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行方(ゆくへ)無(な)み 隠(こも)れる 小沼(をぬ)の 下思(したもい)に われそも思ふ
このころの間(あひだ)(― 人知れぬ恋を心に込めて私は物思いをしています、このごろずーっ と) 隠沼(こもりぬ)の 下ゆ戀ひ餘(あま)り 白波の いちしろく出でぬ 人の知るべく(― 恋し い気持を包みきれずにはっきりと様子に現してしまった、ひとが気づくほどに) 妹が目を 見まくほり江の さざれ波 重(し)きて戀ひつつ ありと告げこそ(― 妹の姿を見 たいと思い、堀江の小波が絶え間なく立つようにしきりに恋い慕っていると告げてください) 石(いは)ばしる 垂水(たるみ)の水の 愛(は)しきやし 君に戀ふらく わが情から(― 石 の上を激流落下する滝の水のように、激しくあなたを恋しています、私の心持ちひとつで) 君は來(こ)ず われは故無(ゆゑな)く 立つ波の しくしくわびし 斯(か)くて來(こ)じとや (― あなたは来ず、私はわけもなしに立つ波のようにあとからあとから侘びしい気持に襲われ ます。こうして結局お見えにならないおつもりなのでしょうか) 淡海(あふみ)の海 邉(へた)は人知る 沖つ波 君をおきては 知る人も無し(― 私の気持の 浅いところは誰でも知っているのですが、深いところの本心はあなた以外に誰も知る人はないの です) 大海の 底を深めて 結びてし 妹が心は 疑ひもなし(― 大海の底を一層深くするように、 心の奥深く結びあった妹の気持は、もはや何の疑いもない) 左太(さだ)の浦に 寄する白波 間(あいだ)なく 思ふをなにか 妹に逢ひ難き(― 左太の浦 に間なく白波が寄せるように、いつも妹を思っているのにどうして逢うことが難しいのだろう) 思ひ出でて 爲方(すべ)なき時は 天雲(あまくも)の 奥處(おくか)も知らず 戀ひつつそ居 (を)る(― 思い出されて何ともするすべがない時には、天雲の奥底が分からにように、果ても なく想い続けておりまする) 天雲の たゆたひやすき 心あらば われをな憑(たの)め 待てば苦しも(― 天雲のように揺 れて定まらない心をお持ちならば、頼りに思わせないでください。おいでをお待ちしていると苦 しくてなりませんので) 君があたり 見つつを居(を)らむ 生駒山(いこまやま) 雲なたなびき 雨は降るとも(― わ が君の家のあたりを見ておりましょう、奈良県の生駒山に、雲よ、たなびかないで下さい、たと い雨が降ろうとも) なかなかに なにか知りけむ わが山に 燃ゆる火気(けぶり)の 外(よそ)に見ましを(― な まじっかどうしてあの人を知ってしまったのだろう。私の山で、春の頃に燃える野火の煙をよそ ながら見るように、無関係に傍から見ていればよかったのに) 吾妹子(わぎもこ)に 戀ひ爲方(すべ)無かり 胸を熱(あつ)み 朝戸開(あ)くれば 見ゆる霧 かも(― 吾妹子が恋しくて仕方がない、胸の熱さに朝戸を開けると、朝霧の流れているのが見 える) 暁(あかとき)の 朝霧隠(あさぎりごも)り かへらばに 何しか戀の 色に出でにける(― 夜 明けの霧に隠れていたのに、かえって私の恋が外に表れて人に知られしまったのはどうしてだろ うか。 別解 朝霧に身を隠して家に帰ったのに、どうして人に知られたのだろうか) 思ひ出づる 時は爲方(すべ)無み 佐保山に 立つ雨霧(あまきり)の 消(け)ぬべく思ほゆ (― 恋しい人を思い出すときは何とも仕方なくて、奈良県の佐保山に立つ朝霧が消えていくよ うに、我が身も儚く消えてしまうように思われます) 殺目山(きりめやま) 往反(ゆきかへ)り道(ぢ)の 朝霞 ほのかにだにや 妹(いも)に逢はざ らむ(― 和歌山県のキリメ山の行き帰り道に立つ朝霞のように、ほのかにすらも妹に会えない のであろうか) 斯(か)く戀ひむ ものと知りせば 夕(ゆふべ)置きて 朝(あした)は消(き)ゆる 露にあらま しを(― こんなに恋に苦しむものと知っていたなら、夕方おいて朝には消えてしまう命の短い 露であったらよかったものを、人間などに生まれてしまって、とんだひどい目に遭うことです) 作者は恋の苦しさをどう受け止めているのでしょうか、言葉の表現では否定的ですが、心の中 では喜びをかみしめてもいる、私には、どうしてもそう読めてしまう。