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2024.10.18
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 それは封じられた物語のはずだった。

「ラシル!」

 悲痛にも聞こえる叫びが、『氷の双宮』の門扉の前で震えながら待っていた父親の喉から搾り出される。

「こっちよこっち! 早く!」

「お母さん、お父さん!」

「お前、なんてことをお前!」

 門の外から泥だらけになりながら駆け込んできた幼い少女は、片足が千切れた布の人形を抱えている。

「ごめんなさいごめんなさい、でもどうしても、アサドちゃんのものだから!」

「ああああ!」

 悲鳴を上げて母親が少女を掻き抱く。少女の手から滑り落ちかけた小さな人形は、今にもばらばらになりそうで、あちらこちらに血の跡がある。

「落としちゃったの、お椀は溝に、落としちゃった!」

 安全な場所で、温かな父母の腕に抱えられて、無力を嘆く少女は気づいていない、自分がどれほど幸運だったのか。そのささやかな幸運さえ手に入らず、この門に辿り着けずに果てた命のことを、少女が思い及ぶのはいつだろう。数日後か………それとも数十年後か。

『ラズーン内壁の中はもう戦場だ』

 門の際に立ち、人々と『運命(リマイン)』を選別し終えたアシャのことばに、誰もが凍りついて彼を眺めた。

 まさか、と微かな声が広がる。

 まさか、そんなことが。

 まさか、あなたが、そう言うなんて。

 だがそのざわめきは、不安の色を濃くする。

 『金羽根』が門の中へ戻り始めたのを見たからだ。

 なぜだ。

 問いは酷い答えを返す。

 既に、この門の外に守るべきものはいない。

 人々は沈黙したまま、俯きがちに項垂れて門の中へ入ってくる『金羽根』を見つめる。

 美しい『銀羽根』は? 誠実な『銅羽根』は? 武勇に優れた『鉄羽根』は? ラズーン外壁に敵さえ寄せ付けない『野戦部隊(シーガリオン)』は?

 いない。

 もういない。

 もう誰も、この門の外で守りを固めて戦うものはいない。

『これより先、再びこの門が開かれることがあるのか、それとも、もう二度と人の世に戻れないのか、誰にもわからない』

 『氷の双宮』の奥で『太皇(スーグ)』が招いてくれていると、一時の安堵に緩みかけた心を引き絞る、冷徹で静かな声だった。

 ラズーンの光の王子と呼ばれていた青年が、明るい希望の象徴だった存在が、自分達の命を容赦無く秤にかける、そんな冷ややかな断罪者だったなんて。

 静かに視線を投げるアシャに、怯えた顔で両親は幼い子どもを抱え込み、引き下がり、その視線に触れぬように我が子を背後に庇った。

 食い入るように見上げる瞳を、アシャは無表情に見返し、呼ばれたように視線を上げる。

 『双宮』の彼方に、水を満たさぬ噴水の向こうに、佇む一人の老人を認めた。

 穏やかな表情のまま、『太皇(スーグ)』がゆっくりと頷く。

 行くが良い。

 アシャも頷き返す。

 参りましょう。

「アシャ!」

 思わずびくりと体が震えた。

「俺達も戻ってるぞ、アシャ!」

イルファ

「俺達が必要か!」

 野太い声は響き渡った、沈み落ちる人々の上に。

……必要だ」

 アシャは掠れた声で返した。

「この先の世界に、必要だ」

……お前もだ!」

 イルファが一瞬、胸が詰まったような顔で淀み、すぐに言い放った。

「お前も、この先に必要だ!」

 違う。

 アシャの呟きを察したのだろう、イルファの顔が赤らむ。側に立ち竦むレスファートの頬に次々と涙が伝わっている。敏感で繊細なレクスファの王子には、アシャが何に成り果てるのか、気づいてしまうのだろう。その側に、やはり凍りついたように立つレアナの顔は青白く、かつて見た柔らかさも朗らかさもない。

 それが正しい、この世界の『人』ならば。

 破滅のありかを察したならば、覗き込もうとさえしないはず。

「帰って来い!」

 イルファが吠える。

「帰って来るんだ!」

 お前は、俺の、アシャだろう!

相変わらず」

 苦笑いをアシャは浮かべる。

「どうしようもないことを」

 くるりと背中を向ける。視線は背中に叩きつけられている。憎悪と恐怖と懇願と悲哀に満ちた、『人』の視線。

 歩みを止めるな。

 言い聞かせながら、アシャは開いた門を離れていく。

 立ち止まるな。

 既に全ての流れは崩壊に向けて動き始めている。

 背後で重々しく音を響かせながら、『氷の双宮』の門が閉まる。

 アシャはようやく振り返った。

 聳え立つ、白く清冽な、守りの壁。

 『人』の命を保持し、『運命(リマイン)』の命を断ち切るシステム。

……本当は、ずっと昔に」

 アシャは雨が止んで深く澄み上がり始めた空を見上げる。

「ずっと昔に、滅んでいたはずなんだ」

 最後の因子の俺が消えれば、全てが終わるはずなんだ。

 体から金色の光が舞い上がった。見る見る光度を上げ熱を帯び、広げた掌から踏み締めた足元から、乱れる髪と呼吸に弾む体から、炎が立ち上がり白い壁に這い寄っていく。

 やがて壁に炎は辿り着いた。あっという間に壁を伝って範囲を広げ、世界を焼き焦がしていく。

 

 それは封じられた記憶の中に宿る光景そのものだった。

 かつて繁栄の限りを尽くした人類という生命体が、己の欲望から自らを焼き尽くす業火を生み出し、世界を崩壊させていく光景だった。

****************

 

 今までの話はこちら。(ラズーン用)

2070000ヒット、ありがとうございました!
遅れてしまい、申し訳ありません。
が、地道にぼつぼつ書き溜めておりますよ!
メルマガの『ドラゴン・イン・ナ・シティ』と同じく、おおよその骨格はありますが、毎日の中での発想やふと引っかかったことなどを含めて展開しているようなので、色々とギリギリで書いている感覚です。
構築とか伏線とか難しいことが考慮されていません(こら)
キャラクターも変わっていってしまう恐れがありまして、ヒヤヒヤしています。
元々考えていたタイトルは『AD3500』でした。
このAD3500というのは、『DRAGON NET』に関わるお話です。
けれど、それを読んでいなければ読めないわけではない……ほんと、作者のお遊びです。
実は『ラズーン』の方が元ネタで、それが『DRAGON NET』に流れた感じです。
でも、『DRAGON NET』に流れたおかげで、自分の中に意味合いが深くなり、少し変わった部分もあります。一時期「わーこうなると全部繋がる!」と楽しくなって組みましたが、逆にこだわりすぎると身動き取れなくなるなあと考えているとことです。
後々真実に迫る人も、実はこの人じゃなかったです。
イルファも思ったより立派だった(笑)
頑張って繋いでいきます。
楽しんでいただけると嬉しいです。







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Last updated  2024.10.18 22:36:15
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