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第 三百三十六 回 目
劇映画 『 ビッグチャレンジ! 』 その三 (31) 鉄道のガード下(別の日) 一人のホームレスが数人の中学生たちに襲われている。と、言っても中学生たちの態度は遊び半分、 ゲームを楽しむような軽い乗りである。丁度通りかかった一太郎が止めに入ると、中学生たちは散り散り に去って行った。 ホームレスの男「御親切にどうも――」 一太郎「どこにも怪我などありませんか?」 ホームレスの男「大丈夫です。いや、連中も本気でやっている訳じゃないのです。いわば顔馴染みに 対するちょっとした御挨拶って所なのですね。でも、これがこんな境遇に落ち込んだ者にとっては、思い の外に効くのですよ(と、半分涙ぐんでいる)」 一太郎「……」 ホームレスの男「みんな自分の事だけで精一杯で、誰も他人の事なんか……、見ても知らんぷり。それ に較べてお宅さんは…、本当に有難う!」 一太郎「いや、いや、別に」と、行こうとする。 ホームレスの男「あの、失礼だとは思うのですが、一寸だけお礼がしたいのです。いや、お時間は取ら せません。ほんの一時間、いやいや、三四十分で結構です」と一太郎の手を押戴かんばかりに掴んでい る。 (32) 料理研究家の屋敷・居間 バスルームから小ざっぱりとした衣装に着替えたホームレスの男が出て来て、一太郎に声を掛けた。 男「どうです、姐さんの料理の味は? 美味しいでしょう」 一太郎「(感に堪えたように)素晴らしいです、本当に……」 男「そうでしょう。専門の、プロの料理屋さんの味とは別物の、純粋に家庭料理。言わばお袋の味なの ですが、天下一品でしょ」 その時、奥のキッチンから別の料理を運んで来た、料理研究家である姉が、 姉「まあまあ、伸ちゃんたら初対面の御客様の前で、そんなに手放しでお世辞を言われたら、私、 極まりが悪くて仕方がないわ」 と、本当に顔を赤らめている。料理を一太郎の前に置いた後で、やおら居住まいを正し、 姉「本日は、伸ちゃん、いえ、弟をお連れ頂きまして、何とお礼を申し述べたらよいのか…」 弟「姉さん、ここへお連れしたのは、僕の方だってば」 姉「(笑って)そうでしたね。ともかく、本当に有難う存じます」 一太郎「私は何も致しては居りません。お礼を申さなければならないのは、私の方です。こんなに美味 しいお料理を口にするのは、生まれて初めての事ですから」 姉・弟「(同時に)有難う御座います」 姉と弟は互いに顔を見合わせて、心底嬉しそうである。 姉「三年振りなのです。私達、親も身寄りもない、二人きりの姉弟(きょうだい)なのです。さっき聞 いたら、半年も前から目と鼻の先の距離の所に、寝泊りしていたって言うじゃありませんか……、淋しが り屋の癖して、妙に頑固なんです、この子は」 姉も弟もしんみりとしている。 (33) 一太郎の回想(二十数年前) 花屋の前でバラの花束を横目で睨みながら、思案している一太郎。何か思い詰めたような表情であ る。 (34) 郊外にある私鉄の駅(回想の続き) 改札附近に、棒の如く硬直して立つ一太郎。勤め帰りの桜子(野暮なメガネを掛け、地味な服装であ る)が大勢の乗客に混じってやって来る。一太郎、ピクリとする。声を掛けようと焦るが、声が出ない。 一太郎に気付かずに通り過ぎて行く桜子。 一太郎のモノローグ「数日前に偶然、駅で幼馴染の桜子の姿を見かけた……」 (35) 夜の道(回想・続き) 桜子の後を追ってくる一太郎。体中が極度の緊張状態である。 一太郎「あの、失礼ですが……」と声を掛けた。恐る恐る振り返り、 桜子「あなたは――」 一太郎「えエ、一太郎です。日本一太郎です。お久ぶりです」 (36) 夜の公園(回想・続き) ベンチの両端に、ぎこちなく座る一太郎と桜子の二人。 桜子「あの、折り入ってのお話と言うのは…」 一太郎「(殆ど固まっている)はい」 頻りに腕時計に目を遣る桜子が、遂に痺れを切らして立ち上がり、軽く会釈しながら立ち去ろうと する。その後ろ姿に、それまで後ろ手にしていたバラの花一輪を前に突き出し、 一太郎「僕と、ボクと結婚して下さい」 ゆっくりと立ち止まった桜子は、無言である。 一太郎「貴女を、倖せにします。いえ、嘘です、正直に言います。