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草莽の記    杉田謙一

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seimei杉田

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2023.12.24
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カテゴリ:カテゴリ未分類
明日は大正天皇祭一月七日武蔵野御陵参拝
クリスマスの前に大正天皇祭です

岡崎中島町は大正天皇の悠紀斎田をお守り申し上げている所。そして地域の神社八幡者には大正天皇をお祭りする大正宮があります。おそらく唯一大正天皇をご祭神とする神社だと思います。
そのお田植祭りを行う6月第一週日には、例祭がなされています
明日十二月二五日は大正天皇のお隠れになられた日。今年は九十六年祭かとおもいます。十一時より友らと清掃と参拝をいたします。

大正天皇陛下の御陵は八王子
昭和天皇陛下の武蔵野御陵の隣にあります。
 昭和聖徳記念財団の三河の皆さんで毎年バスにて御陵参拝をしております。
一月七日豊田より朝7時ころ出発となります
 現地にて他地区から参加される方と合流。豊田には7時にはかえる予定だそうです。
 バスがいっぱいになれば私は車で追いかける予定を
しています。
希望のかたはお知らせください。090-8554-0817まで。


上皇陛下お誕生日を貶めた占領軍。
悲惨な敗北。多くの将兵は沈黙し、パージを恐れてマスコミも手のひらを返して主張を百八十度変更。占領軍無謬論にたった。
 米占領軍に擦り寄る敗戦利得者はウォーギルトインフォメーションの忠実な実施部隊となったのだ、
 占領軍は東京国際軍事裁判により、一国の総理経験者東條英機閣下広田弘毅閣下の二人を死刑にする国際法違反の暴挙をなした。
 護国の神と慕われた東條閣下は敗戦と同時に悪の権化とさげすまされた。この豹変は一体何なのか。情けない。
さらに日本をドイツ以下と論じる敗戦利得者の多きことよ。
 ドイツはニュールンベルグにてさばかれたとはいえ、罪はナチスとその残虐行為に対しての裁き。ナチスを率いたヒットラーを罪人とし、国家とドイツ国民はその罪から直接的には逃れている。だから国家として、詫びてなどいないのがドイツ
しかし、日本に対しては総理を共同謀議の構成員としてさばいた。いわば国家を罪人としたのだ。人類史上初めてのことである。そして日本国民ならば逃れようも無きものとされた。
国際法の認めない罪で裁かれながら抗議一つ出来なかった先人の辛さや悲しみを忘れるわけにはいかぬ。法の不遡及の原則すら無視して罪を被せた戦勝国には正義などありはしない。
 昨日23日はいわゆるA級戦犯としてお亡くなりになられた七士ご命日。皆さんのご遺骨は熱海の興亜観音と西尾の三ヶ根の殉国七士墓にあります。午前中はン気掲揚をいたしました。多くの皆さんがご参拝になられました。ありがとうございます

 

さて昨日は同時に
上皇陛下の卒寿のお誕生日。お元気なお姿をテレビでお見かけして大変ありがたく思いました。ハゼのご研究陛下は20歳代からハゼのご研究をなされ90歳になられた今でもご熱心に顕微鏡をのぞかれる学究の日とこれまでに34編の論文を書かれ、ハゼの分類方法を考えになられその方法で全世界の研究者がそれに従い分類をされるようになっていると今朝の「皇室日記」で報じていました。学問的にその研究成果は大きく讃えられ権威であるロンドン・リンネ協会の世界に50名しかいない外国会員になられたとのこと。新種もすでに10種のご発見をなされ、退位なされてからも2種のご発見をなされたとのこと。その紳士的にして高貴なお姿には感動しかありません。
愛知県大府市への行幸啓いただいた際に沿道にお並びくださる多くの奉迎者に僕らの作成した小旗を差し上げ万歳でお迎えさせていただいたことがありましたが、その際、お車が通りすぎもう見えなくなった後で皆さんと国歌斉唱をなしたのでしたがその声が遠くから聞こえた陛下は斉唱が終わるまで足をお止めになられ直立してお聞きくださったことを後から聞きわが大不覚と大いに恥じたこと思い出す。以後万歳の声のみにさせていただくことにしております。


