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われのみそ 君には戀ふる わが背子が 戀ふとふこと は言(こと)の慰(なぐさ)そ(― 私
だけが最愛のあなた様を恋し慕っておるのでして、あなた様が私を恋しているなどとは、ほんの上 辺だけの慰め事にしか過ぎませんわ) 思はじと 言ひてしものを 朱華色(はねずいろ)の 變(うつろ)ひやすき わが心かも(― あなた様の事など決して思うまいと申してしまいましたが、初夏に咲いて赤い花を付けつる朱華の 花のように、私の心は直ぐに変わってしまうのです。ですから、そう申した後で直ぐにもう、あな た様の事を心に浮かべて恋焦がれてしまっておるのですから) 思ふとも 驗(しるし)もなしと 知るものを なにしかここだ わが戀ひわたる(― あなた 様の事を恋い慕ったからと言って何の効果もないことを私はよく承知致して居るのですが、どうし てでありましょうか、何でまた、こんなにもあなた様のことばかり思い焦がれてしまうのでしょう かしら) ―― 自分の物でありながら、自分の自由にならないものが自分の心だ、などと聞 いた風な事を今更ながら私・草加の爺が申したとしたら、貴方はどんな風に思われますか。そうで す、我が心などと言っておりますが、自分の心などというものは存在してはいないのですね。恋に 悩んだ経験のお有りの方ならば直ぐに御納得いただけるのですが、思うに任せないのが、曲者の 「こころ」なのですね。心は宇宙と同義だなどと言うと、抹香臭いと感じるかも知れませんが、一 事が万事とは真理でありますから、坊主が唱えようが、シェークスピアが喝破しようが、へそ曲り が異をぶつけようが、事実に変わりはないわけでありますよ。酔生夢死と感ずれば、それもよし で、感じなくても感じても、人生は無常迅速! 早い話が、人は異性を恋した時に、初めて一個の 哲学者に変ずる。 あらかじめ 人言(ごと)繁し かくしあらば しゑやわが背子 奥(おく)もいかにあらめ(― まだ事が進行しない前から人の噂が繁く絶えませんね。これでは、わが最愛のお方様、行く末はど ういうことになるのでしょうかしら、あなた様は常に世の人の耳目の中心にいらっしゃるのですか ら、それを百も承知で思わずも恋染めてしまった私なのです。もうどうなろうと、神様仏様の仰る 通りに邁進するだけですわ) 戀ひ戀ひて 逢へる時だに 愛(うつく)しき 言(こと)盡(つく)してよ 長くと思(も)は ば(― 恋しく想い、思いして、やっとお会いしているのですから、せめて、お逢いしている時だ けでも優しい心の篭った愛の言葉をかけて下さいまし。末永く私との関係が続くことを願うのであ れば) 網兒(あご)の山 五百重(いほへ)隠(かく)せる 佐堤(さで)の崎 小網(さで)延(は)へし 子が 夢(いめ)にし見ゆる(― 網児の山が幾重にも隠している佐堤の崎で、小網を差し渡して 魚を獲っていた女の子の姿が夢に見えることであるよ) 佐保渡り 吾家(わぎへ)の上に 鳴く鳥の 聲(こゑ)なつかしき 愛(は)しき妻の兒(― 佐保の辺りを飛び回って、我が家の上で鳴く鳥の様に、声の懐かしい可憐なるわが妻よ。とても 慕わしいことだ) 石上(いそのかみ) ふるとも雨に 障(さは)らめや 妹に逢はむと 言ひてしものを(― 雨 が降ろうとも妨げにはなりはしないよ。私は愛する妻に今夜会おうと約束したのだからね) 向ひゐて 見れども飽かぬ 吾妹子(わぎもこ)に 立ちわかれ行かむ たづき知らずも(― 向かい合っているだけで幸せに感じられる最愛の妻よ。その妻に今は止むを得ない事情でしばらく 別離を告げなければならない仕儀に立ち至ってしまったよ。一体どうしたらよいのだろうか、良い も悪いもないのだ、止むを得ないのだが、どうしたら私はよいのだろうか…、どうしたら、よいの か) 相見ぬは いく久(ひさ)さにも あらなくに ここだくわれは 戀ひつつもあるか(― 互い に逢わないのはそんなに長い間ではないというのに、こんなにも私は貴方を恋しく思っていること か。まるで、何万年も経過したかのように、…… オーヴァーなどと言わないで下さいな、あなた は人を恋したことがないので、そんな他人事のように冷たいことを言うのですよ、一瞬たりとも離 れたくない、そう感じるのが人間の恋心と言うものなのですよ …… ) 戀ひ戀ひて 逢ひたるものを 月しあれば 夜(よ)は隠(こも)るらむ しましはあり待て( ー お互いに恋しいと思い、思いしてやっと今夜こうして逢えたのです。もうしばらく、こしてお 互いの身体を抱きしめ合って居りましょうよ。月がはっきりとみえているのですから、別れの時な ど気にせずに、寝過ごしてしまったとて気にするには及びませんよ。恥を掻くとしても、それは男 の私の方なのだと割り切って下さいな、今だけは) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2022年10月25日 09時14分00秒
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