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第2部 第一章 「ライフ・メンタリング」の実践
その二 それでは、私と言う人間は、何時、何処で、どんな風に ライフメンターとしての修行を積んだのか?― 答えは、前歴である テレビ・プロデューサーとして長年活動を続ける中で、なのですよ。つまりは……。 プロデューサーの役割の中心は様々な職能集団、つまり監督を始めとする スタッフ、出演者、局サイド、代理店、その他制作に携わる多数の 関係者を、テレビドラマの製作という目的に向って束ね、予算と言う まことに厳しい制約をクリアーしながら、予め決められている日時での オン・エアーという、これまた絶対の条件を踏まえつつ完成させなければ ならない、義務を課されています。その主たる役割は調整役ですが その構成メンバーのどの一つを選んでみても、謂わば「一癖も、二癖 もある兵(つわもの)」揃いでありますね。それはそれは、実際に 経験した者でないと理解し難い「難事業中の難事業」なのですね、全く。 一例を挙げれば、実績のある大物の脚本家。著名な監督、主演のスターさん……。 どのお一人を選んでみても、主張の強い個性的なメンバーですよ。 その人たちの 勝手な 言分を呑んで、最終的には発注元である放送局の 要望する、質の高い娯楽作品に仕上げ、厳しい視聴者による視聴率という 洗礼を受け、最終の責任を一身に引き受けなければなりません。その プロセス・過程の中にこそ、プロデューサーとしての「栄光」も「悲哀」も 共にあるのですが、大きな額の予算を預っての請負仕事だけに、 その心労たるや生易しいものではありません。現役の時にはそれ程とは 感じていませんでしたが、引退して初めて「背負っていた肩の荷」の 重さを実感した次第でした、本当に。 現役時代の愚痴話をするのが、目的ではありませんでしたね。 テレビドラマのプロデューサーが 宿命 として背負っていた大きな 職務ののうちの最大のものは、関係者一人一人の言分をよく聴くということでした。 どのひとつも疎かには出来ません。ひとつひとつ丁寧に聞き取り、意のある所を 深く汲み取らなければなりません。それぞれの生活が賭っている事ですので 真剣勝負の連続です、実に。先方の言い分を全て受け入れた上で、 最終的には、此方の主張を貫かなければ仕事になりません。この辺の 駆け引きは、まことに微妙なものがあります。今の世の中ですから、 全てがお金で解決のつくことと言えるでしょうが、そのお金・予算が 悲しいかな、とても貧弱なのですから。もともと民放の場合には CM,つまりコマーシャル・メッセージが本来の「主役」であり、番組の 中味は「脇役」なのです。そして、番組の中で最も高額な予算を必要とするのが ドラマですし、中でも一番予算がかかるのが時代劇なのですよ。私の 場合、最初にプロデューサーのタイトルを冠して制作したのが 時代劇だった事もあり、時代劇の大作を何本も手がけさせて頂く 幸運に浴しています。ですから、その半面で、作品作りから受けた 「重圧」もまた、当然並大抵ではなかった、とも言い得るでしょうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年03月24日 12時54分53秒
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