は都に運ばれて首実検されたというのである。公的役職もなく人前に出ることもなかった方であったためにその容姿は人に知られず、適当な実検人が見当たらなかったため、様々な人が駆り出されたという。そのうちの一人はかつて以仁王の治療をしたことのある医師の和気定成（わけのやすしげ）であり、一人は宮の子を生したことのある女房であった。しかしこの呼び出しに定成の方は大病と申して参上しなかった。　和気定成。保安４（１１２３）年生まれ。文治４（１１８８）年没。貞相（さだすけ）の３男。医博士、侍医、典薬頭（てんやくのかみ）、織部正（おりべのかみ）などを歴任。和気氏の中興の祖。勅により「合薬方」を著す。当代屈指の名医として耆婆扁鵲（きばへんじゃく、古代インドと中国の伝説的な名医）に例えられた。後白河上皇および高倉天皇の腫瘍を治療したのだという。かつて治療した以仁王の病というのも顔面に出来た瘡であって、難しい腫瘍を次々に治すというのは確かにただ者ではない。御大事になりかけたのを、目出度く治療したとあり、その痕があったので王の子を生した女房が確認して見間違うことはなかったと展開するが少し奇妙である。誰が見ても腫瘍の痕で判るということと妻が見間違わないこととに何の関係があるのだろうか。何かリズムの噛み合わなさが漂っている。定成は不在のはずである。　この定成が「大病と申して」呼び出しに応じなかったのは「病気だと言い訳をして」と読める。巻き込まれたくない何かがあったからなのだ。偽証することに耐えられなかったのではないのか。顔に疱瘡の跡があったのなら誰の目にもそうと分かるというのだが？　この時のそこにあった死体の状態はどんなであったものだろうか？若しかしたら誰の首と確証できるような状態ですらなかったのかと。そういう「確認できかねる状況」を皆で目指していたのではあるまいかとまでの邪推である。　　以仁王の顔には痘瘡の痕、あばたがあったという事は分かっている。この時代にそういう人は多かっただろう。　それを死体検分の重大な、ほぼ唯一の決め手として頑張るのは何故なのか。そして専門家の医療関係者が来ないとなると、専門家風の人を呼んで「もうここで決着でしょう」と収めようとしたのは何故なのか。これは寄って集った辻褄合わせではないのか。疑念は募る。（​つづく​）

  2023.09.14

• 精読「以仁王を探せ！」第２３回　「以仁王は行方不明」なのに「死体は運ばれる」

  拙著「以仁王を探せ！」を一緒に読み込もうという試みを続けています。本文２４８ページ。------------------------　２７日、『玉葉』には、「凶徒の罪科」に関する朝廷での会議が長々と記録されている。そこでは「以仁王は行方不明」という立場であった。源以光(以仁王)、謀叛を巧みて、園城寺に逃げ籠もり、かの寺の凶徒同意の間、その所を避け南都に赴く。興福寺の悪徒また以て与力す。未だ前途を遂げず、路次において頼政入道以下の軍兵等を誅殺すといえども、かの以光その内を漏るるか。世の疑ふ所、もし南都に移住か。但しこの条分明ならずといへり。　これは左大臣経宗からの総括である。頼政らは誅殺したが、以光は討ち洩らし既に南都に逃げ込んでいる可能性があるが詳細は不明であるという。この会議の結論部分で、興福寺に対する処置は「まず使者をさしむけて、謀叛の子細を報告させ、以光の在否を調べ、その結果によっては官軍を出す」という事に落ち着く。つまりこの会議は以仁が討ち取られたとはしておらず、興福寺に匿われている可能性を真っ芯に据えている。　また、ここで注意したいことは、以仁王こそが叛乱の中心人物であって、頼政は「軍兵」としてサブの位置にいるということである。後付けの『平家物語』では風流を愛する文人の、痛々しくひ弱な描写に終始して、頼政・仲綱・兼綱の武力による叛乱と更正されても、リアルタイムでは全く違った認識がされていたということなのである。　そして何よりとにかく以仁王は行方不明ということなのである。遺骸は見つからなかったのだ。それなのに白装束に包まれた首なしの胴体部分はが戸板に乗せられてワイワイと運ばれたという。それを贄野池の水草の陰から以仁王の側近の宗信がぶるぶる震えて見ている。そのくだりを平家物語、覚一本で改めて読んでみよう。　その中に宮の御乳母子の六条亮大夫宗信は馬は弱る敵は続く遁れるべきやうなかりしかば新野池へ飛んで入り浮草顔に取り覆ひ震ひ居たれば敵は前をぞうち通りぬ　ややあつて敵四五百騎さざめいてうち帰りける中に浄衣着たる死人の首もなきを蔀の下に舁いて出で来たるを見れば宮にてぞましましける　我死なば御棺に入れよと仰せられし小枝と聞えし御笛をも未だ御腰にぞ差させましましける　走り出でて取り付き奉らばやとは思へども恐ろしければそれも叶はず　敵皆通つて後池より上がり濡れたる物共絞り着て泣く泣く京へ上つたれば憎まぬ者こそなかりけれ　六条亮大夫宗信が、接近する敵の大軍への恐怖から馬を飛び降りて贄野の池へ飛び込み、顔を浮草で隠して震えて見ていると、戸板に乗せて担がれた浄衣姿の首なし死体が通る。そして「それが以仁王であった」と断定する。なぜならば「死んだら一緒に棺に入れてくれと仰った笛が腰に差されたまま」だったからという。この宗信は以仁王の乳母子なのでごく側近である。顔はよく知っている。その男が見るのである。距離や見え方のアングルなどもあろうが如何に変わり果てていようが「首のついた」姿ならば見誤る訳は無かろうと思うのに確言できない。持ち物の笛からそうだと言っているのである。この直前の殺害現場で何があったかは分からないが、屍体は分断されて運ばれている。首の方はどうなったのか。もちろん首も運ばれたことは後々の実検があったことから分かるが、同じタイミングだったのか。もしそうならなぜ分断しなくてはならなかったのか。それならば笛は浄衣の上から再度装着されたものなのか。　その首なし死体は誰だったのか。本当に以仁王だったのか。そうでなければ誰だったのか。宗信は恐怖のあまりに何かを見間違えたのではないか。あるいは嘘を吐いているのではないか。あるいは弱い人間が良く陥るようにものの弾みに云ったことが止め処もなくなって、引っ込みが付かなくなってしまったのか。そういう脆弱惰弱な譫妄体質が、スケープゴートのカリカチュアとして、いいようにアレコレと背負わされたのではないか。　とにかくおかしな展開が続くのである。（​つづく​）

