巣が 空っぽに! ![緑ハート 緑ハート](//plaza.jp.rakuten-static.com/img/user/emoji/h417.gif)
雛の声をたどると、ドウダンツツジの暗がりに、灰色の小さなもの
がかすかに動いているではありませんか。まさかと思いながら、近
寄ってみると、まぎれもなくヒヨドリの雛でした。
「えー、おまえ生きていたの!」
私は声を押し殺しながらも、興奮していました。
雛は短い翼をバタバタさせて逃げようとするのですが、地面のほと
んど同じ場所をうろうろするばかりです。手を近づけると、まるで
「ヤダー、ツカマエナイデ」
というように、口を大きくあけてのけぞります。
しかし、まったく飛ぶことのできない雛をつかまえるのは簡単でした。
そっと両の手に包みこむようにして拾いあげました。胸いっぱいの
真綿のようなにこ毛をとおして、温みと鼓動がはっきりと伝わってき
ました。
野鳥の雛が落ちていても親が上手に巣に連れもどすから手を出して
はいけない、といいますが、山林でならともかく、猫がうろうろする自分
の家の庭先で、まして親の姿が見えない状況では、そんなことを考え
る余裕はなく、とにかくほうってはおけませんでした。
夫も庭に出てきました。雛を手渡すと、
「よかったよかった。すぐ巣に返してやるからな」
といいながら、おびえている小さないきものの背にやさしく息を吹きこん
でやりました。
「これでまた、元どおりの四羽になるのね」
![梯子.JPG](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/94/0000086194/88/imgb6f6cc89zikfzj.jpeg)
「はい、こっちによこして」
白樺に立てかけたはしごに片足をかけながら、夫が小声でいいます。
私はおびえている雛を手渡すと、あたりを見回しながら、
「早くしないと親がもどってきちゃうわよ」
と夫をせかせました。
親鳥がいないすきに雛を巣にもどしてやるわけですが、いつ現れるか
わかりません。彼らは急降下、急旋回が得意で、空からでも地面から
でも、思いがけない現れ方をするのです。あの甲高い鳴き声や餌場な
どで先客を追い払う気の強さから想像すると、ヒヨドリの襲い方は相当
すざましいような気がします。
私は急いで二階にいき、レンズをのぞきこみました。
夫の顔が巣に近づく。雛を握った手が巣の縁にいく。巣の中をのぞきこ
んだ彼がなぜか首をかしげる。
どうしたのだろう?
「早く、早く」
私は小声でいよいよ急かせます。
そして、ついに雛は巣にもどされたのでした。
(やった。奇跡の生還!)
ところが、心の中での歓声と同時に、レンズの中の光景が大きく乱れて
しまいました。
「しまった!」
夫の声も同時です。
私は、窓から身をのりだしました。
「どうしたの?」
「まいっちゃったよ。みんな飛び出しちゃったよ」
私には、すぐには何のことかわかりませんでした。
![マーク.JPG](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/94/0000086194/86/img0a11c246zikdzj.jpeg)
ともかく、あわてて階下にいき、庭に出てみました。
はしごからおりてきた夫は、興奮気味にこう説明します。
「あれを巣に入れたら、とたんに中にいたのが、みんな飛び出し
ちゃったんだ」
「えーっ!」
私は、それきり声が出ません。
夫はなおも衝撃的なことをいいます。
「巣には二羽しかいなかった」
「二羽? 三羽じゃなかった?」
「いや、二羽しかいなかった」
夫が巣の中をのぞいたとき首をかしげたのは、そのことだったようです。
とすると、さっき拾ったのは、けさ巣の中にいた三羽のなかの一羽
だったということになります。
となれば、最初にいなくなった雛は?
あれはやっぱり昨夜の台風でどこかに落ちて、そこを猫にやられて
しまったのかもしれない、と思いました。
私は、信じたくないおもいで、やっとききました。
「それじゃ巣はからっぽ?」
「そういうことなんだよ。なんだか親切があだになっちゃった」
話している間も、私たちはたえずあたりを見回し、雛たちの姿を探
していました。
![2007-02-27 02:03:10](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/94/0000086194/84/img0a0ceb30zik5zj.jpeg)
空っぽになってしまった巣
最初はヒナが四羽いたのに
まだ巣立ち前の、羽ばたきの練習もすまない子たちだったから、そん
なに遠くへ行くはずはない。
まごまごしていたら、みんな猫にやられてしまいます。裏の川の土手
には蛇もいます。
夫は門の外を、私は家の裏のほうを、手分けして探すことにしました。