貴女と結婚して僕自身が幸福になり たいのです」 後ろ向きの桜子の肩が、小刻みに震えている。諦めて、立ち去ろうとする一太郎。 桜子「あの……、待ってください」 (37) 元の料理研究家のリビング 姉と弟とが楽し気に談笑し、一太郎も幸福感に包まれている。 弟「このシャツもズボンも、まるで誂えたみたいにピッタリとフィットなんだけど」 姉「当然でしょ、伸ちゃんの為に私が前々から、買い置きしていたのですもの」 弟「なーんだ、僕用だったのか。道理で……、姐さん、有難う。本当に有難う」 (38) アパートの一室(回想) 老朽化した、狭い一DKの部屋。過労で寝込んでしまった一太郎を、甲斐甲斐しく看病する桜子。桜 子の方も疲れからかかなり窶(やつ)れている。 一太郎のモノローグ「プロポーズをOKして貰ったのはラッキーそのものでしたが、新婚時代から妻に は苦労のかけっぱなしで、貧乏生活の連続で、我ながらに実に不甲斐ない有様でした」 ドアをノックする音。桜子が戸を開けると、アパートの大家さんが両腕に野菜や米などの食料品を 一杯に抱えている。 大家「これ、うちの田舎から送って来たので、よかったら使って下さいな」 桜子「お家賃の方、何か月も滞納していますのに……」 大家「困っている時には、お互い様です。一太郎さんには随分と以前から親切にしてもらい、うちの 子供達もお世話になっています。一太郎さん、底抜けのお人好しで、この近所では評判なのですよ、奥さ ん」 その一太郎も布団から半身を起こして、頭を下げている。大家さんは「その儘、その儘」と手で一太 郎を制した後で、最後に「これは家内の着古しで、恐縮なのですが―」と、衣類をくるんだ風呂敷包みを 置いていった。 (39) 料理研究家の家の玄関 一太郎「とんだ御馳走に与りまして――」 姉「滅相も御座いません。こちらこそ、大変な御恩を蒙りまして、お礼の申しようも御座いません。 今後共に、宜しくお願い致します。伸ちゃん……」と、弟を見返り、促す。 弟「今日の事は、一生恩に着ます。心を入れ替えて、また一から出直す決意です」と、一太郎の手を 固く握った。 一太郎「お互いに頑張りましょう」 (40) 川沿いの道(夕方) やって来た一太郎、ふと立ち止まり、草の上に腰を下ろす。 一太郎「自分にセールスナンバーワンになれる才能があるのだろうか……」、自信無げに呟く。 (41) J M C の会議室(面接シーン・回想) 社長、部長、課長の三人が一太郎を相手に、入社面接をしている。進行役の課長が一太郎の履歴書の 写しを社長と部長に手渡す。 課長「随分と、転職されているようですが」 一太郎「はい…」 部長「理由は? こんなに何度も職を変えている訣は、一体何なの、君ッ!」 一太郎「色々な理由があります。まあ、ケースバイケースです……」 課長「それにしても、多過ぎはしませんか?」 一太郎「はい…(顔を伏せ、しかし上目遣いに女社長の様子を窺う)」 社長「………」、静かに一太郎を凝視している。 (42) 日本家のダイニングキッチン 桜子が夕方の買い物から帰って来る。テーブルの上に置かれた一通の手紙。何気なく開いて、中を読 む桜子。 手紙「お母さん、ご心配をお掛けしますが、自分なりに熟慮に熟慮を重ねた末の結果ですので、お許し 下さい」 (43) 郊外を走る列車 その窓側の席で、窓の外にボンヤリと視線を向けている娘の美雪の姿がある。 美雪の声「何の原因も見当たらないのですが、一種のスランプと考えました。知合いの実家が郊外で 果樹園農家を営んでいて、人手不足で困っているそうです……」 (44) 元の D K 手紙を読んでいる桜子。突然、電話のコールサインが鳴る。電話に出た桜子の表情が暗く曇る。 桜子「はい。相済みません……、はい、直ぐに参ります」 (45) 日本家の表 慌てて外出する桜子の姿を、二階の自室のカーテンの隙間から覗いている、引き籠り中の長男・健 太。 (46) 書店の事務室 本を万引きして店主に取り押さえられた次男の正次が、首をうなだれて店主の前に立っている。 桜子「(かなり取り乱して)まア、あなたって人は――」 「ワッ」と泣き出す正次に掴み掛る桜子を、「まあまあ」と宥めるようにして、 店主「お母さん、本人もかなり反省していますので、今回は警察や学校の方には通報しない事にしま す。