  2023.09.13

• 精読「以仁王を探せ！」第２２回　「平家物語」の以仁王の絶命の場面。

  拙著「以仁王を探せ！」を読みなおす試みの続きである。本文２３３ページ。------------------------　頼政軍に決死の戦闘を頼み、南に逃げた以仁王の運命について平家物語の語るところは次のようになっている。　この宇治川の合戦で頼政以下の主たる武将は討死、以仁王は３０騎ほどで南都へ向けて落ちたが、光明山の鳥居の前で追いつかれて矢を雨のように浴び絶命した。これをみた此処まで近侍してきた三井寺の僧たち、鬼佐渡、荒土左、あら大夫、理智城房の伊賀公、刑部俊秀、金光院の六天狗らはもはやこれまでと次々と討死した。その一方で以仁王を出迎えようという興福寺の大衆はすぐ目前、あと５０町（５・５ｋｍ）と云う至近な場所まで迎えに来ていたのだという。　その非運に大衆は悔しがって涙したというのだが、それほど興福寺が以仁王の謀叛に同意しているのならばなぜそのたった５・５ｋｍすら詰められなかったのか、あまりにツレナイ仕打ちじゃないかと思うがどうか。　興福寺から見たら宇治ですら大した距離ではない。目と鼻の宇治で戦乱になっていることを誰一人知らなかったのか、そんな筈は無い。誰一人として手を出さずに固まっていただけだ。それが七千余人もいた、ということであろうと思う。保守的で事勿れ主義の経過観察的な分子が相当居たからではないのか。それが事件後に「以仁王の悲運の死」への弁解を遅まきながらやり出したのか。　いずれどんな曖昧な態度を取っていたところで、スイッチの入ってしまった平家に歯止めなど掛からず、実際その年末には平重衡率いる大軍によって興福寺も東大寺までも壊滅的な焼き討ちに遭ってしまうのであるから暢気に構えている場合でもなかっただろう。こうした一連はどう転んでも巨大組織の動きの緩慢さ、煮え切らなさが前面に出た残念過ぎる結果のようにしか思えないのだが如何なものであろう。とにかく謎の多い展開である。（​つづく​）※この機会にぜひとも手に取ってみてください　​メルカリでも購入できます。

  2023.09.12

• 精読「以仁王を探せ！」第２１回　以仁王の最期について。

  九条兼実日記「玉葉」はいつも濃密だが、以仁王の消息については曖昧である。「以仁王を探せ！」本文２３１ページより。--------------------　「玉葉」は淡々と書いている。　２６日、昨夜半に以仁王と頼政は相共に「逃げ去り南都に向かふ」、その情報を得て「武士ら追い攻む」。この一報を聞いた兼実は後白河院に参内して会議にのぞむ。 　午前中の会議では、「園城［三井］興福両寺の衆徒、謀叛を巧み、国家を危くす。よって末寺庄園を停廃すべきか如何」を議論している。午後に入って検非違使からの使いが最新情報を持って院に駆けつける。頼政の党類併しながら誅殺しおわんぬ。かの入道、兼綱、并びに郎徒十余人の首切りおわわんぬ。宮［以仁王］においては慥かにその首を見ずといえども、おなじく伐ち得おわんぬ。　戦闘の様子も報告される。検非違使景高、忠綱らが「士卒三百余騎」で敵を追及した。敵は宇治橋の橋板をはずして平等院で食事中だった。「忠清已下一七騎」が宇治川に入っていった。「河水敢えて深きことなし。遂に渡るを得たり」。そして平等院前の河原で激しい戦闘になった。綺河原に於いて頼政入道、兼綱等を討ち取りおわんぬ。その間かれこれ死者はなはだ多し。疵を蒙る輩、あげてかぞふべからず。敵軍わずかに五十余騎、皆もって死を顧みず。敢えて生を乞ふ色なし。はなはだもって剛なりと云々。その中で特に兼綱の矢前を遁るる者なし。あたかも八幡太郎義家の如しと云々。『平家物語』では、頼政は辞世を詠み、渡辺唱が首を取り、首を石にくくって宇治川の淵に沈めた、ということになっている。だが、兼実が記録した官軍の戦勝報告では、「綺河原」で頼政、兼綱を討ち取ったとしている。「綺河原」は「綺田」ではなく平等院の前の宇治川の河原ばたの誤記であろう。そして何故か兼実はこの頼政一門の捨て身の抵抗を賞賛し高く評価している。少し経って平等院執行からの報告の使者がある。平等院の殿上廊内に自害者が三人見つかった。その中に首なき者が一人あって以仁王と疑われるがと云う。この首なき者が仲綱であったというものもあったらしい。　因みに『山槐記』にはこの首のない自害者は浄衣を着ていたともいう。同じ『山槐記』に「頼政男伊豆守仲綱生死不詳、又宮遁入南都給」とあり、伊豆守仲綱と以仁王の生死は不明であった。　そして午後になって、検非違使季貞から別当平時忠へ「頼政、兼綱幷郎従十余人」の誅殺は終了したとの報告がなされ、重衡と維盛も同時刻に院御所に参入して、報告をしている。　翌２７日、以仁王の舎人から、王は「藍摺水干小袴生小袖」という装束で、「加幡河原」で討ち取られたとの報告があった（『山槐記』）。「宮者慥雖不見其首、同伐得了」（『玉葉』）ということで、首級のないまま追討は完了したとの最終的な結論に至っている。なお、仲綱の遺体は最後まで発見されることはなかった。とにかく兼実のもとには結果が寄せられそれを淡々と記録したが実際の現場は壮絶なのであった。以上のように以仁王の最期について、当時の日記資料は全く曖昧なのである。（​つづく​）