令和5年を終えるにあた皇室と国民・国旗掲揚推進愛知の会としての活動などを振り返っておきたい。

三島由紀夫氏は「英霊の声」にて「などてすめらぎはひととなりたまひし」と記載し祭祀天皇の存在を薄めようとする世情に対して抗議された文をしたためられた。

陛下に握り飯を差し上げる。これを陛下がお食べにならなければ通じ無き思いを恥じて自決するしかなく、お食べになられれば下賎な者の手にて握った握り飯を至聖なるかたにお食べいただく非礼を恥じてやはり身を滅ぼして謝する。

確かに文学作品であり政治批判というべきではないが、三島氏はその文字を記載した責任を含めて自決として人生を閉じられて一貫性を保たれたとわたしは思う
しかし令和の終わりの保守論客の言論などはどうであったのか。

 書物やマスコミを通じて発表されるという異常な事態があったではないか。

皇族からは反論が為されないことを知りながら、力の大きな人が皇族批判をなす。皇室批判などされるはずもなき方々が妃殿下批判をされる。こんな異常な議論がくりかえされていた。
左翼に組してはならないはずの方まで。体調が優れぬ妃殿下に対し保守界の重鎮までが非難を浴びせ皇太子に対してすらも。皇族への意見をそれなりの礼儀を守った正規なルートで申し上げるならまだしも書物やマスコミを通じて発表されるという異常な事態がありました。

これには本当に情けなくなった。僕らはこう主張していった。

人は責務を得れば人格がかわる。
家をかまえれば一家の主としての対応になり本人もそれを自覚する。社長になれば全社員の幸を守る責務を日々自覚し、そのように鋭意努力する。こうして人格が磨かれる。
 卒業式や入学式を経て、その姿にふさわしき資質を身に付ける。
つけなくてはとおもう。世間もその人格を認めて対処する。中学でおこなう立志の式も同様。儀礼を意見してはじめて体験した儀式の意義を深く認識する。

天皇になられるには大嘗祭を経て歴代の神々のいのちを継ぐ御覚悟をお持ちになり祭祀の長となられ、即位の式を経て国民の幸を願いめざす重責を担われる。
今日で言えば立憲君主として過ち無き道を御踏みになられ、祭祀の世界においても重責をおつとめになられる。
われらに「人格」が育ち行くように「天皇格」をお持ちになられる。皇太子が陛下の御位にお就きになられる際も妃殿下が皇后の立場になられる際も同様。
要らぬ心配をしてこの国の定めを疑うような主張を保守のリーダーがすべきことで
君民同治。皇室存在は国民の心の反映、国民意識とパラレルな関係にある。保守諸先生のバッシングも「仰慕のあまり」と解釈したいが余りにお粗末ではないか。と。
当然周りの正しき支えがあり勇気付けがあって健全に推移する。
これはいかに陛下ご自身が神々と契られても、それに感謝する国民の思いが無ければ不可能なこと。

では
臣下として、国民として何をなすか、
私どもにとっては国旗を多くの国民と共に打ち振るい、ひたすら感謝の意をお伝えする。これが皇室を仰慕する国民のあり方であると信じて掲揚活動に邁進していた。

国旗を振って皇族をお迎えする。
この行為は単に僕らの思いの表明だけにとどまらないこともしった。

これを体験することにより確実に考えを変える方が、掲揚することにより国家国民を伝統文化を思う方が確実に増えるのです。

小旗を持ち奉迎活動に参加され始めて日本人だなあと感じられる方は実に多いようだ。
ご参加にご感想を伺うと例外なくその感動を述べられるのだ。「お茶の間天皇」からだっし、命のつながる皇室」意識に回帰するといってもよいかもしれない。

