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2006.02.11
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カテゴリ:春夏秋冬

「ジャンレノンだ」

音にならない声で男はそう言った。

「僕はジャンレノンだ」

男は繰り返した。

コートからおそろしく細く長い腕を出し、闇の中からコーヒーカップを取り出した。

初めてその光景をみるハルにとってもそれは至極自然な行為だった。

「君のぶんもあるよ。砂糖とミルクは要るかい?」

「あぁ、あと椅子ともっと大きなテーブルが欲しいな。それと出会いを祝して何か美味しい物を食べよう。腹は膨れないし体に含まれないから、いくら今日たくさん食べたとしても食べられるはずだよ」

「テーブルクロスとナイフとフォークを二組ずつ」

「ワインでも飲むか」

「肉はミディアムレア」

「前菜は野菜と魚を適当に盛り付けて」

「コーンスープ?要る」

「やっぱり要らない」

男は何かぶつぶつと呟き続けた。

その度に長い腕は闇の中から言葉に出てきたものを取り出した。

腕は三本になったり四本になったり一本になったりした。

それらはもの凄いスピードで何かを形作っている。

まるで一つの生き物のよう。

「ジャンレノン」

そう、ジャンレノンの意思とは関係ない独立した機関として動いている。

それぞれに意思と意志を携え、懸命に自らの生命を削るように動き続ける。

ハルはそう思った。

この部屋に入ってからは不思議と恐怖はなくなっていた。

今にもこの場から逃げ出したいわけでもない。

そしてハルは意味も無く「ジャンレノン」に共感する。

共鳴と言ってもいいだろうか。

デジャヴに似た感覚。

ひどく彼は懐かしい。

まるで彼が私の――――――――――――。


「さあ、座ってくれ」

ハルとジャンレノンは向かい合うように座った。

シルクハットと首まで突き上げたコートによって顔はほとんど見えなかった。

口と額。

口はいつも耳まで裂けるような笑みを浮かべ、額の時計は血で滲んでいた。

「ドアとは不思議なものだ」

と彼は言った。

「世界を繋げるものであるのと同時に、世界を断片化させる存在でもある。あちらの部屋とこちらの部屋とではいわば別世界だ。扉を閉めれば世界から独立した空間。何者も拒まず、何者も追わない。しかし、その空間は全て一つの機能しか持たないドアから生まれる。部屋にいくつドアがあろうとも、ドアはそれぞれの独立した空間と自らを一部分と化している空間をつなげている。いくつあっても足りないものであるし、いくつあっても無駄なものだ。ドアとは、そう言うものではないかね」

彼の言葉は音にならない。

しかし、音ではない何かの物質によってハルには届く。

彼が口をあけると周りの音は全て消える。

ひどく脈打つ心臓の音さえ聞こえない。

ハルは右手を握る。

「以前にもドアを理解した奴が此処に着たんだ。でもダメだった。ヤミモノにやられてしまった。僕がそれを見つけたとき、彼はめちゃくちゃに殺されていた。開くドアを間違えれば当然この結果になる」

彼は闇から人間とおぼしき何かを取り出した。

「これが彼だ」

それを見たとき、ハルは体に貯めた一日分の食糧が喉を駆け上ってくることを感じた。

髪は毟られ、頭蓋骨は割られ、中にあるべきものは全て取り出されていた。

「奴らは脳味噌が好物なんだ。頭に穴を開けてね、チュルチュルと長いストローで吸うんだ。見てて気持ちの良いものじゃない」

体はおぞましいほどにビリビリに引き裂かれていた。

貪ったのだろうか。

牙のような痕が体にいくつも見られた。

「次に好きなのは性器だ。そのまま齧り付いて食べる。あれは食べているのだろうか」

ジャンレノンは悲しそうに上を向いてそう言った。

ハルは目を背けることを許されなかった。

金縛りのように、体は力を失い、分散されていた。

頭の隅から爪の先までハルは嘗め回すようにそれを見た。

「君が彼を見るとき、君は自分の事を見ている。だから君は目を背けられないんだよ。」

とジャンレノンは言った。

「ひどいものを見せてしまったね。」

彼はそれを小さく折りたたんだ後、闇に投げ捨てた。

そしておもむろにナイフとフォークを手に持った。

「繋げる世界があることを君には知って欲しい。君らは繋がる世界にいるけれど、その世界があるのは繋げる世界があるからなんだ。彼は結果がどうであれ扉を開け続けた。それは永遠に近い作業だった。でも彼は開け続けた」

ハルは彼の言葉を体に受け続けた。

ここは現実ではない。

ハルはそう思いたかった。

「一つの考えがあったとする。しかし、その存在が認められた瞬間、それは二つの考えになる。表と裏はいつまでも並行する。だから君には知って欲しい。君のために扉を開け続けて消えたものを。」

ゆっくりと、恐ろしいほど丁寧にナイフは肉を裂いていく。



「どうすればいいの」

とハルはやっとの想いで声を出した。

「どうもしなくていい。君が何をしても何も変わらない。起こることは起こるし、起こらないことは起こらない。」

「君は鳥が鳴くことを止められるかい?」

と彼は言った。

「君はこれからいくつもの要素を見ることになる。それはあくまでも君を形作る要素。他の何ものでもない。集合体を形成する諸要素たち。ドーナッツでも食べる?カリカリして美味しいよ。」

ハルはカリカリとしたドーナッツを三つ食べた。







「ハロー」

彼は音にならない声で、最後にそう言った。





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Last updated  2006.02.11 11:52:22
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