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2009年12月30日
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あがってきた書類をざっと読んで、アルディアスはわずかに目を見開いた。
ずっと気になっていた軍内の暴行集団を、半殺しにした人とドラゴンのペアがいる。書類が回ってきたのは、その青年が彼が新しく預かった部隊の下方に属しているからだった。

エル・フィン=クレインヴァーというその青年の名を、彼は聞いたことがあった。
一度何かの任務で、小隊の記録係として見事な報告書を提出してきたことがある。事件の概要から鑑みるに喧嘩にも強そうで、まだ若いが文武に秀でているようだ。
添付された顔写真に見覚えがないから、先日の祝賀会には出ておらず、また寮や所属中隊も違ったのだろう。

細部を読み直し、事件があった昨日から丸一日、青年が独房へ、その守護竜が水晶の封印の間へ入れられていることを知る。
暴行集団のほうは入院中だが、命に別状はないらしい。こちらは追って沙汰が出ることになるだろう。

しばらく端末を操作してから彼は立ち上がり、執務室を後にした。
途中で規律委員の人間をつかまえ、そのまま地下の独房へと向かう。

看守に牢の鍵を開けさせると、暗い冷え込んだ空間に、かちゃん、という小さな音が響いた。
硬い寝台に横になっていたエル・フィン青年が起き上がってこちらを見る。

「釈放だよ、出ておいで」

扉を開けて言うと、金髪の青年は碧い目を見開いた。

「なぜ、貴方が……」

「一応私が君の部隊の最高責任者だからね」

微笑んで青年を手招きする。
青年が扉をくぐると、隣に立っていた規律委員が苦虫を噛み潰したような顔になっているのがわかった。
それを意に介さずに、青年を解放する旨もう一度承認させる。

「以降、彼の身柄は私が預かる。ご苦労さま」

体よく規律委員を追い払って、青年についてくるよう素振りで促し、長い銀髪をなびかせて彼は地下牢からの階段を登った。

「彼らは一応生きているよ。ただやはり事が事なのと、どうやら潜在被害者が男女ともに結構いるようで、彼らが降格もしくは除隊されるのは間違いないと思う」

道々立っている見張りが送る敬礼に軽くうなずきながら、後ろを歩く青年に説明する。

「君については、独房入りしたことでこれ以上の罰則はなしということになる。そもそも君は被害者だからね。調査委員もどうやら彼らのことは薄々気づいていて、どうするか考えあぐねていたようだから、結果的には諸手をあげて感謝したいようだ」

そう言うと、背後で軽いため息が聞こえるのがわかった。
気づけば、先に出た規律委員の背中がすぐ近くなっている。
こちらに聞き耳を立てているのが感じられるが、声の調子を変えるでもなく、彼は続けた。

「だが、半殺しにしたことは正直やりすぎだと思うのでね、しばらく地方に行ってもらうこととなる」

「シェーンは……一緒ですよね? 今何処ですか?」

エル・フィンは守護竜の名を口にした。

そもそも今回のことは、男女かまわず狙いをつける暴行集団が青年に言い寄ったことが発端である。
断った青年を逆恨みし、数にまかせて襲って暴行を加えようとした。喧嘩の最中エル・フィンが両腕をつかまれたところに、守護竜シェーンが通りがかり、かっとして怒りのままに力をふるってしまったのだ。

「今は水晶の封印の間に封じられているよ。残念ながら、彼のほうが罪が重い。一緒に行くことは難しいだろう。行き先が小さな街なのでね。連絡係としてこちらにとどまってもらうこととなるだろう」

地方の小さな街、というだけで左遷に間違いはないし、守護竜をもつものにとって、それと離されるのはとても大きな罰になる。
規律委員が内心ほくそ笑んでいるだろうことを予測しながら声に出すと、心話で続けた。

(私としては、あんな恥知らずどもは制裁を受けて当然だと思うし、君を表彰してやりたいくらいなんだけどね。これ以上君をかばうと、私を降ろしたがっている連中が喜ぶことになる。こんな地位には未練も執着もないが、次に座るのが彼らの身内というのはどうにも後味が悪い)

長い階段を登りながら、エル・フィンがびっくりしたような気配をみせた。牢のある地下エリアは、脱走を防ぐため強固なテレパシー防御結界が張ってあるはずだ。
しかし、軽い笑いの波動が青年の心をそっとくすぐってゆく。

(この程度の結界、私には何の意味もないよ。君の心話を受けることも問題なくできる。しかしそれには君へのアクセスが必要だから、嫌ならばイエスのときは右肩を、ノーのときは左肩を回すか叩くかしなさい。独房でなまった身体をほぐすふりをしてね)

エル・フィンはとりあえず心話で答えてみた。

(貴方を降ろそうとする? 前を歩く規律委員もですか?)

