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草加の爺の親世代へ対するボヤキ

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2010年11月24日
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江戸時代の近松門左衛門


と言いましてもご存知ないかもしれませんが



近松の描くところの世界は「義理と人情」。



それも義理を立てようとして、人情を捨てきれない



人間の心の葛藤をドラマティックに表現した




傑作がおおく、よくシェークスピア・沙翁に比せられました。




今日では近松も義理も人情も、みんな忘れられて




歴史の彼方に埋没してしまっているかも知れません。




しかし、学校の教科書には名前ぐらいは




載っていますので、それを頼りにして論を進めてまいります。




義理とは、辞書に、自身の利害にかかわりなく、



人として行うべき道。特に、交際上、いやでも他人に




対してしなければならないこと、とあり



人情は、人ならば、誰でも持っている筈の、人間らしい心。




同情・感謝・報恩の気持ちなど、と記述されています。




さしずめ、義理と人情をすっかり頭から



捨て去ってしまった今日の人びとは、昔の人から



「人でなし」と評されることでしょうか。




それはさておき、今更ながらこの古臭い



義理と人情を持ち出した、わたし・草加の爺の



下心を開陳いたします。



義理と人情の板ばさみ、の世界は




過去の限られた時代の「古臭い、カビの生える観念」




などでは全くありません。それを



西洋流に表現し直して見ると、理想(主義)と



現実(主義)の対立・せめぎあい、または



建前(パブリック)と本音(プライバシー)の軋轢



というふうに置き換えが可能です。




個人のレベルでも、国家、国際社会の付き合い




でも、この両者のバランスの取り方如何が



非常に重要な、いわば永遠のテーマだったのです。




そして、昔の日本人はことのほか義理を



世間との付き合いを大切にしたようです。個人の私情は




泣く泣く殺してでも、世間様を重んじようと



必死の努力をしたようであります。



近松門左衛門の作品はその事実を、きわめて雄弁に




わくしたちに語ってくれています、まず関心を抱き



謙虚にその世界に向き合う気持ちさえ



わたしたちに、ありさえすれば、のことですが。



如何でしょう?お忙しい、あなたですが



人形浄瑠璃でも、古典文庫でも



一度、体感されることを切におすすめします。







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最終更新日  2010年11月24日 12時09分08秒
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