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2011年02月04日
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「ごめん、また後で連絡する」

キッチンから(きゃっ)というリフィアの小さな悲鳴を耳にして、アルディアスは端末で行っていた相手との通話を打ち切った。

(どうした、リ「フィアン?」

心話から途中で肉声に切り替えたのは、書斎から台所へテレポートして直接彼女の後ろに立ったから。

「え? なんでもないわ…」

呆気にとられた顔のリフィアが、長い琥珀の睫毛をしばたたく。頬を押さえている片手をそっとどかせ、顎に指を添え上向かせてよく見ると、白い頬に少しだけ赤くなった箇所があった。
彼女の言ったとおり、そう大したことではなかったのだろう。

「…うん。ちょっとだけ赤いよ」

わずかな火傷に指を当てるとそれだけでエネルギーが流れて、あっという間に傷は消えていった。

「ありがと。でも大袈裟」

長身に腕を回しながら、リフィアは笑った。
ピリピリとあった熱感が消えたことで、逆に火傷があったのだと気づいたくらいの小さな小さな怪我。
しかしアルディアスは真面目な顔だ。

「そんなことないよ。他には無いね?」

抱き返した妻がうなずくのを見て、ようやくほっとしたように微笑んだ。
職業軍人だから自分が怪我をすることには慣れているのだが、リフィアに何かあるとつい緊張してしまう。
それはたぶん、どんなにヒーリング能力があっても、彼女の傷も痛みも、本質的には代わってやれないことを知っているから。

跡形もなくなった頬の箇所に軽く唇を落としてから、思い出したように彼は身体を離した。

「……と。ニールスに連絡しなくては」
「どうしたの?」
「ちょうど端末で話してたんだよ。それほど緊急の用件ではなかったから、大丈夫だと思うけど」

まあ、とリフィアは顔を赤くした。優しい水色の眼をした副官殿に、それは悪いことをしてしまった。こちらは緊急どころか、ほとんど何でもなかったのに。


上官に通話を突然打ち切られたニールスは、心配げな表情で黙り込んだ端末画面を見つめていた。
折り返しの通話がかかってきたのは数分後だ。

「先ほどはごめん。悪かったね、ニールス」
「いえ。どうなさったのですか?」
「リフィアがちょっと怪我をしたんだ。でもたいしたことはなかったから大丈夫」
「レディ・リフィアが? 大したことがなかったなら、良かったです」

銀髪の上司がどれほど彼女を大切にしているか、婚約前から見ている彼は知っている。
超人とも思える上司の唯一の弱点にして、部隊にとってもとても大切な人。ニールスはそう認識していた。
蜂蜜色の髪を振り、青年はいたずらっぽく目を細めた。

「それにしても熱々ですね、准将。さすが新婚でいらっしゃる」
「おかげさまでね」

画面ごしの青い瞳が悠々と笑う。この上司はこのことに関して隠す気がさらさらないらしく、アルディアスの愛妻家ぶりはすでに周知のことだった。
もっとも大祭であれだけ大々的に結婚の儀式を行っているのだから、いまさら隠す意味もないのかもしれないが。

セラフィトに至ってはそれを手放しで喜んでいる。これで奴も自分を大切にするだろう、というのが彼の言い分で、ニールスやオーディンもそれには全面的に賛成であった。
リフィアが部隊にとっても大切な人という所以だ。

「……ニールスお前、よくあの状況で『熱々ですね』なんて笑って言えるよなあ」

通話が終わると、隣のオーディンが頭をがしがしと掻いた。
当直で通話に同席していたのだったが、上司の言葉を聞いているうちに彼のほうが赤面してしまったのだ。
思考が止まり、どう返していいかわからず固まっている黒髪の男に、上司は軽く苦笑を投げただけだった。

ニールスはため息まじりに年上の僚友を見やった。

「そりゃあ、これくらいで固まってたら副官なんてできないだろ。准将は大声でのろけたり公私混同したりはなさらないけど、レディ・リフィアのことをいつも第一番に考えてらっしゃるのは間違いないし」
「うん、まあ……それはそうだな」

ブルースピネルの瞳を考え深げに沈めて、オーディンが腕を組む。ニールスが声をひそめた。

「それに、ほら……ご結婚前にも、レディが狙われたことがあったろ? 別に宣伝してなくたって、准将の彼女ってだけで狙われたんだ。それが今は、大祭の映像がこのヴェール中に報道されてる。仕方のないこととはいえ、准将はご心配なんだよ」

アルディアスは、自分が狙われていることを知っている。
若くしてあれだけの能力を持ち、さらに軍籍と神殿籍の両方で権力を持てば、本人にまったくその気がなくとも独裁を憂慮したり恐れたりする者もあろう。
彼はどの派閥にも属していないが、逆に目の上の瘤と思っている人間もいないとは言えない。

