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**************** 美並は土曜日曜を真崎と過ごした。 何をしていたわけでもない。甘い夜を過ごし、ゆっくりめに起きて休日の朝、さすがにいろいろと目立ってしまったから、サングラスを掛けた真崎と、無理やりつけさせられたマスクの美並で、スーパーに買い物に出かけ、朝昼兼用の食材を買う。イングリッシュマフィンを買って、ポテトサラダとハム、レタスを挟み、かぼちゃのスープを合わせて食べる。嬉しそうに2個平らげた真崎は、食後のコーヒーを淹れ、2人でたまたま始まった映画をTVで観た。 小さな奇跡の物語だった。 成功を夢見て都会に出て、同僚の裏切りで何もかもをなくし、田舎町に戻って小さな雑貨店を営む男。古い屋敷の始末を頼まれ、そこにある物は売っていいと言われて引き受け、何十もの部屋がある屋敷に赴く。渡されたのは古い小さな鍵で、玄関を開けると埃の溜まったカビ臭いホール、いくつかの扉が並んでいるが、どれも鍵が掛かっている。ホールには碌なものがなく、大きな花瓶が一つだけ、それもひびが入っていて使い物にも売り物にもならない代物だ。 男はがっかりして世界と自分を呪う。夢ばかり抱いて散々な目に合ったのに、また馬鹿な期待をしてこんな目に遭っている。自分を嘲笑いながら屋敷を出て行こうとしてふと花瓶を振り返り、引き寄せられるように覗き込めば、そこにはぎっしりと鍵が詰まっている。渡された玄関の鍵と同じ意匠、震える手で一番上に乗せられている鍵をホールの扉に一つ一つ合わせて見ると、かちりと音がして扉が開いた。扉の向こうにあったのは、絢爛豪華な飾り立てられた広間、数限りない扉がそこに並んでいる。花瓶に入っていたのが、この屋敷の扉の鍵だと男は気づく。 男は毎日屋敷に通い、一つ一つ鍵を合わせていく。開いた扉の向こうには財宝もあったが、薄暗い地下牢、穏やかで静かな庭園、湯気の立つ食事が並べられた明るい食卓もあった。始めこそ、手に入ったものを売り捌いていたが、そのうちに屋敷に住み込むようになり、毎日鍵の合う扉を探して歩きまわるのが日課となった。驚いたり笑ったり喜んだり怯えたりしながら、男は日々を暮らしていく。 ある日男は残った鍵がただ一つとなったことに気づいた。しかし、扉が見つからない。 全ての扉を開けたはずだった。屋敷のことを隅々まで知っていると思っていた。男は探し回り、隠し扉や隠し通路があるのかと、時に屋敷を破壊して見たが見つからない。夢は急速に色褪せた。食べるものにも住むところにも困らない、財宝は売り捌いても減ることがなく、ただ、鍵の掛かった扉だけが見つからない。 男は寝込むようになった。医師を呼んでも何も悪いところがないと言う。散歩を勧められ、屋敷を離れてみることを提案された。鍵のかかった扉さえあればいいのに。男は気鬱を持て余して、自分が放り出した雑貨屋に戻った。埃を被り、汚れて閉ざされた雑貨屋は、男が訪れた屋敷のようだった。片付けて整理し、掃除を始めた。それと知らぬうち、鍵のかかった扉を探していた。 やがて男は日記を見つける。古めかしい錠前がついた日記、昔見た気もするが思い出せない。だが錠前の意匠は鍵と同じだ。興奮に胸を躍らせながら鍵を差し込むとかちりと音を立てて開いた。1ページ目に屋敷の絵があった。古びた屋敷に男が一人入っていく。ページを捲るごとに、男が今まで開いた扉とその部屋が描かれていた。 最後のページを開くと、それは雑貨屋の入口だった。戸惑う男の目の前で、ページの中の絵が動く。扉が開き、誰かが立っている。思わず入口を見上げた瞬間、扉は軋んだ音を立てて開く。一人の女性が立っていた。裏切った同僚に奪われたはずの婚約者、同僚と結婚したはずの相手だった。 彼女は驚き、尋ねる。私の店にどうしてあなたが居るのかと。男は応じる。ここは俺の店だった。夢破れ、あなたを失い、生きていく力を失った俺の店だった。それは間違いだと彼女は語った。私こそ、あなたに捨てられ、道を見失い、それでも一人生きて行こうと買い求めた店だった。 男は訳がわからないまま、手にした日記を彼女に差し出す。 見て欲しい、これが俺が暮らしてきた日々だった。彼女が受け取り、訝る。全てに私が描かれているわ。驚く男は日記を見直し、豪華な部屋の絵画に、薄暗い地下牢に貼られた紙に、庭園の薔薇の中に、食卓に置かれたナプキンの飾りに、全ての部屋の中に、彼女が描かれていたのを見つける。 俺は君を愛していたんだ。男が呟く。あなたは私を愛していたのね。彼女が呟き、そっと一冊の日記を取り出した。 あなたもこれを見てくれるかしら。この店に辿り着くまで、私はたくさんの旅をしたの。行った場所の全てにあなたを見つけて悲しかった。あなたの居ない場所を探して、ここへついに辿り着いた。なのに、あなたがここに居るなんて。 男は彼女の日記を掴み、彼女は男の日記を胸に抱く。小さく囁き合う、もう一度、最初から始めましょう。彼女が渡した鍵を受け取り、2人は片付いた店の暖炉の前で互いに受け取った日記を開くと、そこは真っ白なページに戻っている。顔を見合わせた2人は笑い、それぞれにペンを取り出して書き始める、今日、あなたに出会った、と。 **************** お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.09.14 00:00:10
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