愛知には何度も皇太子時代の天皇陛下が行幸くださり、私共も市と連携を取りながら奉迎活動を行いました。

7・8年前の豊田市への行幸時のこと。翌日は安城市へのご視察。
事前には皇太子だけと伺っておりましたが、皇太子奉迎を盛大に行うに際して「地方ではこれだけの皆さんが感謝して奉迎申し上げていますのでその様子を皇太子から妃殿下に是非お伝えいただき、お元気になっていただきましょう」と奉迎準備の際に皆さんに御願いしたことを思い出します。
奉迎の小旗も全て布製。これは単価も10倍。大変な出費でしたが皆さんに浄財を御願いしてなんとか。
初日の豊田の水源町は皇太子お一人でありましたが、翌日の安城にはなんと妃殿下もおでましくださったのでした。妃殿下に愛知県民の思いをお伝えできたと本当にうれしく思いました。

そして令和への改元。
ご即位後初めての国内ご巡幸の地
が愛知県。植樹祭
その午後がなんとわが岡崎市の青い鳥医療センター。市の要人と諮り、奉迎活動にまい進させていただきました。この時ほど建国事務局に携わってきた事のありがたさを感じたことはなかったのです。
以来陛下のお誕生日奉祝の式典講演会友らと開催。来年の天長節2月23日にはシビックセンターにて開催予定。パレードも為す予定。建国祭実行委員会の後援も頂けるようになりました。

正月だけでも国旗掲揚を
 まもなく正月を迎える。今年こそ国旗で埋め尽くされる正月にしなくてはならない。

 正月三が日だけでも国旗掲揚を。官庁や商店街、JR名鉄主要駅、企業、銀行、信用 たとえ休みであっても工夫次第であがります。学校も玄関の中に国旗を掲示すればよい。正月に国旗があがらないでは年内の何時揚げられるでしょうか。国旗掲揚は国を愛する
国旗掲揚は日本人として生きる自負を持つ者の責務。
 
「そうだ負けても国守る大和魂われにあり」

 戦友に誓い、父母に約束した日本の復興。そこには命がけの努力があったし誰からの強制もなく、この国を失ってはならないとする強力な時代意思があった。
 
 日本にはアジアアフリカ世界をリードし、繁栄に向けて努力する責務を感じていた。
 元タイ首相クウリット・プラモート氏は「日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はたちはすくすく育っている。今日、東南アジアの諸国民が米国と対等に話ができるのは誰のおかげか。
 それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためだ。

 十二月八日は吾々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決意をされた日である
吾々はこの日を忘れてはならない。」と。

マレーシアのマハティールはルックイースト政策を掲げ日本に学べ政策をなした。
 高貴な日本精神が当時厳然と残っていたから。

 日本人はたとえ武力で敗れようともその心までは敗れてはいない。その知恵と資力で世界を救う使命を持つのだ。国民はしっかり責務を感じ、自覚して日々の復興に努めた。
経済大国として復活した。世界の賞賛をもえた。
 しかしながら日本糾弾側の勢力は、敗戦によりその勢力を増大させた。左は御皇室批判と共産党を中心とする共和制運動。日本人の日常に入り込み、巧みに伝統を放棄するを進歩・確信と主張し、次第に国民の沸きあがる愛国心を薄め、時代遅れと非難し、米国製憲法こそを不磨の大典としてあがめさせ、今日を作り上げてきたのだ。

 国民はいつの間にか国旗をかかげるのを止め、公務員すら国旗を揚げないでいて当然の顔をしだした。
正月にすら国旗を揚げて国の存在に感謝する国民をなくしてしまったのである。
 これではならないのです。
 親が国旗を揚げて新年の喜びを子や孫に示す。国旗掲揚の意義をつたえる。ここから日本の活力を取り戻さねば。失われた30年を語る前にまずは為すべきをなすお子からんきな日本を取戻したいものです





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Last updated  2023.12.24 15:39:56
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