  2023.09.10

• 精読「以仁王を探せ！」第２０回　頼政の最期。

  以仁王を逃がしたあと、頼政の一党は決死の防戦に努める。そのくだり、本文２２８ページ。------------------------　その後の平等院前での戦闘は熾烈であった。次々と渡ってくる平家の大軍。しかし頼政勢の抵抗は激しく、平家側は其処でも押され気味で前進を阻まれた状態が続いた。頼政勢はわずか五十余騎であったともいい、全員が死を顧みない奮戦ぶりであった。切なくも無残にも人にはそれぞれの最期ということがある。そこにどう諦めを付けるのか、あるいは執着し嗚咽し我と我が事に錯乱して果てるのか。偉そうなことを散散言った人間こそ取り乱すのだと物の本はしたり顔で例示する。人さまざま。頼政と二人の息子、仲政と兼綱、そして養子の仲家、その子仲光。そのそれぞれの最後の厳しさを平家物語は迫真の筆致で描いている。以仁王を南都に逃がしたあとの、平家の大軍が遂に平等院に乱入してきたその後の場面である。　　おほぜいみなわたして、平等院の門のうちへ、いれかへいれかへたゝかひけり。このまぎれに、宮をば南都へさきだてまゐらせ、源三位入道の一類残ッて、ふせき矢射給ふ。三位入道七十にあまッて、いくさして弓手のひざ口を射させ、いたでなれば心しづかに自害せんとて、平等院の門の内へひき退て、かたきおそひかゝりければ、次男源大夫判官兼綱、紺地の錦の直垂に唐綾威の鎧着て、白葦毛なる馬に乗り、父をのばさんとかへしあはせあはせ、ふせきたゝかふ。上総太郎判官が射ける矢に、兼綱うち甲を射させてひるむところに、上総守が童次郎丸といふしたゝか物、おしならべてひッくンでどうど落つ。源大夫判官は、うち甲もいた手なれども、聞ゆる大ぢからなりければ、童をとッておさへて頸をかき、立ちあがらんとするところに、平家の兵物ども十四五騎、ひしひしと落ち重なッて、つひに兼綱をばうッてンげり。伊豆守仲綱も、いた手あまた負ひ、平等院の釣殿にて自害す。その頸をば、下河辺の藤三郎清親とッて、大床のしたへぞなげ入ける。六条蔵人仲家、其子蔵人太郎仲光も、さんざんに戦ひ、分どりあまたして、遂に打死にしてンげり。この仲家と申は、故帯刀の先生義方が嫡子也。みなし子にてありしを、三位入道養子にして不便にし給ひしが、日来の契を変ぜず、一所にて死にけるこそむざんなれ。　老齢の頼政がまず痛手を受けて、自害の場所をさがそうとする。そこに襲い掛かる敵を次男兼綱が渾身で防戦にかかるが多勢に無勢で結局打ち取られてしまう。仲綱も釣殿で自害しその首は下河辺清親が床下に投げ入れる。清親という名は下河辺の系図にはなく、戦闘に参加していた者としては下河辺行平であろうが、平家物語にクレジットされていないのはおかしいくらいの名前なのであれこれ疑問は残る。仲家を帯刀先生義賢の遺児を養子として育ん者とわざわざここで紹介するのも、平治物語の義平との経緯を踏まえているのであろう。兼綱も養子である。義に厚い頼政の日頃が悲しい形だが存分に報われている。　三位入道（頼政）は、渡辺長七唱を召して、「我が頸討て」とのたまひければ、主のいけ頸討たん事のかなしさに、涙をはらはらと流いて、「仕ともおぼえ候はず。御自害候て、其後こそ給はり候はめ」と申ければ、「まことにも」とて西に向ひ、高声に十念唱へ、最後の詞ぞあはれなる。　『埋もれ木の花さくこともなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける』これを絶唱として太刀のさきを腹につき立て、うつぶせに体を貫かせてそのまま絶命した。そこで渡辺唱は泣く泣くその頸を取って、石に括り合わせて宇治川の深い淵に沈めたのである。　このように頼政の一党は子息である仲綱、養子の兼綱をはじめ主要な武将は皆ここで落命してしまった。（​つづく​）

  2023.09.09

• 精読「以仁王を探せ！」第１９回　橋合戦。以仁王の運命を「延慶本」で読む。その５

  橋合戦を原文で読む。関東武士足利又太郎忠綱と馬筏のくだり。本文２２６ページ。---------------------- ⑪平家の大将知盛はこれを恥辱とし何とかしろと命ずるが、侍大将の忠清は迂回しようなどと煮え切らないでいる処に１７歳の関東武士足利又太郎忠綱が馬筏を組めば渡れると主張する。　左兵衛督知盛、此の事を聞き、「安からぬ事哉。加様に咲はれぬる事こそ後代の恥辱なれ。橋桁を渡ればこそ、無勢なる間、射落とさるれ。大勢を河に打ちひたし、一味同心にして渡せや者共」とそ下知せられける。上総守忠清申しけるは、「此の河の有様を見るに、輙く渡すべしとも覚えず。其の上、此の程は五月雨しげくして、河の水かさまさりたり。此の勢を二手に分けて、一手は淀、蹲枝洗ひ、河内路を廻りて、敵の先を切りて、中に取り籠めばや」と申しければ、東国下野国の住人、足利の太郎俊綱が子に、足利又太郎忠綱と云ふ者あり。赤地錦直垂に、火威の鎧に三枚甲居頸（ゐくび）に着なし、滋藤の弓に廿四指したる切符の矢に、足白の太刀に、白葦毛の馬に黄伏輪の鞍置きて乗りたりけるが、多くの武者の中に進み出でて申しけるは、「淀、いも洗ひ、河内路をば、唐土天竺の武士が給はりて寄せんずるか。其も我等こそ責めんずらめ。今無からむが、其の時出で来べきにも非ず。昔、秩父と足利と中違ひて、父足利、上野国新田入道を語らひて搦め手を廻ししに、新田の入道、敵秩父に船を破られて、『船無ければとて、此に引かへたらむは、弓箭取る甲斐あるまじ。水に溺れてこそ死ぬとも死なめ』とて、とね河を五百余騎にてさと渡したる事も有るぞかし。されば、此の河、とね河には勝りもせじ、劣りもせじ。渡す人無くは忠綱渡さむ」とて打ち入る。　⑫又太郎は渡河の心得を伝授する（延慶本はこの部分実に懇切でマニアックである）そして対岸で又太郎は名乗りを挙げ、無位無官の者が宮に弓を引くのは恐れ多いが清盛入道の命令であるからしてと強調する。　続く者共は誰々ぞ。家子には、小野寺の禅師太郎、讃岐広綱四郎大夫、へやこの七郎太郎、郎等には大岡安五郎、あねこの弥五郎、とねの小次郎、おう方二郎、あきろの四郎、きりうの六郎、田中の惣太を初めとして、三百五十騎には過ぎざりけり。忠綱申しけるは、「加様の大河を渡すには、つよき馬を面に立て、よはき馬を下に立てて、肩を並べ、手を取りくみて渡すべし。其の中に、馬も弱くて流れむをば、弓のはずを指し出だして取り付かせよ。余たが力を一に合はすべし。馬の足のとづかむ程は、手縄をくれて歩ませよ。馬の足浮かば、手縄をすくふて游がせよ。我等渡すと見るならば、敵矢ぶすまを作りて射んずらむ。射るとも手向ひなせそ。射向の袖をかたきに当てて、向かひ矢を防かせよ。向かひのはたみむとて、内甲のすき間射らるな。さればとてうつぶきすごして、手辺の穴射らるな。馬の頭さがらば、弓のうらはずを投げ懸けて引き上げよ。つよく引きて引きかづくな。馬より落ちんとせば、童すがりに取り付きて、さうづにしとど乗りさがれ。かねにな渡しそ。押し流さるな。すぢかへざまに水の尾に付きて、渡せや渡せや」とて、一騎も流れず、向かひのはたに、ま一文字にさと着く。向かひのはたに打ち上がりて、忠綱は、弓杖をつき、左右の鐙踏み張り、鎧づきせさせ、物具の水ぞ下しける。門外近く押し寄せて申しけるは、「遠くは音にも聞け、今はまぢかし、目にも見よ。東国下野国住人、足利の太郎俊綱が子に、足利又太郎忠綱、生年十七歳。童名王法師丸とは、源平知ろし召したる事ぞかし。無官無位の者の、宮に向かひ奉りて弓を引き候ふは、恐れにては候へども、信も冥加も太政入道の御上にて候へば」とて、ざざめかいてぞ係けたりける。（つづく）

