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うつせみし 神に堪(あ)へねば 離(さか)り居て 朝嘆く君 放(さか)り居て わが戀ふる君
玉ならば 手に巻き持ちて 衣(きぬ)ならば 脱(ぬ)く時もなく わが戀ふる 君そ昨(き ぞ)の夜 夢(いめ)に見えつる(― 人間は到底神に近寄ることが出来ないものであるから、神上 がりなさった大君にお逢いできずに、離れていて朝夕に、私の恋い嘆く大君、玉ならば手に巻き 持ち、衣なら脱ぐ時も無く、私の恋しく思う大君が昨夜、夢に見えたことである) かからむの 懐(こころ)知りせば 大御船 泊(は)てし泊(とま)りに 標(しめ)結(ゆ)は ましを(― こうなるだろうと前から分かっていたならば、天皇のお乗りになっていた大御船の 泊まっていた港にシメを結って、大御船を留めて、天皇が天路を旅立たれないようにするのだっ た) やすみしし わご大君の 大御船 待ちか戀ふらむ 志賀の辛崎(― わが大君の大御船を、 志賀の辛崎は恋い慕い、お待ちしているのであろうか) 鯨魚(いさな)取り 淡海(あふみ)を 沖放(さ)けて 漕(こ)ぎ來る船 邉(へ)附きて 漕 ぎ來る船 沖つ櫂(かい) いたくな撥(は)ねそ 邉つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫(つま) の 思ふ鳥立つ(― 淡海の海の、遠く沖辺を漕いで来る舟よ、岸辺沿いに漕いで来る舟よ。沖 の舟もひどく櫂を撥ねないでおくれ、岸の櫂もひどく撥ねないでおくれ。懐かしい私の夫が愛し ていた鳥が、驚いて飛び立つから) ささ浪の 大山守(おおやまもり)は 誰(た)がためか 山に標(しめ)結う 君もあらなくに (― ささ浪の大山守は誰のために山に標を結って守るのか、山の持主でいらっしゃる天智天皇 はもはやいらっしゃらないのに) やすみしし わご大君の かしこきや 御陵(みはか)仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜 のことごと 晝はも 日のことごと 哭(ね)のみを 泣きつつ在りてや 百磯城(ももしき)の 大宮人は 去(ゆ)き別れなむ(― わが大君の、恐れ多いお墓にお仕えしている山科の鏡の山 に、夜は毎夜、夜を込めて、昼は毎日、日もすがら泣いてばかりいたが、今はもう、別れ去って しまうのであろうか) 三諸(みもろ)の神の 神杉 夢にだに 見むとすれども 寝(い)ねぬ夜ぞ 多き(― 三輪の 大神が鎮座なさっていらっしゃる三輪山の、尊い神杉ではないけれども、せめて、今は亡き十市 皇女(とをちのひめみこ)を夢に見たいと思うけれども、皇女を失った強い悲しみで眠れない夜が 多いのだ) 三輪山の 山邊眞麻木綿短木綿(やまべまそゆふみじかゆふ) かくのみ故(ゆゑ)に 長しと思 ひき(― 三輪山の山の辺にある真麻の木綿は短いが、その様に皇女の命も短いものだったの に、私は知らずに長いものだと信じ込んでいたのだ) 山振(やまぶき)の 立ち儀(よそ)ひたる 山清水(やましみづ) 酌(く)みに行かめど 道知 らなくに(― 美しく黄色い花の山吹が周りに立って飾っている、山の清水を汲みに行こうと思 うのだが、黄泉までも訪ねて行きたいと思うのだが、道が分からないのだ) やすみしし わご大君 夕されば 見(め)し給ふらし 明けくれば 問ふ給ふらし 神岳(か みをか)の 山の黄葉(もみち)を 今日もかも 問ひ給はまし 明日もかも 見(め)し賜はまし その山を 振り放(さ)け見つつ 夕されば あやに悲しび 明けくれば うらさび暮し 荒栲 (あらたへ)の 衣の袖は 乾(ふ)る時もなし(― わが大君が、夕方はご覧になり、朝は御訊ね になるように思われる、神岳の山の黄葉を、今日もお尋ねになられ、明日も御覧になるであろう か。その山を眺めやっては、私持統天皇は夕方になると無性に悲しくなり、夜が明けると心寂し く暮らしては、喪服の袖は乾く時がないのだ) 燃ゆる火も 取りて裹(つつ)みて 袋には入ると 言はずや 面(おも)知らなくも(― 燃え ている火を袋に入れることさえ出来ると、言うではないか。それなのに、私は亡くなった天皇を 心に思うようには出来ないでいるのです。こんなに悲しい事があって良いでしょうか、不条理す ぎる現実でありまする) 北山に たなびく雲の 靑雲の 星離(さか)り行き 月を離りて(― 北山の上に棚引いてい る雲の、薄青く白い雲が今、星を離れて去り、月を離れて去っていこうとしている。このように 天上の運行に示される如く、大君は私を後に残して、去って行かれた) 明日香(あすか)の 清御原(きよみはら)の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし わご大 君 高照らす 日の皇子(みこ) いかさまに 思ほしめせか 神風(かむかぜ)の 伊勢の國は 沖つ藻も 靡きし波に 潮氣(しほけ)のみ 香(かを)れる國に 味(うま)こり あやにともし き 高照らす 日の皇子(― 明日香の清御原の宮で、天下をお治めになられた天武天皇、わが 大君、日の皇子は、どうのようにお思いなされたからか、神風の吹く伊勢の国、沖の藻も靡いた 波に、潮のけのほのかに立つ国を経由なされて……、( 遥かなる祖先の故郷へと旅立たれた ) 私、持統天皇にとって、口では言い表せない程に愛しい、日の皇子でいらっしゃいます) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年02月09日 16時51分40秒
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