|
カテゴリ:銀の月のものがたり
大祭神事の終わった翌日。
ティーラはぱたぱたと廊下を急いでいた。 昨日大仕事をこなした主役二人は、今日は休み。神事の終了から夫婦とみなされ、家族用の棟に部屋を移されている。 華美ではないが、潔斎用の簡素すぎる部屋とは違って暖かみのある造りだから、二人一緒にゆっくりと過ごせるだろう。 元々、神の領域から人の領域に戻るグラウンディングのために、神事の後は二日の休暇が毎年とられている。 アルディアスがついているから大丈夫ではあるだろうが、一般人のリフィアは訓練初回のように、熱を出して寝込んでしまってもおかしくないのだ。 そして今年に限っては、その休みがさらに二日延長されていた。 これは古参巫女のシオーネが軍と直接かけあって、どうにか確保した大事な日程。 最初の日、つまり大祭から三日目が、アルディアス・L・フェロウとリフィア・ルーテウスの、「人間としての」結婚式と披露宴の日である。 翌日が休みというか、改めて官舎に戻る日となっていた。 祭主は大祭神事にいっぱいで、ましてある意味大がかりな結婚式もしているようなものだから、普通の式のことなど考えている暇がない。 大神官と通常の巫女ならばまだそれでもいいが、リフィアは一般人でもあり、また軍の手前も普通の式が必要だろうと、各所の協力を得つつシオーネは水面下で走り回っていたのだった。 式はエル・フィンの歌った大礼拝堂で、次席の神官が執り行う。 披露宴に関しては、リフィアの親族が商人でもあり、顔も広いし交渉もうまい。いろいろとぬかりなく手配を担当していた。 アルディアスの地位がそれなりに高いこともあり、どうしてもお歴々が居並ぶことになってしまうのは仕方のないところだ。 式典や宴の警備についてはニールスとオーディンが取り仕切っている。 アルディアス部隊はどちらにせよこの期間使い物にならないと思われたのか、軍関係者も多く出席するためか、意外に軍のほうから文句は出なかったらしい。 エル・フィンはまた歌うことになっているから、警備の人員には数えていない。 神殿に軟禁状態のまま、式典参加になるはずだった。 それらのことをアルディアスはシオーネから一通り聞いてはいたが、優先順位として神事の後に考える、ということになっていたのは仕方がない。 古参巫女のほうも、一応お耳に入れておきます、という程度でまずは神事の成功を第一義にしていた。 式典では、アルディアスは白い礼装、リフィアは純白のウェディングドレスとなる。 そのドレスのために、ティーラは急いでいるのだった。 「どう、間に合いそう?」 鼻先を扉にぶつけそうな勢いで部屋に駆け込む。 大きめの部屋には何人もの巫女が入れ替わり立ち代わりで来ては、ベールのレースを編んだりパールを縫いつけたりと作業に没頭していた。 「なんとかなりそうよ、ティーラ」 手首に針山をつけた中年の巫女が微笑む。ほっとしてそれに笑い返し、ティーラはうっとりと人型に着せられたドレスを眺めた。 「よかった……。本当にきれい」 ドレスのスカートは純白のサテン地の上に一面にレースを重ねている。手編みのレースは、星の名の由来にもなっているヴェールの花と葉で豊饒のブドウの房を受けるという構図が繰り返しになっていた。 要所には小さなパールが一粒一粒、丁寧に縫いつけられている。 花嫁のドレスを縫うことには、幸せのお裾分けをもらうという意味がある。 このドレスは、遠目では露出の少ない古風でシンプルなものに思われるだろうが、よく見るとほどこされた手仕事の繊細さと美しさが素晴らしい苦心作だった。 隣にあるのはアルディアスの礼服。 軍からは第一礼装でと言われたのを、大神官が神殿内で式を挙げるのに軍服は罷りなりませぬとシオーネが言い張って、似たものを作成したのだ。 デザインは軍礼装に似せているが、良く見るとたいへん織り模様の美しい生地を使って丁寧に仕上げられている。 「ベールももう終わるわ。靴やアクセサリーはどうなの?」 「それも大丈夫。じゃあ、予定通り今日の夕方試着していただけそうね」 「リフィア様のご体調も?」 