  2023.09.08

• 精読「以仁王を探せ！」第１８回　橋合戦。以仁王の運命を「延慶本」で読む。その４

  以仁王物語を原文で読む。外された橋板に気付かず次々に溺れる平家軍のくだり。本文２２５ページ。----------------------- ⑨平家軍は橋板が１０メートル外されていることに気付かず、後ろから押されて次々に溺れる。一来法師と頼政が歌を詠み合う。　平家は橋の中三間引きたるをも知らずして、敵計りに目を懸けて、我先にと渡りければ、どしをしに押されて、先陣五百余騎、河に押し入れられて流れけり。火威の鎧のうきぬしづみぬ流れけるは、彼の神名備山の紅葉の、峯の嵐にさそはれて、龍田川の秋のくれなゐ、ゐせきにかかりて流れもやらぬに異ならず。三位入道是を見て、「世を宇治川の橋の下さへ、落ち入りぬれば堪えがたし。況や冥途の三途の河の事こそ思ひ遣らるれ」とて、　 　　思ひやれくらきやみ路の三瀬河瀬々の白浪はらひあへじを　一来法師、にはかに弥陀願力の船に心をかけて　　字治河にしづむをみれば弥陀仏ちかひの船ぞいとど恋しき　河に落ち入りて武者共の流るるを見て、三位入道　 伊勢武者は皆火威の冑きて宇治の網代にかかるなりけり　⑩宮側の大声自慢の荒土佐が一向に川を渡って来ない平家軍を臆病者、見苦しいと散々になじる。　宮の御方に、法輪院の荒土佐と云ふ者あり。異名には雷房とぞ申しける。雷は卅六町をひびかす声あり。此の土佐も、卅六町の外にあるものを呼び驚かす大音声あり。「大勢なれば、さだかにはよもきこえじ。木に上りて呼ばはれ」と云ひければ、岸の上の松の木に上りて、一期の大音声、今日を限りとぞ呼ばひたりける。「一切衆生、法界円輪、皆是身命、為第一実とて、生ある者は皆命を惜しむ習ひなれども、奉公忠勤を至す輩は、更に以て身命を惜しむ事有るべからず。況や合戦の庭に敵を目にかけながら、くつばみを押へて馬に鞭うたざる条、大臆病の至す所なり。平家の大将軍、心おとりしたりや、心おとりしたりや。源家の一門ならましかば、今は此の河をわたしてまし。平家は徒に栄花を一天に開きて、臆病を宇治河の畔に現す。禁物好食自在にして、四百四病は無けれども、一人当千の兵にあひぬれば、臆病計りは身にあまりたりけり。やや、平家の公達、聞き給へ。此には源三位入道殿、矢筈を取りて待ち給ふぞ。源平両家の中に撰ばれて、〇射給ひたりし大将軍ぞや。臆する所尤も道理なり。所以に一来法師太刀をふれば、二万余騎こそ引かへたれ。をこなり、見苦し見苦し。思ひ切りて、はふはふも渡すべし」とぞ呼ばはりたる。（つづく）

  2023.09.06

• 精読「以仁王を探せ！」第１７回　橋合戦。以仁王の運命を「延慶本」で読む。その３

  原文を読む。。その他の僧たち、ことに円満院の奇矯な動き。本文２２４ページ---------------------------- ⑦円満院大輔と矢切但馬の活躍。平家は渡ってくることが出来ず、以仁軍は勇気のない平家を嘲り笑う。　円満院の大輔慶秀、矢切の但馬明禅と云ふ者あり。此又武勇の道、人に免されたる者也。慶秀は、白き帷の脇かきたるに、黄なる大口を着、萌黄の腹巻に袖つけたり。明禅は、褐の帷に白き大口を着、洗ひ革の腹巻に射向の袖をぞ付けたりける。各薙刀をとり、しころを傾けて、又ゆき桁をわたしけるを、寄武者共、矢ぶすまを作りて射ければ、射すくめられてわたり得ざりけるに、明禅長刀をふりあげ、水車をまはしければ、矢、長刀にたたかれて四方にちる。春の野に東方の飛びちりたるに異ならず。御方も興に入りてぞほめののしりける。　橋を引きてければ、敵数千騎有りと云へどもわたり得ず。明禅等にふせかれて、合戦、時をぞ移しける。矢切の但馬、円満院の大輔、一来法師、此等三人して、橋桁わたる武者共を残り少く切り落としければ、後々には我渡らむとする兵なし。平等院の前、西岸の上、橋の爪に打ち立ちたる宮の御方の軍兵共、「我も我も」と扇をあげて、「わたせや、わたせや」とまねきて、どつと咲ひけり。「それほど臆病なるものの、大将軍する事やはある。太政入道殿、心おとりし給ひたり。あれほど不覚なる者共を合戦の庭に指し遣す事、うたてありや、うたてありや」と云ひて、舞ひかなづる者もあり、おどりはぬる者もあり。かく咲ひ、恥ぢしむれども、橋渡らむとする者一人もなし。　⑧円満院は戦線離脱して河を渡って帰ってしまう。　円満院の大輔は、進み出でて散々に戦ひけるが、敵あまた打ち取りて、叶はじとや思ひけむ、河のはたを下りにしづしづと落ち行きけるを、敵追ひ懸かりて、「いかにいかに、かへしあはせよや、かへしあはせよや。きたなくも後をばみする者哉」と申しけれども、聞き入れず落ちて行く。敵間近く責めつけたりければ、絶えずして河の中へ飛び入りにけり。水の底をくぐりて、向かひの岸にあがりて、「いかに、よき冑もぬれて重く成りて、落つべしとも覚えぬぞ。寄せて打てや、殿原」とまねきけれども、大将にもあらねば、よせて討つにも及ばず、目にもかけず。大輔は、「さらば、暇申してよ。寺の方にて見参せむ」と申して、しづしづと三井寺の方へぞ落ち行きける。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​などでも

