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昨日は7時より資源ごみ回収。盆明け初のビンカン回収のため常にまさって多い。8時半まで。それから燃えるゴミの回収状況を見て回る。ステーションの掃除と草取りを行う。町内地蔵祭り一週間前ですので地蔵堂の周辺の整地とコンクリの方形板をはめ込みを行う。バインダーで形合わせを行いはめ込み完了。業者並みの出来だと自画自賛。さらに扉や外周りの板塀の磨きを成す。全面黒ずんだ板の表面を削り取り、元の茶色の板の色がなんとか出るように削り取るのであるがこれが難儀な作業。家の造作に入ってくれた業者は今日は5名。一人の大工さんにお堂を見ていただいたがよくぞここまで木の色が出せたものだとお褒めの言葉。 母と墓参り。現地で中学同級生2名ととばったり会い久しぶりに長話。皆両親の介護に大変な状態。先輩の話や先祖の話、親孝行の話など、世間はこうしたのどかな時間が延々と流れているのかと不思議な気持ちになる。大工さんらとの雑談にしても皆さん本気でご真影焼却映像事件や慰安婦展示などに怒りを語ってみえる。わざわざ私が語らずとも世間は知事の行為に「どうされたのか」とか、「いつから気がふれられたのだろう」「憲法学者は何を考えているのか。」などと心配されているのだ。 特異な方ではなくごく一般的な知性を持たれた方が異常さを指摘されるのだ。こうした声が知事には届いていないのだろうか。 24日には名古屋駅前にてがんばれ日本愛知県本部の皆さんが4時から該当情宣をしてくださると聞く。知事あての抗議署名をはじめてくださるそうである。県民の声を早急に集めて県政を正していかねば。 今朝はペットボトルと紙、プラスチックの資源ごみ回収。後、地蔵堂の修繕の続きを成す。さらに町内の用水の土手の草刈りを成す。除草剤での手入れも毎年行っているが大した効き目なく作業も難儀費用も個人持ちのため、土手をコンクリで薄くおおう。公の土地の草取りを成す責任は市にあると思うが、なかなかやってはいただけないので町民の自衛行動として。まあもとに戻せと言われればすぐに土にできるように薄くしておいた。 友ががんを患い入院。見舞に知人とともに行く。やっと届いた対癌栄養錠剤サツマール二袋を持参、差し上げる。今日の様子は安定していてホッとする。 明るく明るく会話ができた。「生きたいと思うようになった」との言葉に大いなる喜びを得た。友のため友、友の使命が生きて実現できるよう、できることはすべて成したいと心から願う。
「落栗物語」に 花山院右大臣ある夜の夢に摩利支天枕上に立ちたまひて 「汝、司位は高けれど宝には貧し。もし我を祭らば七珍万宝心のままなるべし」 と正(まさ)しき告げありしを、大は何とも思ひたらで居たまひしに、三夜まで打ち続きて同じ様に見え蹴れば、親しきあたりにかくと物語られしかば、人々有り難き事に思ひて 「いざ疾く祭りたまへかし」といひければ、 「いやとよ、朝(ちょう)に仕へる身は。清きを願ひて貧しきを厭はず」 とて、つひに祭りたまはざりしとぞ。
との記述がある。「とんでもない、朝廷に仕えるものは身の清きを願って貧しいのを気にしない。」と言って財の多きを求めず、ひたすら身を清くすべきとしてこの紙を祭ることをされなかったと言われるのだ。朝廷に仕えるものは財を求める祭りを成すべきでないとの作者の思いが物語として語られ今に残る。 人は様々な思いから神仏を祭る。それは良い。しかし朝廷に仕えるもの、陛下の御心に沿い奉ろうとする者はかくありたきもの。神社参拝も仏閣参拝も世のため人のために我を仕えたまえ、わが命を生かしたまえと祈るべきもの。こう教わったのは大東塾の大先生鈴木正男先生から。生も死も神のまにまにと自決された鈴木代表も我が郷土岡崎ご出身。月刊誌不二の先生最期の巻頭言内容は靖国を守れの強きご意思でした。 神社建立を成された金山先生は岡崎福岡町の名家のかた。すべての願いは日本維新を行ずることでありその実現のために神々のご加護を祈ってのこと。終戦時に十三名とともに自決成された影山庄平翁に生きて陛下をお守りするように託され、私財を投げうたれ神社建立を成されたのです。 庄平翁は塾生と『清く捧ぐる吾等十四柱の皇魂誓って無窮に皇城護らむ』の共同遺書を残され魂魄となって皇国日本を守られようとなされたのですが、そのご決意を見事に生きられた方が金山貫先生でありました。 岡崎の建国祭を実現された最大の功労者でもいらっしゃいます。 皇室に感謝し恩返しを成す道を生きられた多くの偉人や先人の人生や行動にはとても追いつけませんが、神社での参拝は私事は願わないことに心がけさせていただいております。間もなく八月二五日。一四烈士のご命日。深く感謝し、心を清めたいものです。
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Last updated
2019.08.21 19:12:07
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