ご家庭での厳重な注意をお願いします」 桜子は、ただただ頭を下げるばかりである。 (47) オフィスビル(夕方) その前に立ち、上の階を見上げる一太郎。大きく一つ深呼吸をして、自分自身を鼓舞するようにして 入口に向かう。 (48) 同ビルの中、○ ○ 商事の受付 受付嬢に案内を請う、一太郎。 受付嬢「はい、確かに承って居ります」と、一太郎を応接室に案内する。 (49) 同・応接室 緊張して待つ一太郎である。と、軽快な身のこなしで入って来た若い重役。 重役「お待たせして申訳ありません…、前の商談が長引きまして」 やたらと腰が低く、丁寧な口調である。意気込んで早速セールストークを開始する一太郎に対し、 相手は調子を合わせるように大きく頷き、「なるほど、成程…」、「それは素晴らしい!」、「はい、は い、はい」などと応じているが、一向に肝腎の O K の返答がないのであった。次第に、一太郎の表情に 焦りの色が浮かんでいる―。 (50) 先輩老人の会社(夜) 入口で、いつもの様に秘書に取り入って、拝み倒すように頼む一太郎。突然「入れッ!」と一喝する 如き大きな声。 (51) 同・社長室 先輩の老社長に対面している一太郎。この老社長、如何にも頑固一徹、無口、不愛想で終始不機嫌そ うにはしているが、一太郎を心底嫌っているのではないらしい。 社長「それで……」 一太郎「どうぞ、弊社の経営ジャーナル誌を半年程、いや、二三か月でも結構ですので、どうかその 御購読頂きたいのです」 社長「厭だね」 一太郎「何か、ご不満でも?」 社長「別に、不満はない」 一太郎「はあ……」 社長「……」 一太郎「私の説明に足りない所が御座いましたでしょうか」 社長「別に」 一太郎「それでは、是非とも一度――」 社長「いやだね」 一太郎は土下座して「一生のお願いです!」と懇願する。 社長「止めろ」、遂に後ろを向いてしまった。「帰れ!」、一太郎にはもう打つ手が何もないのだ。 社長「一度、話を聴いてくれと、しつこく言うから聞いたのだ。もう帰れ」 (52) 日本家リビング(夜) 桜子「お仕事で疲れていらっしゃるのに、こんな嫌なお話ばかりで気が引けて……。本当に申し訳ない と思うのですが」 一太郎「いや、いや、君には苦労と心配ばかりかけて、僕の方こそ済まないと…」 桜子「あなたを責める気持ちなど、これっぽっちもありません。わたしは自分自身の至らなさが、もど かしい…。もっともっと、しっかりしなくては」 気が付くと、一太郎の手が優しく桜子の手を握り締めている。 一太郎「済まない、ほんとうに済まない」 桜子「……」 (53) いつものジョギングコース(早朝) 雨の中を、ひとり黙々と走る一太郎。厳しいが、決して暗くはない、固い決意の思いが一太郎の表情 に滲み出ている。 (54) J M C の廊下(朝) 女社長「日本さん、ちょっと(大きな声である)」と、出勤して来た一太郎を呼び止めた。叱られるの かとギクリとする一太郎。 社長「 H 社の専務さんにお会いした時に、日本さんのことが話題になったのです」 一太郎「ハイ……(蚊の鳴くような弱々しい声)」 社長「色々と大変な事が多いでしょうが、頑張って下さいね」、それだけ言うとクルリと背を向けて 去って行く。一太郎は怪訝な面持ちで見送っていたが、固まっていた表情が自然と崩れ、笑顔になった。 (55) 会社のオフィス 一太郎が自分のデスクで外出の準備をしている。 課長「日本君、部長がお呼びだ」と、後ろから声を掛けた。一太郎は弾かれたように席を立つと、部長 のデスクに向かう。 一太郎「部長、お呼びでしょうか?」 部長「社長がね、どういうわけか君に甘くてね、もう少し時間を与えてやれと、仰るのだが、私として はもう我慢の限界なのだよ。君の今の働きでは、つまり、給料の半分にも足りないのだよ。分かっている ね、根性を入れ直して頑張ってくれ給え」 一太郎「申訳も御座いません」と、深々と頭を下げるしか仕方がないのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2018年09月24日 10時13分41秒
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