どう振舞っても睨まれるのだ。
彼がただそのままの彼であろうとするだけで。

諦めたようにため息をついて苦笑する上司の姿を、オーディンも見かけたことがあった。
アルディアスが権力の行使に興味を持っていないことは、少しでも近くにいた者なら誰でも知っている。
流れるような銀髪に深い藍色の瞳で、見ているものはきっと、地上の権力など届きもしないようなはるか遠く。

それでも、いやそれだからこそか、憎む者はいるのだ。
それはまるで、皆を照らす月や星が自分の手に入らないと泣く子供のようだと、オーディンは思う。

(私が狙われるのなら、構わないのだけどね)

ため息まじりの呟きは、子供誘拐事件や襲撃事件の色々を整理しながらの合間だった。

何よりも大切なものを得て、強くなったのか弱くなったのか。
自分であろうとするほどに憎まれ、愛する人の危険性が増すという状況はどれほどの心痛であろうか。
自分がいつも傍について護ることもできないのに。

黙り込んでしまった僚友に、ニールスは笑ってみせた。

「だからさ。オーリイ。俺は嬉しいんだよ、准将がレディのことを嬉しそうに話されるとさ。過保護でもなんでもいいから、末永く幸せでいらしてほしいんだ。だから俺も、できることをしたいと思うんだけど……」

上司が奥方の危険に過敏に反応するのは、狙われる可能性について常に頭の隅にあるからだ。
その不安を軽くするためなら、副官としてできることは手を尽くしたいとニールスは思う。
しかし、どこまであの人の役に立てているか……そう考えると、自信など何もなくなってしまうのだった。

(君でなければ駄目なんだよ)

そう、准将は言ってくれたけれど。
どんなに考えをしぼり手を伸ばし足を使っても、まだ足りていない気がする。
あの人の信頼に応えたいと思うから、期待以上に応えたいと思うから、いつも背伸びしてそれでも足りないと自分を断罪してしまう。

「お前はよくやってるよ、ニールス。俺には真似できねえといつも思うもん」

青年の考えを読んだようにオーディンが口を開いた。彼にはサイキックはほとんどないはずだが、時々人の心にやすやすと沿っては、ふとその人の荷物を軽くしてくれる。
それは能力などと言う以上に、彼の人としてのありかた、そのものなのだろう。

「……そうかな」

少し弱気になった後輩の発言に、黒髪の軍曹は片眉をくいっと上げた。

「おうよ。百人ぐれえいるの部隊員の中で、お前がいいって准将殿が選んだんだろ? ってことは、お前にしかできない仕事だってことだろ。それも、あの時のお前でいいってことだよ」
「あの時の?」
「准将殿の部隊が決まったときさ。そっから先、お前が頑張ったり成長した分は立派な『プラス』だ。それでいいんじゃねえか?」

お前の悪い癖は、自己評価が低すぎるところだ。そう言ってオーディンは笑った。
副官として類稀なる実務能力や卓越したバランス感覚を、この後輩はまったく自覚していない。

部隊長は惑星の大神官を兼ねていて、軍内一忙しいのではないかと思われる。軍務と神殿仕事との兼ね合い、日程や仕事量の調整。
人を見る繊細な鋭いまなざしと勉強熱心さ、細やかでさりげない心配りと、どんなに激務の中でも忘れないユーモアのセンスと朗らかさ。

上司が安心して自分の仕事に没頭していられるのは、副官が有能だからだ。この青年は彼自身が思っている以上にずっとしっかりと部隊を支えているし、彼を副官に抜擢したのは、まさに適材適所だったとオーディンは思う。

もし彼でなかったなら、フェロウ隊がこれほどスムーズに動けることもまたなかっただろうというのに。
けれどもその謙虚さもまた、青年の愛すべきところでもあるのだろう。だから黒髪の男の口から出たのは別のことだった。

「だいたい俺だったら、会議なんかすぐ寝るか書類に相手の似顔絵でも落書きしてるぞ。くそ眠い会議に真面目に出てるだけでも、お前はとても偉い」
「……なんかあんまり嬉しくないんだけど。もうちょっとましな褒め方ないのかよ」
「うるさい。おらっ、もっと自信持て。俺達も頼りにしてんだよ。あの上司殿に面と向かってストップかけられる部下はそうそういねえんだから」

それだけでもお前、部隊での価値はすげえぞ。
大笑して、黒髪の男は豪快に僚友の背をばしんと叩いた。























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【第二部 陽の雫】 目次



ふと見たら去年の立春はプロポーズ話だったと知って驚愕。
と、とりあえず結婚は終わっててよかった。。(そこか

今年の立春は大事な副官さんのお話にしてみました♪
新婚話が混ざってるのは気のせいです。 ←
副官さんが気の毒ですね、っていうのは正解です。 ←←

ニールスさんごめん 爆



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最終更新日  2011年02月04日 14時17分55秒
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