(そう。彼もあの一族さ。あの集団の前科と被害者をざっと洗い出して、君の釈放は承諾させてやったが、ひどく嫌々だったな)

ようやく私の尻尾をつかんだと思っていたのだろうよ、とおかしげにアルディアスは続けた。

その心話のあざやかさに感心しながら、同時にエル・フィンは合点した。権力者の子弟であることをかさにきている連中が、あの集団の頭であることは知っている。
であれば前を歩く、周りの認める実力で地位を築いたこの人を目の敵にしている連中と繋がっていてもおかしくない。
なにしろ、下士官の人気は圧倒的に彼にあるのだから。
そして、下っ端とはいえ彼の部隊に属する自分が障害沙汰を起こしたのだから、連中にとってはまさに好餌だったのだろう。


執務室の前まで来ると、アルディアスは青年を招きいれた。
副官に目配せをし、椅子に座ると机の書類の山から束を抜き出して青年のほうに向ける。

受け取って文字を追うエル・フィンの目が険しくなった。
これが本当なら大変なことだ。
街の評議委員会は何をやっているのだろう。何も気づかず放置しておくほど無能ではあるまいに。

「残念ながらこれの裏付けはとれていないから、表だって動くことが難しい。だからといって放置しておくわけにもいかない。エル・フィン、やってくれないか?」

穏やかな瞳で彼は言った。上司の言葉であるから部下にとっては命令に違いないのだが、居丈高な言い方は好きではない。

「わかりました」

エル・フィンは謹んで一礼した。つまり左遷に見せかけた、これは秘密任務なのだ。シェーンと離れるのが寂しいが、実際に連中を半殺しにしてしまったのだから仕方がないとも言える。それにしても、別れを言うことくらいはできたらよかったのに。

「ありがとう。ではこれより、君は今日づけで私の直属の部下という扱いになるから、心得ておくように。それから部下を五人選んで連れていくこと。彼らも同様に身分を隠して街に潜入してもらいたい。
出来ればなるべく早く出発ができるように、至急の人選と報告を上げてほしい。期間はこちらの通達が行くまで何年でも。いいね?」

「わかりました。明日には出発できるようにします」

心中すぐにも動けそうな仲間の顔を数え、決意をこめた目で青年は答えた。
部隊の最高責任者が直接独房から釈放した下士官の自分。長くここにいれば、かえってこの人を叩くネタにされる恐れがある。
できるかぎり早く、「左遷した」という形をつけておくべきだった。

打てば響くような青年の返答を聞いて、銀髪の男はふわりと微笑んだ。
上下関係の厳しい軍籍に身を置きながら、部下に向かってこんなにも嫌味なく優しげに微笑む人間を、エル・フィンは見たことがない。

「助かるよ。では餞(はなむけ)として、シェーンと心話を繋いであげよう。直接中継するが、他の人には内緒だよ」

机に肘をつき、唇の前に軽く指を立てた上司に、金髪の青年は耳を疑った。

シェーンのいる、水晶の封印の間。
それは特殊能力の高いものやドラゴンを封じておく場所だった。その場を他から厳重に区切る結界強度は、地下牢などの比ではないはずだ……が、またもやすやすと、今度は聞きなれたシェーンの声が青年の心に届いた。

(エル・フィン。今回は悪かった)

(いいんだ、シェーン。俺を守ろうとしてくれたんだから。だけど……すまない、少し離れることになってしまった)

(知っている。だが、ほとぼりが冷めたらお前を追ってゆけるようにすると、その人が言ってくれた。一、二年はかかってしまうだろうが……ドラゴンにとっては、そのくらいはまばたきの間だ)

思わず目の前の執務机に座る人を見直すと、上司は藍色の瞳を片方、いたずらっぽく閉じてみせた。
なんて人だ。

愛する守護竜にしばしの別れを告げると、エル・フィンはもう一度深々と頭を下げた。変わらぬ穏やかな声が届く。

「では頼んだよ。期待している」
「はい、失礼します」

顔をあげて自分の上司となった人をまっすぐに見、それから青年は執務室を後にした。
仕事以上に彼の期待に応えたいと思いながら。
















<ただの物語20 出会い> エル・フィンさん
http://elfin285.blog68.fc2.com/blog-entry-71.html


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【銀の月のものがたり】 道案内

【第二部 陽の雫】 目次



ついにエル・フィンさん登場ですw
この時代ではこれが初めての出会いですね。
それまでも同じ部隊にはいたらしいのですが、会ったことがなかったという。。。


ご感想ありがとうございます!
すごーく嬉しいです♪
単純なので、ほくほくして次書いてしまいますwww

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最終更新日  2009年12月30日 13時55分14秒
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