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屋敷内改装に全体力を使う。4時まで。その後自分の仕事に入るが中座し 7時より町内役員会に参加する。7・8月予定を確認。 私からは護国神社奉賛金集めの件と岡崎市の護国神社である龍城神社での8月15日慰霊祭の件、令和御大典記念碑建立の件、町内会費見直しの件を提起。 知人より太上天皇陛下大嘗祭の記録集や皇室に関する諸資料をいただく。奈良時代、三河にて上質な犬頭糸と呼ばれる絹糸の献上の記録がありその 説話集の場所が宝飯郡の千成犬頭神社とされる説もあり岡崎の犬頭神社との説もある。いずれにせよ三河の絹糸の献上の記録をもとにして大正天皇昭和天皇太上天皇の大嘗祭挙行時には稲武町にて作られた生糸を献上することになり、大正天皇昭和天皇の大嘗祭時に絹布にして献上されたのは岡崎の三龍社さん。しかし平成の御代の際は三龍社さんは職業を変えてしまわれ絹布になすのは木曽川町の方となった。今回の栃木と京都の悠紀斎田主基斎田から新米の献上が為されるが絹の献上は稲武からと聞く。 大正天皇の悠紀斎田が中島にあることは多くの人々が知る処となってはきたが、いずれにせよ三河は尊王の気風高い場所。陛下御即位最初の行幸啓が尾張旭市とあま市、それに岡崎市の青い鳥学園に行幸いただけた尊さに神意を思うのであります、ここ岡崎の地にてまず令和奉祝の記念碑を建てるべきことと思われてなりません。 何とか建立意見の統一を図ってもらいたいものです。
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Last updated
2019.07.19 23:46:07
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