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2009年06月18日
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カテゴリ:顕正会
顕正新聞6月15日号より。

日曜勤行・浅井先生指導(平成21年5月24日)

【臨終こそ人生の最大事 「死しても底心(ていしん)あり、唱題の声聞かすべし」脳死・臓器移植論は臨終の大事を知らず】

  妙法尼御前御返事に宣給(のたま)わく

 夫(そ)れ以(おもん)みれば日蓮幼少の時より仏法を学び候しが、念願すらく、人の寿命(いのち)は無常なり、出(いず)る気(いき)は入る気を待つ事なし、風の前の露尚讐(つゆなおたと)えにあらず。かしこきもはかなきも、老いたるも若きも、定(さだ)めなき習(なら)いなり。
されば先(ま)ず臨終の事を習うて後(のち)に他事(たじ)を習うべし。


 この御文の意は、こういうことですね。
 ―大聖人は、ご幼少のときから仏法を学ばれたが、その中で念願をされていたことがあった。
 それは人の寿命(いのち)は無常であり、誰人もいつ死ぬかわからない。この惨さは、賢い人・愚(おろ)かな人の別なく、また老人・若年の別もない。されば何よりも先ず臨終のことを習い、しかる後に他の事を習うべきである―と。

 このように大聖人様は、臨終こそ、人生において解決すべき最優先の課題であるとして、ご幼少の時よりこれを見つめておられたのであります。


 【臨終は人生の最大事】

なぜ臨終は人生の最大事なのか。
 それはまず、臨終は人生の総決算だからです。
 日寛上人は「木は傾く方(ほう)に倒るる事」(妙法尼抄記)と仰せられている。

 その人が一生の間にやってきた善・悪の行為、そのどちらが勝(まさ)っているかによって、臨終の相も決まる。その善悪の行為も、世間の善悪よりも、仏法上の善悪・邪正が臨終に強い影響を及ぼすのであります。

 また臨終の相は、その人が未来にどのような果・報を受けていくかを示している。すなわち臨終の黒色(こくじき)は地獄に堕ちることを示し、白色(びゃくじき)は成仏を示している。

 このように臨終は、今生(こんじょう)と来生(らいしょう)と結ぶ要(かなめ)であり、この中に現・当二世が凝縮包含されている。だから人生の最大事なのであります。

 実はこの御文、先般の日曜勤行でも拝読いたしましたが、いま国会で臓器移植法案をめぐって、仏法を知らない人々の甲論乙駁(こうろんおつばく)が繰り返されている。
 そこで、この御文を再び拝して、脳死・臓器移植等の問題を考えてみたいと思ったわけであります。

 【「脳死」とは】

 まず「脳死」とは何か―。昔にはこんな概念はなかったですね。
 これは近年、人工呼吸器など延命装置の発達により、心臓や肺は動いているのに、脳幹・大脳など脳の機能が先に停止するという事態が生ずるようになった。ここに脳死という概念が生じたのです。

 脳幹や大脳の機能が消失すれば、蘇生することはない。そこで心臓が動いていても呼吸をしていても、この状態を脳死、即(そく)人の死と判定しようという動きが近年起きてきたのです。
 なぜそんなに急いで「死」の判定を下すのかといえば、ここに臓器移植の問題が出てくるのです。

 臓器移植手術をするには、生きのいい新鮮な臓器が必要となる。
そこで「どうせ生き還らないのだから」と、脳死を人の死として、体温のあるうちに体を切り刻んで臓器を取り出すわけです。
 「臓器移植法」は十二年前に施行されたが、条件が厳しくて実際の移植はあまり行われてない。そこで法改正をして、もっと移植がどんどん出来るようにと、いま国会で論議が交されているわけであります。


音声を落として、聴きながら読んでみるのも楽しいかもしれませんよ。
 今回は、忙しいので、検証はしてません。





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最終更新日  2009年06月18日 21時24分22秒
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