有り難くも人間に生まれ たからこそ、恋の苦しみという格別の経験をすることができた。何も感じないであろう露などで あったならば時間とともに何事もなく事態は推移して、八百万の神々の眼を楽しませることだけ に終始して、森羅万象は古代も未来も同じで、平穏無事な世界が永遠に継続するのみ。人間なぞ という片輪者がどう間違ったのか自意識などという半端な物を自覚して、生殖に付随する半チク な恋心などを後生大事に抱え込んで…、もうやめましょうね、恋とは人間に特有の病気ですが、 それゆえに他の動物にはない 勿体無くも、有難い 嘆きや苦しみ を味わわせてくれる、何と も得体の知れない代物なのですが、その体験を表現して和歌に仕立てる、これは人間の素晴らし さの証明でもある。人間に生まれ、恋の苦しみ死ぬほどの辛い目にあう、なんて素敵なことなの か、得恋も失恋も、おしなべて素晴らしい、ハッピーエンドは必ずしも幸福の終着点ではなく、 叶わぬ想い、届かぬ気持、片思いの痛恨、恋にまつわる全てが、全部素晴らしい、神、仏がそう 仕組んでくださっている。恋の歓びや苦しみを知るからこそ人間存在は無限に素晴らしい、敢え て創造神よりも、と恋にトチ狂っている癲狂老人たる私は無理にも主張しておきましょうね。誰 か異論のあるお方がいらっしゃればどしどしこの恋愛至上主義を無理やり振りかざしている私に 直接お考えをお聞かせくださいませ。恋愛論以外でも私には色々と特殊な体験を重ねている関係 で呼吸が合えば楽しい意見交換ができるやもしれませんので、是非、あまり期待しないでご連絡 ください、どうぞ。 夕置きて 朝は消ゆる 白露の 消ぬべき戀も われはするかな(― 夕方に置いて翌朝には消 えてしまう白露のように、私は儚い恋をしています) 後(のち)ついに 妹は逢はむと 朝露の 命は生(い)けり 戀は繁けど(― 将来妹は必ず会っ てくれると頼みにして、朝露の儚い命を生きています、しきりに恋しくて、苦しいけれども) 朝な朝な 草の上(へ)白く 置く露の 消なば共にと いひし君はも(― 朝な朝な草の上に白 く置く露が消えるように、消えるなら一緒にと言った我が君は、今どうしているであろうか) 朝日さす 春日(かすが)の小野に 置く露の 消ぬべきわが身 惜しけくもなし(― 朝日のさ す春日野に置く露が消えるように、消え去るに決まっている私の身は何の惜しいこともありませ ん。身も心も全部あなた様に差し上げましょう、たった今でも…) 露霜の 消やすきわが身 老いぬとも また若反(をちかへ)り 君をし待たむ(― 露や霜のよ うに消えやすい我が身は年老いようとも、また若返ってあなたをお待ちしたいと思います) 君待つと 庭にし居(を)れば うち靡く わが黒髪に 霜そ置きにける(― あなたをお待ちす るとて、私が庭に居るとうちなびく私の黒髪に霜が降りていました) 朝霜の 消(け)ぬべくのみや 時無しに 思ひ渡らむ 息(いき)の緒にして(― 朝霜が消える ように命も消えそうに、いつも想い続けるであろう、命の綱と思って) ささなみの 波越すあざに 降る小雨(こさめ) 間(あひだ)も置きて わが思はなくに(― さ さなみの・地名、或いは小波の意か 波の越してくるアザ・地勢上の特殊な窪みや穴を言うか に降る小雨がしとしとと間がないように、頻りにあなたのことが思われます) 神(かむ)さびて 巌(いはほ)に生(お)ふる 松が根の 君が心は 忘れかねつも(― 神々し い巌に生えている松の根のようなしっかりしたあなたの心を私は忘れかねています) 御猟(みかり)する 雁羽(かりは)の小野の なら柴(しば)の 馴れは益(まさ)らず 戀こそ益 れ(― あなたに馴れはまさらっずに、恋しさばかり勝ってしまいます) 櫻麻(さくらを)の 