「ええ、さっきお伺いしてきたの。まだ食はすすんでおられないようだったけど、お元気そうだったわ」 「ならよかった。大仕事だものね」 ドレスから抜いた待ち針を手首の針山に刺して、ほっと息をつく。 巫女として修練を積んでいる彼女たちは、上次元と繋がることでどれくらいの負担があるかをよくわかっている。 もしかしたらリフィアが熱を出して寝込んでしまうかもしれないと、心配していたのだ。 「なにしろ、アルディアス様がついておられるもの」 「そうよねえ。医術師の資格もお持ちだものね」 顔を見合わせてふふっと笑う。こういった話題が好きなのは、女性の常として神殿の内でも変わらなかった。 そして夕方、予定通りに試着が行われた。 アルディアスも礼服の試着のために同行していたが、花嫁の晴れ姿は当日までお預け、という巫女達によって別室に追いやられてしまう。 担当の巫女と試着を終えた彼は、別の出入り口から先に宿舎に戻ることになった。 残されたリフィアは、ティーラ達に手伝われながら袖を通して初めて、ドレスが彼女達によって手作りされていることを知った。 「まあ、ぴったりですわ」 周囲の巫女達から、ほうと感嘆のため息があがる。 長袖にハイネックの古風なデザインは、秋口の気温を考えて胸から上と袖は二重のレース仕立てになっていた。ウエスト部まで身体にぴったりと沿い、ふんわりと広がるスカートを強調している。 しつこくない程度に精緻なレースが配されたそのドレスは、花嫁の清純さを見事に引き立てていた。 踵の高い靴の甲にも同じレースがあしらわれ、自給自足と聞いてはいたけれど、神殿って何でも作れるのねと変なことに感心してしまう。 「素敵なドレス……」 「ええ、お似合いでよかったですわ」 アクセサリーはシンプルな真珠のネックレスとイヤリング。 古参巫女がアルディアスの実家に挨拶に出向いた際、彼の母親の形見として渡されたものだと聞き、リフィアは息をのんだ。 たくさんの人々の、暖かなたくさんの想い。 自分達の結婚にはそれらがいっぱいに詰まっているのだと思うと、気持ちがあふれてしまって言葉にすることができなかった。 ドレスは綺麗だし、皆の気持ちがとても嬉しい。けれど神殿中のすべての巫女が一針は参加したと聞いて、なんだか大事になっているのではと驚きもした。 さらに、昨日降ろした星の女神の、大いなる母とでも言うようなどっしりと落ち着いた感じもまだどことなく身に残っていて、(私の子供達よ。ありがとう)と余裕な感覚が出てくることもあり、正直訳がわからない。 そんなリフィアの混乱を、巫女達は先に承知しているのだろう。 あまり言葉を発さない彼女に不満げにするでもなく、にこにこしながら軽くリフィアの髪をあげてベールをつけた。 トレーンを長く引いたドレスに良く合うベールにもまた、裾に美しいレースがあしらわれている。 「お綺麗ですこと。アルディアス様も惚れ直すこと間違いなしですわ」 「明後日の本番が楽しみですわね」 「大神官様が、私達の席も大礼拝堂に用意してくださいましたの。皆で祝福の歌を歌わせていただきます」 満足そうに巫女達は微笑んで、試着は終了となった。 <Lifia - Basilica -> http://blog.goo.ne.jp/hadaly2501/e/6cf7c4edbacda6f7e2f2a748fe2801d6 ------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 普通の結婚式もちゃんとありましたw ぽちしてくださると幸せです♪→ ◆人気Blog Ranking◆ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ ☆ゲリラ開催☆ 9/14~9/19 はじまりの光 ~ 一斉ヒーリング アルディアス&マリエ(物語未出ですが)のハープ演奏つきです♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[銀の月のものがたり] カテゴリの最新記事
|