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2011年02月13日
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「さすが新婚……」

いまいち状況の飲み込めぬままにオーディンが呟くと、エントランスのドアが開いて厳しい顔のエル・フィンがやってきた。

「ニールス様、そこにマスターが」
「レディ・リフィアを迎えに行かれるそうだよ」
「そうですか。……よかった、マスターが行かれるなら安心です」
「どういうことだ?」

オーディンの声が尖る。エル・フィンが答えようと、口を開きかけたときだった。

(ニールス、オーリイ。エル・フィンもそこか?)

上司からの心話が届いた。オーディンにはあまりサイキックはなかったが、上司のように強い者からサポートをもらえば普通に会話することができる。

(イエス・サー。揃っています)
(マスター、ちょうど良かった。ご自宅に向かう動きのおかしい小隊があると知らせを受けて、誤情報を流してきたところです)

エル・フィンの声に驚いたのはニールスとオーディンだ。そうか、とだけ上司は答えた。わずかに間をあけて続く。

(そこにいる運転手。私が帽子を借りた彼だがね、炎上の件は恐らく知るまい。だが暗殺要員ではあると思う)

三対の目がいっせいに運転手に向けられる。エル・フィンの絶対零度はじめ、厳しい視線に晒された男ががたがたと震えはじめた。

「おいお前……どうもおかしいと思ったら、ろくでもないこと考えてるって?」

すべるようにオーディンが近づき、あっという間にぎりぎりと運転手の腕をねじあげる。
数日前に会ったとき、奥方はあんなに幸せそうに笑っていたのに。それをこいつらは壊すのかと思うと許せなかった。上司の暗殺計画に加えて官舎の襲撃までとは、どう落とし前をつけてくれよう。

うめき声をあげた運転手の懐から、小さなナイフがすべり落ちた。刃の部分が嫌な色に染まっており、毒刃に仕立ててあるようだ。
まともにやりあったのではアルディアスに勝てないからだろう。

ニールスは黙ってそのナイフを拾い上げると、拘束された運転手の目の際にその鋭い切っ先を突きつけ、にっこりと笑った。

「じゃあ、その話は別室でじっくり聞かせてもらおうかな」

朗らかな優しい青年ではあるが、叩き上げの軍人であり長らくアルディアスの傍に仕えてもきた。
その微笑には上司ゆずりの凄絶さが混じり、運転手は震えながらがっくりと頭を垂れたのだった。



リフィアは不安げな顔で、通信パネルと時計を交互に見やった。
最初に病院から連絡があってから、まだ三十分と経ってはいないけれど。
重傷者はいないと聞いたものの、病院からの連絡となればやはり気になったし、一刻も早く夫の元気な顔を見たかった。

「隊長のご命令でこちらから奥様をお迎えにあがりますので、お待ち下さい」

アルディアスの部隊員だと名乗った赤毛の男は、通信パネルの向こうでそう言っていた。
了承して通信を切ったのだったが、その後のアルディアス本人との心話では、彼自身がこちらへ向かっていると言った。
何がどうなっているのかわからない。

だが心話で届いた彼の声は本物だったから、リフィアは疑いなくそれを信じることにした。アルディアス自身が来るまで、玄関のドアはけして開けるまい。

そう決めた瞬間に呼び鈴が鳴り、思わず飛び上がる。
おそるおそるインターフォンのモニターを覗き込むと、門前に運転手の制帽を目深に被った軍人が立っていた。

「……はい」
「隊長のご命令により、奥様をお迎えに参りました」

リフィアの心臓が跳ねる。
どうしよう。どうやって時間を稼いだらいいだろう。アルディアスが来るまで玄関は開けないと決めた、それはもう絶対に揺るがない。
だから彼が来るまで時間を稼がなくては。

「ええと、その……ちょっと、ショックで、足が」

震えてしまうんです、と咄嗟にリフィアは言った。だから準備のために少し待ってくださいと。
しかしそれを聞いた運転手は、いけませんね、と呟くと門扉に手をかけた。

「よろしければ玄関までお迎えにあがりましょう。門を開けていただけますか」
(リフィアン、私だよ)

片手を門扉に、もう片手で制帽をわずかに上げると、見慣れた藍色の瞳がカメラに映った。

(ア、アルディ?)

絶体絶命かと思った展開に、へなへなと膝が崩れ落ちる。門扉と玄関の電子錠を操作して開けると、制帽を被った人は大股にやってきてドアを開けた。

「リフィア!」

リビングの通信パネルの前に座りこんでしまっている妻に駆け寄り抱きしめる。

「アルディ……」
「よかった、無事だね」

琥珀色の髪をかきあげ唇を落として、アルディアスは華奢な身体を抱き上げた。

「インターフォンの会話は盗聴されているからね。詳しくは後で話すけれど、今の私は一介の運転手だよ、いいね」

用意してあったリフィアの荷物を持ち、若草色の瞳がうなずくのを確認してドアに向かう。
監視する目に見せつけるように、緊急事態で上司の奥方を抱き上げたにふさわしい遠慮深さで彼はリフィアを後部座席に座らせ、自分は運転席に乗り込むと車を発進させた。

途中、何台もの軍用車と行き違う。エル・フィンの流した情報に乗せられて、官舎への襲撃が遅れたのだろう。家にいる限りある程度の攻撃は防げるとはいえ、自分が先に連れ出せたのは僥倖だった。


軍病院の上階には、将官専用の病室や個室がいくつもある。
フェロウ准将の検査の名目でそのひとつを借りたニールス、オーディン、エル・フィンは、縛り上げた運転手に麻酔をかけて続き部屋に転がし、上司の到着を待っていた。
この暗殺者から取れるだけの証言は、すでに三人で搾り取っている。

そこへ運転手然としてリフィアをエスコートした長身が現れた。
個室のドアを閉めて椅子へリフィアを座らせると、アルディアスは制帽を取って上着をはだけ、隠していた銀髪を背へ流した。

「やれやれ。エル・フィンのおかげで間に合ったよ。ありがとう」
「いえ、マルスの功績です。動きのおかしい小隊を見つけて、五分程度の足止めをしたのは彼ですから。結局出発はさらに五分遅れたようですが」
「マルスって、あの熊みたいなやつか?」
「そう。でもハッキングの腕は超一流なんだよ」

オーディンの疑問にニールスが答える。マルスはエル・フィンの潜入捜査に同行した直属の部下であるが、アルディアスの副官として彼はすべての隊員の特徴を諳んじていた。

「では一応落ち着いたところで、何があったかを整理してみましょうか」

室内の冷蔵庫から人数分の飲み物を出して配った後、てきぱきとニールスが言った。




















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【第二部 陽の雫】 目次



皆様のドキドキコメントを拝見して、にやにやしていた作家的ドSな私ですが ←
あそこであんまりお待たせするのも酷かなと… 笑

皆様のご期待に応えられているといいのですが、いかがでしょうか?
ご感想お待ちしております~♪


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最終更新日  2011年02月13日 13時18分32秒
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