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鶯(うぐひす)の 生卵(かひご)の中(なか)に 霍公鳥(ほととぎす) 獨り生まれて 己(な)
が父に 似ては鳴かず 己(な)が母に 似ては鳴かず 卯(う)の花の 咲きたる野邉ゆ 飛びか けり 來(き)鳴き響(とよ)もし 橘の 花を居(ゐ)散らし 終日(ひねもす)に 鳴けど聞きよ し弊(まひ)はせむ 遠くな行きそ わが屋戸(やど)の 花橘に 住み渡れ鳥(― ウグイスの卵 の中にホトトギスは独りだけ生まれて、自分の父に似ては鳴かず、自分の母に似ては鳴かず、卯 の花の咲いている野辺を飛びかけって来て鳴き響かせて、橘の花に止まってはその花を散らし 一日中鳴いているが、煩くはなくて、いい声だ。贈り物をするから遠く行かないでおくれ。私の 家の庭先の花橘に住み着いていなさい、ホトトギスよ) かき霧(き)らし 雨の降る夜(よ)を 霍公鳥 鳴きて行くなり あはれその鳥(― 空一面に 曇って雨の降る夜にホトトギスが鳴いて行く声が聞こえる。ああ、その鳥よ) 草枕 旅の優(うれ)へを 慰む(なぐさ)もる 事もあるかと 筑波嶺に 登りて見れば 尾花 ちる 師付(しづく)の田舎に 雁(かり)がねも 寒く來(き)鳴きぬ 新治(にひばり)の 鳥羽 (とば)の淡海(あふみ)も 秋風に 白波たちぬ 筑波嶺の よけくを見れば 長きけに 思ひ積 み來(こ)し 憂(うれ)へは息(や)みぬ(― 旅の侘しさを慰めることもあるかしらと、筑波嶺に 登って見晴らすと、すすきの花の散る師付の田に、雁も寒々と来て鳴いていった。新治の地の鳥 羽の淡海も、秋風に白波が立っている。筑波嶺の良い景色を見ると、長い間、心に担ってきた侘 しさもすっかり癒えた) 筑波嶺の 裾廻(すそみ)の田井に 秋田刈る 妹(いも)がり遣らむ 黄葉(もみぢ)手折(た を)らな(― 筑波嶺の裾のめぐりの田で秋の稲を刈っている妹の許に遣る黄葉を手折りましょ う) 鷲(わし)の住む 筑波の山の 裳羽服津(もはきつ)の その津の上に 率(ゐども)ひて 未 通女(をとめ)壯士(をとこ)の 行き集ひ かがふかがひに 人妻(ひとづま)に 吾(あ)も交 (まじ)はらむ あが妻に 他(ひと)も言問(ことと)へ この山を 領(うしは)く神の 昔より 禁(いさ)めぬ行事(わざ)ぞ 今日のみは めぐしもな見そ 言(こと)も咎(とが)むな(― 鷲の住む筑波の山の、裳羽服津の、その辺に、呼び合って若い男女が集ってかがいをする、その かがいで、他人の妻に私も交わろう。私の妻に他人も言葉を掛けよ。この山を領じている神が、 昔から禁止しないことである。今日だけは愛しい人も、見るなかれ。咎め立てするな) ―― かがい は上代の東国地方で歌垣を言う。特定の日に若い男女が集まり、相互に求愛の 歌謡を掛け合う呪的な信仰に立つと言われる。所謂、フリーセックスなどとは本質的に違う、当 時の社会的な必要性に応じて発生した、かなり厳粛な習俗的な行事だったとみられる。この歌の 作者は既婚者であって、自分の妻にも一日だけの婚姻関係を公認している模様が見て取れるが、 その心情については私などの想像をはるかに超えたもので、また彼の心理について想像めぐらす 必要もないことなのであろう。 男(を)の神に 雲立ちのぼり 時雨(しぐれ)ふり 濡れ通るとも われ帰らめや(― 男体山 に雲が立ち上って時雨が降り、すっかり濡れても私は帰ろうか、帰りはしない) 明日(あす)の宵(よひ) 逢はざらめやも あしひきの 山彦とよめ 呼び立て鳴くも(― 明 日の夜、会わない筈はないのに、鹿は、山彦を響かせて、妻を呼び立てて鳴いている) 倉橋の 山を高みか 夜隠(よごも)りに 出で來(く)る月の 片待ち難(かた)き(― 倉橋山 が高いからであろうか、夜深く出て来る月を眺めようと、いくら待っていても、なかなか見えて こない) ひさかたの 天(あま)の河(かは)に 上(かみ)つ瀬に 珠橋(たまはし)渡し 下(しも)つ 瀬に 船浮(う)け居(す)ゑ 雨降りて 風吹かずとも 風吹きて 雨降らずとも 裳(も) 濡らさず 止まず來ませと 玉橋わたす(― 天の河に、上の渡り瀬には立派な橋を渡し、下の渡 り瀬には船を浮かべて置き、雨が降って風が吹かない時でも、風が吹いて雨の降らない時でも、 裳を濡らさずに、途絶えずにおいで下さいと、この美しい橋を渡します) 天(あま)の河(かは) 霧立ち渡る 今日今日と わが待つ君し 船出(ふなで)すらしも(― 天の河に霧が立ち渡っている。今日か今日かと私の待っている彦星の君が、いよいよ船出なさ るらしい) 吾妹子(わぎもこ)は 釧(くしろ)にあらなむ 左手(ひだりて)の わが奥の手に 纏(ま)き て去(い)なましものを(― 吾妹子はクシロ・貝・石・玉・金属で作った輪 であるといいなあ。 大事な左手に巻いて行こうものを) 豊國の 香春(かはる)は吾宅(わぎへ) 紐兒(ひものこ)に いつがり居(を)れば 香春(か はる)は吾家(― 豊国の香春はわが家のある場所でる。紐の児につながっているから、香春はわ が家であるよ) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023年09月13日 11時32分57秒
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