  2023.09.04

• 精読「以仁王を探せ！」第１６回　橋合戦。以仁王の運命を「延慶本」で読む。その２

  原文を読む。。以仁王に最後まで倶付する筒井浄妙の活躍ぶり。本文２２２ページ。-------------------------- ④橋合戦のはじまり。筒井浄妙、橋の上で矢を放ち太刀を抜き一騎当千の大活躍を見せる。　宮の御方より、筒井の浄妙明俊、褐の鎧直垂に火威の鎧着て、五枚甲居頸に着なして、重藤の弓に廿四指したる高うすべをの矢を後高に負ひなして、三尺五寸のまろまきの太刀をかもめ尻にはきなして、好む薙刀杖につき、橋の上に立ち上がりて申しけるは、「もの其の者に候はねども、宮の御方に筒井の浄妙明俊とて、園遠寺には其の隠れなし。平家の御方に吾と思し召さむ人、進めや見参せむ」とぞ申しける。平家方より、「明俊は能き敵。吾組まん、吾組まん」とて、橋の上へさと上がる。明俊は、つよ弓勢兵、矢つぎ早の手聞にて有けり。廿四差たる矢を以て、廿三騎射臥せて、一つは残りて胡〇にあり。好む薙刀にて十九騎切り臥せて、廿騎に当たる度、甲にからりと打ち当てて折れにければ、河へ投げ捨つるままに、太刀を抜きて、九騎切り臥せて、十騎に当たる度、打と打ち折れ、河に捨つ。憑む所は腰刀、ひとへに死なむとのみぞ狂ひける。　⑤一来法師、狭い橋脚の上で浄妙を飛び越えて前線に出る。　「浄妙房うたせじ」とて後中院の但馬、金剛院の六天狗、鬼佐渡、備中、能登、加賀、小蔵尊月、尊養、慈行、楽住、金拳の玄永房等、命を惜しまずたたかひけり。橋桁はせばし、そばより通るに及ばず。明俊が後に立ちたりける一来房、「今は暫くやすみ給へ、浄妙房。一来進むで合戦せむ」と云ひければ、明俊「尤も然るべし」とて、行桁の上にちとひらみたる所を、「無礼に候ふ」とて、一来法師、兎ばねにぞ越えたりける。是をみて敵も御方も「はねたりはねたり、能くこえたり」とぞほめたりける。此の一来法師は、普通の人よりは長けひきく、勢少し。肝神の太き事、万人にすぐれたり。さればこそ、甲冑をよろひ、弓箭兵杖を帯しながら、身をかへりみず、あれほどせばき行桁の上にて、大の法師をかけもかけず、兎ばねにはこえたりけれ。太刀の影、天にも有り、地にもあり、雷などのひらめくが如し。切りおとし、切りふせらるる者、其の数を知らず。上下万人、目をすましてぞ侍りける。明俊・一来、二人にうたるる者、八十三人也。実に一人当千の兵なり。　⑥渡辺党も加勢して猛攻する中、浄妙は門内に下がり、自分で手当てをして離脱して密かに南都に向かう。　「あたら者共うたすな、荒手の軍兵打ち寄せよや、打ち寄せよや」と、源三位入道下知しければ、渡部党には省、連、至、覚、授、与、競、唱、烈、配、早、清、遥などを始めとして、我も我もと声々に一文字名ども名乗りて、卅余騎、馬より飛び下り、橋桁をわたして戦ひけり。明俊は是等を後ろに従へて、弥よ力付きて、忠清が三百余騎の勢に向かひて、死生不知にぞ戦ひける。三百余騎とはみえしかど、明俊、一来、渡部党、卅余騎の兵共に二百余騎は打たれて、百余騎ばかりは引き退く。其の間に、明俊は平等院の門内へ引きて休む。立つ所の箭は七十余、大事の手は五所也。処々に灸治して、頭からげ浄衣着て、棒杖つき、高念仏申して、南都の方へぞ罷りにける。（つづく）

  2023.09.03

• 精読「以仁王を探せ！」第１５回　橋合戦。以仁王の運命を「延慶本」で読む。その１

  以仁王物語のピークである「橋合戦」。平家物語諸本の中で、マイナーだが素朴な文体に真実のにおいを感じる延慶本で読んでみたい。ブロックに分け、簡単な梗概と原文を掲げる。----------------------------　①三井寺を出る総員は三百余騎、宮は乗馬の不慣れと、寝不足と、憔悴の中で６度も落馬する。ともかく平等院まで辿り着き宮は仮眠を取る。　廿三日、高倉宮は、大衆同心せばかくてもおはしますべきに、山門心替りの上は園城寺ばかりにては弱ければ、源三位入道頼政、伊豆守仲綱、大夫判官兼綱、渡部党には競、継、与、丁七唱、寺法師には円満院大輔、大加賀、矢切但馬、筒井浄妙明俊等を始めとして、三百余騎にて落ちさせ給ふ。宇治と寺との間にて、六度まで落馬せさせ給ふ。此の程、御寝ならざりける故也。宇治橋三間引きてかいだてにかき、其の間、宮をば平等院に入れまゐらせて御寝なし奉る。　②平家は知盛・重衡以下多くの武将を並べ、たかが３００人の以仁軍に総勢２万余を動員する。　平家、此の事を聞きて、軍兵を差し遣して追ひ奉る。大将軍には、左兵衛督知盛、蔵人頭重衡朝臣、権亮少将惟盛朝臣、小松新少将資盛朝臣、中宮亮通盛朝臣、左少将清経朝臣、左馬頭行盛朝臣、薩摩守忠度、侍には上総守忠清、同大夫尉忠綱、飛騨守景家、同判官景高、河内守康綱、摂津判官盛経以下、二万余騎とぞ聞こえし。　③平家軍はたちまちに宇治に追いつき、川を挟んで互いに鬨の声を上げる。延慶本では以仁軍が橋桁を外しておいたために平家軍が押されてつぎつぎに溺れるというくだりは此処ではなく、この先円満院の後に来る。　宇治路より南都へ向ふ宮の御方、三百余騎也。宇治橋引きて平等院に御休み有りけるに、「敵すでに向かひたり」と云ふ程こそあれ、河の向かひに雲霞の勢、地を動もせり。平等院に敵有りと目懸けてければ、河に打ち臨みて時を作る。三位入道も声を合はせたり。平家の方よりは我先にと進みけり。（つづく）

  2023.09.01

• 精読「以仁王を探せ！」第１４回　以仁王の覚悟、名笛「蝉折」の奉納。

  土壇場に追い詰められていく以仁王、しかし皇子の気品は失われることはなかった。。本文２１８ページ。-------------------------　さて奇襲が未遂に終わったため以仁王陣営には打つべき手が無くなってしまい、三井寺の僧侶たちの中には焦燥のあまりに宮に面と向かって心無い事を言い出す者まで出て来る。比叡山は頼りにならない。興福寺から迎えに来るというが未だに動きがない。「三井寺ばかりにては叶ふまじ。何方へも延びさせおはしますべし」此処に居てもらっては迷惑だから何処へなりと行ってくれという無慈悲な捨て台詞である。この心細さの中で以仁王は一つの決心をする。秘蔵の２本の笛のうちの「蝉折」を金堂の弥勒菩薩に奉納されるのである。大変な由緒のある笛でもともとは祖父の鳥羽上皇の持ち物であって、昔この同じ三井寺で１７日間も加持祈祷の上、彫らせて造らせた名笛であり、特に笛というものに志向し、愛執傾倒する以仁王こそへと譲られたものだったのである。平家物語の中でも一番古い写本である「延慶本」には以下のように書かれる。【鳥羽院の御物なりけれども、其の御孫の御身として伝へ持たせ給ひたりけるが、いかならむ世までも御身を放たじと思しめされけれども、三井寺を落ちさせ給ふとて、「今生にては拙くして失せなむず。当来には必ず助け給へ」とて、金堂に御座す生身弥勅菩薩に手向け奉りて、奈良へ落ちさせ給ふべきに定まりぬ。小枝と申しし御笛を、最後まで御身を放たれず。哀れなりし御事也。】つまりもう一本の愛笛「小枝」の方を最後まで携帯なされたという記述が此処でも確認できるのである。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​などでも 