麻原(をふ)の下草 早く生(お)ひば 妹が下紐(したひも) 解かざらまし を(― サクラオの麻原の下草が気がつかないうちに早く伸びるように、誰かが早く言い寄って いたら、私が妹の下紐を解くようなことはなかったろうに) 春日野(かすがの)に 浅茅(あさぢ)標結(しめゆ)ひ 絶えめやと わが思ふ人は いや遠長 (とほなが)に(― ふたりの仲がいつまでの絶えたくないと願っている私の人は、どうかいよい よ遠く長くお元気でいらしてください) あしひきの 山菅(やますが)の根の ねもころに われはそ戀ふる 君が姿に(― 山菅の根が 細かく絡み合っているようにねんごろに、私はあなたの美しいお姿を恋い慕っておりまする) 杜若(かきつばた) 咲く澤に生(お)ふる 菅(すが)の根の 絶ゆとや君が 見えぬこのごろ (― ふたりの仲がもう絶えるというのでしょうか、あなたがお見えにならないこの頃です) あしひきの 山菅の根の ねもころに 止(や)まず思はば 妹に逢はむかも(― 山菅の根が細 やかに絡み合っているように、ねんごろに止まずに心を寄せていたら妹に逢うことができるだろ うか) 相思はず あるものをかも 菅の根の ねもころごろに わが思へるらむ(― 私を思ってくれ ないものを、私は心を込めて思っているのだろうか) 山菅の 止(や)まずて君を 思へかも わが心神(こころど)の このころは無き(― いつもい つもあなたを思っているからか、私のしっかりした心はこの頃は失われてしまいました) 妹が門 行き過ぎかねて 草結ぶ 風吹き解くな 又頼りみむ(― 妹に家の門前を通り過ぎか ねて私は草結びをする。風よ、吹きほどくな、また帰ってきて妹に会いたいのだから) 浅茅原(あさぢはら) 茅生(ちふ)に足踏み 心ぐみ わが思ふ子らが 家のあたり見つ(― 浅 茅原に足を踏み入れると足が痛いように、心が痛く苦しくて、恋しいあの子のあたりに眼をやっ た) うち日さす 宮にはあれど 鴨頭草(つきくさ)の 移ろふ情(こころ)われ持ためやも(― 宮仕 えはしておりますが、ツキクサの様な色変わりやすい心を私は持っておりません) 百(もも)に千(ち)に 人は言うとも 鴨頭草の 移ろう情(こころ) われ持ためやも(― あ れこれと人は噂をたてましょうとも、私はツキクサのような変わりやすい心を私が持ちましょう か) 忘れ草 わが紐に着く 時と無く 想い渡れば 生(い)けるとも無し(― 忘れ草を私は紐につ ける、ひっきりなしに恋しく思っていると、生きている心地もしないから) 暁(あかとき)の 目さまし草(くさ)と これをだに 見つつ坐(いま)して われを偲(しの)は せ(― 暁の目覚めの時のものとして、せめてこれだけでも眺めておいでになって、私を偲んで ください) 忘れ草 わが紐に着く 時と無く 思い渡れば 生けるとも無し(― 忘れ草を私は紐に着け る、ひっきりなしに恋しく思っていると、生きている心地もしないから) 浅茅原 小野に標結(しめゆ)ふ 空言(むなしこと)も 逢はむと聞(き)こせ 戀の慰(なぐさ) に(― 浅茅原に標を結っても空しいように、空しい嘘にしても、逢いたいとおっしゃってくだ さい、私の恋の慰めに) 人皆の 笠に縫ふといふ 有馬菅(ありますげ) ありて後にも 逢はむとそ思ふ(― 私は今は 会えなくともこうしていて時が経ったあとに、何時かはお会いしようと思います) み吉野の 蜻蛉(あきづ)の小野に 刈る草(かや)の 思ひ亂れて 寝(ぬ)る夜しそ多き(― み吉野の蜻蛉の小野で刈る草の乱れるように、恋心に思い乱れて寝る夜の多いことよ) 妹待つと 三笠の山の 山菅(やますげ)の 止(や)まずや戀ひむ 命死なずは(― 妹と逢うと きを待つとて、止まずに想い続けることであろうか、生命のある限りは) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年08月07日 20時56分19秒
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