  2023.08.29

• 精読「以仁王を探せ！」第１３回　水面下の交渉、興福寺への牒状。

  以仁王を奉じる三井寺の動きである。本文２１６ページ。------------------------　前回の続きであるが、三井寺は比叡山と同じタイミングで南都興福寺への牒状も発信している。その内容は幾分違っても語調の激しさは山門への牒状と変わりがない。「かの禅門、武士を当寺に入んとす。仏法といひ王法といひ、一時にまさに破滅せんとす」清盛が仏門の聖域を武力制圧しようとしているという強い危機感を表明している。　これに対する興福寺からの返牒は比叡山の冷淡な対応と違って長文かつ熱の籠ったものであった。その冒頭は「そもそも清盛入道は平氏の糟糠、武家の塵芥なり」と過激で挑発的な文体であり、書いたのは信救得業（しんぐとくごう）という学僧であり、このことが後で清盛に知られて、得業は特に追捕を受けることになる。そこで意を決した得業は頭から漆を浴びて容貌を変えて南都を抜け出し、東国に走り、そこで十郎蔵人行家と出会い、行家の「太神宮祭文」の作者となる。その文体は「左小弁行隆を以て、ほしいままに漏宣を構え、あるいは与力を北嶺四明（比叡山）の一山に制し、あるいは法命を南都三井の両寺に滅す。」と、ここでも心頭の怒りを隠さない。その後、木曽に行き、義仲の懐刀となって活躍し、そして最後は親鸞の門下に入ったという。　得業は三井寺に返信するのと同時に、東大寺をはじめ南都の諸寺へ向けて「以仁王の謀叛」への同意を促す牒状を書いた。それらの牒状に込められた得業の熱気は素晴らしく、南都の僧徒大衆の反平家の熱気はかなりのものだったと思わせるに足る。これほど南都に熱気があったというのに、そこに向かった以仁王はなぜ合流できなかったのか。「平家物語」はその不運を嘆き涙する方向に展開していくのであるがここには腑に落ちない部分が沢山出てくるのである。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​などでも 

  2023.08.27

• 精読「以仁王を探せ！」第１２回　水面下の交渉、延暦寺への牒状。

  以仁王の艱難辛苦のものがたり。さらに読んでいきます。本文２１４ページ。----------------------- 　牒状とは送り状、三井寺から延暦寺と興福寺に対する、以仁王への加担の依頼状の事である。「平家物語」では「山門牒状」と「南都牒状」が「永僉議」の前に語られている。「永僉議」が戦略の最終作戦会議だったとすれば、二つの牒状は水面下の外交交渉であった。結論を云えば延暦寺は全く頼りにならず、興福寺は理念的な熱い遣り取りはあったものの喫緊の危機的状況に応援に駆けつけてくれるというほどのスピード感は期待できなかった。　「山門牒状」の内容であるが、三井寺はまず清盛を罵倒する。「欲しいまゝに王法をうしなひ、佛法をほろぼさんと」していると云い、その嘆かわしい現実のもとで１５日の夜に以仁王が密かに入山して来られたものを、これを後白河法皇の命令だといって引き渡せといってきた。これを出来ないと拒んだところ、官軍を放ち遣わすということらしいので「当寺の破滅、まさにこの時にあり」と手前の窮状を訴え、同じ天台宗の延暦寺と園城寺は鳥の左右の翼、車の両輪のように助け合うべきだ。とその連帯を求めたのである。しかし延暦寺は前年治承３年秋のクーデターから座主は清盛の腹心の明雲であり、まったく飼いならされている状態であったし、さらに懐柔篭絡の事前工作も入っていたから三井寺からの牒状に対し反応は冷淡だったのである。　何よりも三井寺の書きぶりに対して、鳥の左右の翅やら車の二輪に似たりと書くなど延暦寺の末寺でありながら対等であるかのように書くのはもってのほかという反応で、結局返答もなかった。　とは云え、延暦寺は巨大な組織であり、座主が平家の子飼いであっても山全体が一枚岩である訳ではなく、以仁王の状態に同情的な意見もかなりあったようである。それを紡ぎ出したいのが三井寺であったし、それを徹底的につぶしたいのが平家なのであった。　平家のやり方はともかくダイレクトであからさまなものだった。「近江米１萬石、美濃絹三千匹」を贈ったのだという。突然の大量の米と絹の提供で、各々取るに任せたので「一人してあまたを取る大衆もあり、また手を空しうしてひとつも取らぬ衆徒もあり」という大騒ぎになった。落書が現れた。「山法師おりのべ衣うすくして恥をばえこそ隠さざりけり」「おりのべを一きれも得ぬ我らさへ薄恥をかく数に入るかな」宗教者だろうが聖職者だろうが、物欲の垣根は軽く飛び越えるものだと、人間の原理はいつも勉強になる。ともかく、このようにして平家の山門工作は成功し以仁王の道はまた一つ断たれてしまうことになる。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​などでも

  2023.08.26

• 精読「以仁王を探せ！」第１１回　重大な局面「永の僉議」

  以仁王物語。大きな岐路の部分に差し掛かる。本文２１３ページ。--------------------　いっぽう三井寺では２３日の夜に、「永僉議」（ながのせんぎ）があった。議論が無駄に長引いたという意味深長なタイトルを平家物語は付けている。ここは以仁王の陣営としては起死回生の、あるいは大逆転ともなり得る決死の作戦であった。このとき頼政が皆を集めて説いた内容は『源平盛衰記』に細かく叙述がある。その要点としては平家の拠点、六波羅への夜襲である。先ず部隊を二手に分ける。老僧や稚児らが如意が岳から六波羅の搦手側の民家に火を放って平家の軍兵を引きよせる。これは陽動作戦。その隙を見て主力部隊が六波羅に打ち入って火を放ち、清盛・宗盛を討つ、というもの。搦手に向かう老僧部隊の大将を頼政が、大手にむかう中心部隊を率いるのが伊豆守仲綱である。　頼政・仲綱・兼綱らが勇猛な知将であったことは論を俟たない。当然、さまざまな戦術を検討したうえで、満を持した作戦である。絶対的に劣勢の兵力でいかにして最大効果を上げ得るか。有効な打撃を平家中枢に与えうるかという検討の結果である。武断の専門家、頼政一門の主導の下で本当に果断に実行されていたら戦局は大きく違っていただろうが、うまくいかなかった。まず長老の乗円坊阿闍梨慶秀が下腹巻に衣装束、長絹袈裟で頭を包み、打刀を前垂れに差し、進み出て演説する。「戦に勝つことは軍勢の数ではない」とかつて天武天皇が十七騎で打ち勝った話を言う。話は長々しい。僧侶の世界らしい理屈理念が飛び交う。そこで痺れを切らした円満院大輔がただ一言「御託を並べているうちに五月の短夜は明ける」と言ったので「もっとも、もっとも」と動き出す。大軍は動き出したが闇が暗くて搦手部隊がなかなか進めなかったのと、本隊の方も塀や柵を越えるのに手間取ったりしているうちに結局時間切れで朝になってしまい中止を余儀なくされてしまったのである。　作戦が未遂に終わり、打つ手がなくなった以仁王・頼政は南都興福寺へ拠点を移そうということになる。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​でも買えます！

  2023.08.22

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  擲読雑吼20230820

  レイです。最近の読書について。フランク・グルーバー「笑うきつね」　ミステリーごときと人は言うかもしれないが　とてもノロノロと時間がかかるのは　楽しいせいもあるし　中身に集中できていないせいもある　人生の秋のつるべ落とし　もっと読むべき本もいっぱいあるという　そんな感覚はサイワイにして　とっくにもう無くなっている田村隆一「スコッチと銭湯」　好きになれない田村さん　詩人を名乗る方の中でも　俗臭の臭さではぴか一だと思います　それがスタイルだという？　それでも　きっかけというものは恐ろしいもので・・・　又もやページをめくったりしましたやっぱり駄目でした強すぎる我執の　方向性が私には到底駄目でした無頼というのは　自分で言っていい場合としてブコウスキーのような人だけなのではないか　現存　唯一　私の中で　この人は本当に詩人と思うのは​今井義行​さん　彼の詩は　私には本当にありがたい　人生という出会いのフィールドに慰めがある　彼の　精一杯のバイブレーションに　フトコロに　感謝します

  2023.08.20

• 精読「以仁王を探せ！」第１０回　頼政、馳せ参ずる。

  物語の大展開、トリックスター頼政がアクションを起こす。本文２１２ページ。---------------------------　しかし２２日、この園城寺攻めの陣容が固まった所に思いもよらない事態が勃発する。攻め側の一員であったはずの頼政が俄かに園城寺へと奔ったのである。兼実「玉葉」によれば「昨夜半、頼政入道子息らを引率し（正綱、宗頼相伴はず）、三井寺に参籠す。すでに天下の大事か。」ここまで隠密を保ってきた頼政一門が俄然動いて高倉宮に参じたことが電撃のように伝わったのである。子息を率いてというものの養子の政綱と宗頼は伴っていないと兼実は何故か強調している。この二人は弟頼行の遺児たちを養子にしたものであった。この二人の兄の兼綱は参加して大きな働きをしているし、頼政の実子でも頼兼は参加していない。これは云わばリスク分散であって、存分に働くものと銃後の守りをするものとに分掌はハッキリしている。これは頼政と嫡男仲綱で決定したものであろう。　ところで兼実は、心労で病人のようになっていた後白河院を見舞っての帰りに、門のところで一通の書面を見せられる。そこには「山の大衆三百余人与力し了る由」との延暦寺からの情報があり、「驚き思ふこと極まりなし」としている。夜になって南都から来た人に「奈良大衆蜂起し、すでに上洛せんとす」と告げられる。つまり、平家側と考えられていた比叡山にも以仁王に与する大衆３００余人がおり、以仁王側であることが明白な南都の大衆も急ぎ上洛しようとしているというのである。　京都中が、逃げる準備の人々で大騒ぎしていることを記したあとで「疑ふらくはかの一門、その運滅尽の期か。ただし王化空しからず、深く憑むべきか。」・・・ここに平家の命運も尽きたか、まさかとは思うが・・・と平家滅尽の予感さえ書き付けている。　そして２３日、この日は三井寺を武力攻勢する予定の日であったが、頼政の奔走によって大混乱なのであろう、平家側の動きはない。翌２４日も、同様であった。（つづく）------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​でも買えます！

  2023.08.18

• 精読「以仁王を探せ！」第９回　三井寺への包囲網

  窮地に追い込まれる以仁王。拙著の読みどころです。本文２１０ページ。-------------------------------　　１７日、三井寺の長吏である円恵法親王は以仁王の異母弟であり、立場的にも何とかことを穏便に収めようと思われたのだろう、平宗盛へ使者を送って、「以仁王は三井寺平等院にいます。京へ出頭なさるようです」と伝えた。それで平家中枢は三井寺に５０騎ばかりを差し向け、以仁王を保護しようとすると「宮はすでに大衆３０人ほど引きつれて三条高倉へお帰りになった」と云うので、使者が京に戻って円恵法親王に報告すると、円恵は「もはや自分の力の及ぶところではない」と、投げ出してしまう。このことで三井寺が以仁王を一丸となって支持していることが明確化した。円恵はほんとうに投げ出したのか。それともこれも抵抗の一つの形だったのか。　１８日、寺院の統括管理者を三井寺に派遣し、１９日、その報告を受ける。三井寺は以仁王を守る強い意向があり、その中心は律上房・尊上房の２人であること。比叡山が三井寺に協力することを心配する議論、三井寺から興福寺へむけて「牒状」が送られたらしいという情報があることなどが記録されている。さらに、八条宮円恵法親王は以仁王と通じている可能性があるので監視をつける必要があるとも。　２０日、昨日三井寺の衆徒が「以仁王を引き渡すことを承諾した」という情報があったので、八条宮が以仁王受け取りの使者を三井寺に差し向けると、以仁王本人が色をなして「お前たちは私を捕えようとするようだが絶対に手をかけるな！」と叱りつけた。そして武装した僧が７、８人出で来て使者を追い散らした。ようするに穏便に収めようとした弟宮の曖昧な動きが、寧ろ以仁王の周囲を硬化させ、その一部始終を意図的なものと勘繰られて八条宮に監視が付いたという流れである。　２１日、以仁王の強硬な姿勢に対して武力行使が決定される。実行は翌々２３日に決定し、宗盛を総大将として９名が平家で、ただ１人源氏から頼政が選ばれる。平家は、頼政がこの叛乱に加担していることに気付いていないのである。その陣容は以下の通りである。平家の中枢が総がかりとなっている。平宗盛　３４歳　正二位　　前右近衛大将平頼盛　４８歳　従二位　　権中納言平教盛　５３歳　正三位　　参議平経盛　５７歳　正三位　　大宮権大夫、修理大夫平知盛　２９歳　正三位　　左兵衛督、丹波権守、新院別当、御厩別当平維盛　２１歳　正四位下　右近衛権少将平資盛　２０歳　従四位上　右近衛権少将平清経　１８歳　従四位上　左近衛権少将平重衡　２４歳　正四位下　蔵人頭源頼政　７７歳　従三位　　散位------------------------「以仁王を探せ！」　著者：山崎玲　　2022年2月22日発行　　縦227mm×横152mm　526ページ　定価：2800円（税別）ご注文は：①お近くの書店にご注文　　　　　②愛育出版に直接電話　03-5604-9431　　　　　　③​amazon​　​メルカリ​　​楽天ブックス​　​紀伊国屋ブックス​でも買えます！

  2023.08.17

• 精読「以仁王を探せ！」第８回　以仁王、三井寺に逃げ込む。

  女装という、奇抜でありすぎるゆえに逆にリアリティを感じる不思議な展開。皆さんもご一緒にお考え下さい。「以仁王を探せ」本文２０５ページ。---------------------------------------　長谷部信連の助言で女装をした以仁王だったが、道に溝があったものを軽々と跨ぎ越えてしまい見ていた通行人から疑惑の目で見られてしまう。そこは宗信扮した若侍が童子を連れた女を迎えに来たという演出だったのだがバレそうになってしまう。そのくだりを『平家物語』から。六条の助の大夫宗信、唐笠をもって御伴つかまつる。鶴丸という童、袋に物入れて戴いたり。青侍の女をむかへてゆくやうに出で立たせ給ひて、高倉を北へ落ちさせ給ふに、溝のありけるを、いと物がるう越えさせ給へば、みちゆき人が立ち止まって、「はしたなの女房の溝の越えやうや」とて、あやしげに見まいらせければ、いとど足速やにすぎさせ給ふ。　満月の夜の逃避行、月が明るければいろいろ見破られやすい。溝を越す女装の以仁王にたいして「はしたなの女房の溝の越えやうや」と訝しく見ている通行人がいたというひやひやする場面である。『源平盛衰記』のヴァージョンは次のようである。五月の空のくせなれば、雲井の月もおぼろにて、行くさきも又かすかなり。三条高倉を上に出で過ぎさせ給ひけるに、ひろらかなる溝あり、宮安々と越えさせ給ひたり。大路通る人立留りてあやしげにて、はしたなく越えたる女房かなとぞつぶやきける。佐大夫これを聞きて、いよいよ膝振るひ心迷ひて歩まれず。　宗信の小物ぶりが首尾一貫している。ともかくも一行は、高倉邸の西側の小門から出て北へ、次の二条を東に河原まで歩き、川縁を北へ近衛河原を渡って頼政邸の前を過ぎ、そのまま如意越みちに入っていく。そして夜の山道をやっとのことで抜けて三井寺に辿り着き「助けてくれ」と頼み込んでいる。『源平盛衰記』でも道なき道を夜通し歩き、脚は茨のために出血し、髪には、蜘蛛の巣が纏い、やっとのことで寺にお入りなさって「甲斐無き命の惜しさに頼みに来たのだ。衆徒よ、助けよ」と泣く泣く仰せがあり大衆は、哀れでもったいなくて、伏し拝んで迎え入れたのである。　この時の三井寺長吏は以仁王の一歳下の異母弟円恵法親王であった。逃げ込んで来た以仁王にこのあと血縁であるからこそ余計に苦しみ、翻弄されていくのである。（​つづく​）

  2023.08.14

• 精読「以仁王を探せ！」第７回　信連の戦いぶり

  以仁王の運命の変転を読んでいます・・・以仁王を探せ！本文２０７ページ　---------------------------------------------------　さて信連は、以仁王を送り出した後で、残っていた女房たちを避難させ、来たるべき戦闘に備えてその辺りを片づけていた。すると、宮が日頃から大切にしていた「小枝」という笛が忘れられたままであるのを見付けた。直ちに全力で追いかけた。５００メートルほど走って追い付いて笛を手渡すと、宮は感極まって「われ死なば、この笛を御棺にいれよ」と仰る。死を予感した宮が思わず漏らした言葉であった。そしてやがてこの笛は、悲劇の場面に再び登場するのである。　宮は走って追い駆けて来た信連を頼もしく感じて「このまま一緒に付いて来てくれないか」と仰った。しかし信連は「誰も応対しないのはいけません。官人どもの相手をして、打ち破ったらすぐに参ります」と、走って帰った。　そしてその夜、六波羅の兵どもが押し寄せる。物々しい三百余騎の大軍。出羽判官光長が馬に乗ったまま門内に入り大声をあげた。「宮の御謀叛が露見いたして、六波羅から官人達が庁宣を承って、御迎えに参りました。速やかに御所の中からお出になられませ」それを聞いて信連「ただ今、御所にはおられない。御留守である。何事なのか、事の次第を申されよ」と言えば光長は「何を言うか。ここでなければ何処にいらっしゃるものか。そういう事なら、下部どもよ、参ってお探しいたせ」と云うと、信連は激怒して「常識知らずの官人ども。たとえ君が朝敵とおなりになって、天下を敵に回されたとしても、馬に乗りながら御門の内へ入るはとんでもないことだ。まして下部ども、参ってお探しせよとは、どういうことだ。いいか、おれは左兵衛尉長谷部信連だ。寄らば斬るぞ！」と怒鳴った。　遥か遠くの門前にいた司令官源大夫判官兼綱の合図で、郎等の剛の者が切り込んで来た。信連は狩衣の帯紐を引きちぎって投げ捨て、衛府の太刀とはいえとも、身の部分を少し念入りに打たせていたのを抜き合わせ、敵は大太刀、大長刀を振り回すが、信連の衛府の太刀に斬り立てられて、嵐に木の葉が散るように、庭に逃げ降りたのだった。頃は五月十五日の夜の、雨雲の雲間から、有明の月が現れ出て明るかったので、信連は屋敷に詳しく、敵は不案内である。ここの長廊下に追いかけては斬り、あちらの隅っこに追い詰めては斬った。「宣旨のお使いに、どうしてこんな事をするんだ」と言われたので、「宣旨とは何だ！」と、散々に斬りまくった。太刀がゆがめばどっと仰け反り、踏み直し、押し直し、モミにもんで斬った。たちどころに屈強の兵達十四、五人を切り伏せた。その後、太刀の先五寸計りを折って捨てた。腰の刀を探ったが、鞘巻が落ちて無かったので、仕方なく大手を広げて門前の方へ行くうちに、ここに手束八郎が長刀を持って出て来た。信連は長刀に乗ろうと飛びかかる。どうしたのだろうか、乗り損じて腿を縫うように貫かれ、信連は心は勇猛に進んだが、大勢の中に取り囲まれて、捕虜にされてしまった。宮は見つからず、信連はまんまと時間稼ぎに成功したのである。（​つづく​）

  2023.08.11

• 精読「以仁王を探せ！」第６回　５月１５日の夜、歴史は動き出す

  以仁王事件の中心部分にかかります。以下本文２０４ページ。　５月１５日の夜、三条高倉の以仁王邸は静まり返っている。嵐の前の静けさ、寂寥感すら漂っている。この時屋敷に居たのは以仁王以外ではまず３人の姉、後に殷冨門院となる亮子内親王、次姉の好子内親王、三姉の式子内親王。（母の高倉三位は３年前、妹の休子内親王は９年前に亡くなっている。）　そこへ頼政の使いが走り込んで来る。応対に出たのは以仁王の執事のような役目の乳母子六条亮大夫宗信である。使いは宗信に手紙を差し出す。これをとって以仁王の御前へまいり、開いてみると、「御謀反はすでに露見したので、土佐に流刑にしようと、捕縛の役人が遣わされるので、いそぎ御所を出て、三井寺へ行ってください。」と書いてある。　ちょうど宮は、十五夜の雲間の月を眺めていたところである。宗信は宮の前で手紙を読みただ狼狽えるばかりである。いまにも役人たちが来る、急げといわれてただ茫然としている。宮も焦り迷って「どうしたら良いか、何とかしろ宗信」と仰っても、ただ震えていてどうしようもないので、たまたまその辺りに居た信連を呼び寄せて、宮みずから「こういう事情だ、何とかしてくれ」と正直に仰ったのである。この信連とは宮の家人でも何でもなく宮の御所にいる若い女官のもとに通って来ていて、ちょうど居合わせただけの者であって、長年の親密な者でも打ちあけるべき秘密ではなく、ましてかりそめの信連に対しては慎むべきことなのだが、緊急事態であり以仁王は信連の人柄を信頼して秘密を打ちあけたうえで、助けてくれるように仰ったというのである。　そうと云われて信連は四の五の言わず、まずは宮の耳元で「ベチノサマ候マジ」と落ち着きはらって言う。「別段心配することはありませんよ、女装してお逃げなさい」と的確に指示をして安心させる。ただ「義を見てせざるは勇無きなり」という武人としての当たり前のことをするというシンプルさである。そして信連は勇猛の上に、いろいろ気配りのできる男であった。この後の展開に大きく関与するカタチのいい役者である。（​つづく​）

  2023.08.09

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